40:その答えもまた、私の中に
「あ、あの、あのあのあのあの」
「・・・なにか?」
「きす、した?」
「しました。わからなかったならもう一度、しますけど」
「いやいや、ちょっと待ってほしい。理解が、追いつかない・・・」
熱を帯びる顔を両手で覆う
少しだけ冷えた手が、顔の熱を冷ましてくれたおかげで少しだけ理性を取り戻すことができたけれど、思い出しただけでまたすぐに直後の熱が戻ってくる
私だけ、なのだろうか
指を少しだけ広げて、おそるおそる彼の様子を伺ってみる
「待ちますから、落ち着いて何が起こったか思い返してください」
「う、うん・・・」
「体はひねらないでくださいね。傷、開きますよ」
「・・・わかってる」
「まさかここまでの反応が返ってくるなんて」
冷静を装う彼の表情はいつも通りに戻っていた
けれど耳はまだ赤い
「あのさ、雪季君。雪季君は、その、いつから私なんかのことを」
「私なんか?」
「あ、いや、その」
「・・・いい人だなと思ったのは美術館の時。それからは、その十年後の出来事が主ですね。僕を追いかけてくれたこととか、きっかけは色々ありました。でも、何よりは。これです」
雪季君は私の脇腹を指さしてから、話を続けてくれる
「脇腹のこと?」
「はい。そこで、なんで僕なんかの為にここまで追ってきてくれたんだろうって、僕があんなことをしなかったら、夏樹さんは怪我なんかしなかったんだろうなって」
「気にしなくていいよ。これは私がヘマを」
「そのヘマのきっかけは僕です。貴方が気にしなくていいと言っても、そこは気にします」
「・・・気にしなくていいのに」
何度も言う私に彼はため息を吐いて、話の続きをしてくれる
さりげなく、手を繋がれたのはなぜかわからない
「僕は、無力です。体だって丈夫ではないし、何ならこの場にいる誰よりも弱い自身があります」
けれど、と彼は言う
出会った時のような儚い印象も、自分の運命を知った絶望も何もかも吹き飛ばして、彼はまっすぐ私と目を合わせてくれる
「最初は動悸だって思ったんですよ。心臓が痛くなるのは変わりない。でもどこか心地いい。普段の発作より、変な感じ。それがなんなのか理解できたのは、貴方を失いそうになった時です」
「うん」
「そこでやっと気がつけたんです。自分の死ばかり見ていた僕は、誰かが死ぬ可能性なんて考えていなかったこと。同時に、大事な人を失った先を考えました」
「答えは、どんなもの?」
「僕は、大切な人を失いたくはありません。幸雪さんや冬夜さんは勿論です。ですが、特別な貴方は何よりも失いたくありません」
「そっか」
繋がれた手に力が込められた
同じように私も入れられるだけの力を込める
「ルミナリアが覚醒したとはいえ、まだ力の操作もろくにできない能力者です」
「そんなことは」
「ないわけじゃないです。際限が効かないのは、夏樹さんもご存じではないですか」
「確かに・・・」
「死なない程度に能力を磨かせてください。夏樹さんの方が強いのは勿論知っています。でも、僕だって後ろで守られているだけなんて嫌なんです」
「・・・雪季君」
「大切で、大好きな貴方を僕の手で守らせてください。僕も能力的には他力本願ですが、それでもーーーー」
「ありがとう、雪季君。起き上がるから、少し手を借りていいかな」
「は、はい」
流石に寝たままじゃ格好つかないと思い、彼の手を借りて体を起こす
それから姿勢を軽く整えて、横で正座している雪季君の方に向き合った
「気持ちは凄く嬉しいよ。そのね、今まで、誰かに好きだとか言われたことないからさ」
「そんなはずは」
「あるんだよ。男子からの総評「槍バカ」だよ?」
女の子扱いされることも珍しいなんて言ったら、彼はどう思うだろうか
きっと、憤るんだろうな。そいつらの眼球が腐ってる!バカばっかり!とかいいそう
話が脱線しそうだから、ここまでに留めておこう
「だからこそ、私なんかでいいのかなって」
「夏樹さんじゃなきゃ嫌です」
「即答・・・」
「僕から見たら、とても魅力的な方だと思いますから!他人の評価なんてクソほどどうでもいいです!」
すがすがしい笑顔でとんでもないことを言うなこの子
それに、どこでそんな口説き文句覚えてきたんだこの中学生、とツッコみたくなる
「・・・気にされていますか、僕が糸の能力者ではないのに夏樹さんにアプローチをかけてくるなんて、と」
「そんなわけ・・・あるかも」
「そうですね。魂の番があると聞かされ、糸の能力者が夏樹さんの番という情報があれば・・・僕の行動はイレギュラーでしょうね」
「うん・・・だからこそ、私は少し残念に思ったんだ」
「残念に、とは」
「雪季君が糸じゃなくて、残念。これ以上は言わないとだめ?」
「・・・言ってくれないとわかりませんから、最後まで言っていただかないと」
答えは最後まで言った
けれど、それをきちんとした形の言葉にすることを彼に求められる
照れくさいけれど、やり遂げなければいけない
こんなの初めてなんだ
手加減してほしい
「私の番は他にいる」
「そうですね。糸が誰かなんてまだわかりませんからね。手の内が割れている僕と四季宮さん以外に可能性が残されています」
「そうだね。でも、番以外を好きになるのは悪いことなのかな」
「・・・それが夏樹さんの意思ならば、構わないかと」
「雪季君に能力を見せてもらって「糸じゃなくて残念」って思った時点で私の気持ちは固まっていたんだ」
「はい」
たとえそれが今、気がついた答えでも
無自覚で抱いていたことには変わりない
「雪季君、運命を変える気はある?」
「あります。必ず生きて帰って、心臓移植の手術を受けます」
「私もあるよ。番に縛られる運命から出て、君との未来をきちんと掴みたい」
互いに意思を確認し終えて、小さく笑う
それでも彼は「最後まで」言葉にするのを待っている
何度か深呼吸をしてから、その言葉を述べた
「私は、君が好き」
「はい」
「運命を変えて見せよう、雪季君。私たちが正しく生きられる未来を一緒に掴もう」
「はい!」
嬉しそうな彼の声に、つられて笑みが零れそうになる
何でだろう。先ほどまでは照れもあったけれど、心が凄く温かい
それにこの満足感。不思議だ
「あ、あとね、そのね、雪季君」
「ひゃい!」
「・・・私、その、自分の思いにすら雪季君が先行告白するまで気がつけなかった恋愛初心者なので、年上のリードは期待しないでください」
「期待してませんよ、そんなもの」
「そうだよね」
「だって僕もどうしたらいいかわかりませんから。初恋なんですからね。初めての彼女さんなんですからね」
雪季君は私の脇腹に負担がかからないように抱きついてくる
同じぐらいの身長だけど、頼りがいがある感じがして、とても心地がいい
「一緒に手探りでいいんです」
「そう、だね。うん。そうしていこう」
「さて、方向性も定まりましたし・・・その、寝ます?」
「気が早い」
「はい?そろそろ起きているのも疲れているでしょうし寝かすだけですよ」
「あ、はい・・・」
勘違いした自分が馬鹿らしい
彼の手を借りて、ベッドの上に横になった
寝ている体勢が一番楽。気が一気に抜ける感覚を覚えた
・・・が、なぜ?
「雪季君?なんで寝てるの?」
「いえ。僕も長時間の正座で疲れたので横になるだけです」
「・・・そっか。そうだよね」
「あわよくば、寝顔でも見ようかなって」
「恥ずかしいから見ないで」
「よだれ垂らしてても平気ですよ。そんなことで幻滅するわけないでしょう?」
「よだれ垂らすこと前提なんだ・・・」
そんなことで幻滅しないと言われても、逆にそれでいいのか新橋夏樹・・・と思ってしまう
やっぱりその、意識しちゃうわけだからね
布団の中に二人入り込んで、手をもう一度繋ぐ
「起きたら、何をしましょうか」
「んー・・・また本を読んでほしいな。雪季君の読み聞かせ、結構好きなんだ」
「そうですか。じゃあ、要望通り」
起きた後の約束をしながら、二人して眠りにつく
深い眠りにはいる直前、ドアが開いた音がした気がするが・・・きっとかまぼこさんだろう
かまぼこさんは自動的に鍵を解錠できる
私の健康チェックの為にここへ来たのだろう
朝比奈さんからは寝ていても大丈夫だと言われたし、このまま寝てしまっても、きっと・・・




