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針指す時の終末日  作者: 鳥路
雪季編「死にたがりと50%の可能性」
64/83

38:ある少女と狙撃手の依頼

幸雪に鍵は渡せた

それから、雅文、拓真、朔也、巴衛、蛍、幸雪が持つこの時間軸の記憶を辿っていく

全ての記憶の欠片を集め終わったら、やっと彼女は「あの子」に会える


「・・・冬夜」


彼方は「あの子」の名前を、誰にも聞こえないように小声で呟く

彼を救うためだけに、彼方はこうして異なる時間軸を歩き続ける

早瀬冬夜を救うための布石を打つために

それに必要な過程であれば、彼方はどんな手段も選ばない

誰かを陥れることも、誰かを傷つけることも、誰かを殺すことも

その罪をすべて背負ってでも、救いたいと願い続けたのだから


雅文がいる食堂へ彼方は向かう

かつて、泥人形として出会ったときと全く異なる姿をしている彼方が泥人形とイコールな存在だということに雅文は絶対に気が付かないだろう

彼自身が思っている以上に、彼は割と鈍感なのだ


食堂を覗き込む彼方

そこではまだ雅文と小影が睨みあい、口論を続けていた


「・・・全く、いつまで経っても思考回路が小学生並みなんだから」


それを見た彼方は、当然のことだが彼の姿に呆れしか浮かばなかった

それでも彼方には、岸間雅文に惚れた時間軸が存在する

可能性のある未来とでも言おう

この場にいる彼方は雅文と結ばれる時間軸ではない「異なる時間軸の彼方」なので、彼に惚れたという事実を信じられずにいる


一応、事前情報でいくつか別時間軸の記憶も仕入れてはいるのだが、何にせよ嘘くさい話ばかりであった

岸間雅文という人間は、思っている以上に繊細な大人に至れなかった子供だった

それでも彼は彼方が結ばれる可能性のある人間の中で、最もまともな人間なのである

一葉拓真も、一ノ瀬朔也も、朝比奈巴衛も全員、人間性を疑うような人間ばかりだ

彼女にとって知り合いである鹿野上蛍と相良幸雪も理に反した行為を普通に行う

最も、こうして彼らの問題点を挙げている彼方こそが、一番理に反しているのだが


「雅文」


彼を呼ぶ

すると、小影と睨みあっていた彼は動きを止めて周囲を見渡した

声が聞こえたのだろう

けれど彼はずっと見当違いの方向を見渡している


「なんか聞こえたか?」

「何も聞こえてねえよ。耳でもおかしくなったんじゃないのか?」

「雅文」


もう一度名前を呼ぶ

けれど彼は声がする方向ではなく、まだ別の方を見渡して何もないことに対して首をひねった


「誰か名前呼んだだろ?」

「気のせいだよアホ。耳鼻科行ってこい」


どうやら、彼方の声は小影には聞こえていないらしい


「・・・貴方のすぐ左よ」

「おわっ!?」


そう居場所を伝えると、彼の視線が自分の左側に動く

彼方の姿をとらえて、彼は驚きのあまり右側に飛びのいた


「遂に気でも狂ったのか、岸間」

「そんなわけねえだろ。こいつが・・・!」

「誰もいないじゃないか。幻覚見て飛びのくとか、お前やっぱり薬でもキメてんの?」

「一度もお世話になったことねえよ。お前、こいつが見えないのかよ!」

「何もないとしか言いようがない」


小影が嘘を言っている雰囲気ではないことを察知して、雅文は彼方の方を一瞥する


「・・・さっきの喧嘩。俺が全面的に悪かった。とりあえず頭冷やすために部屋に帰るわ」

「あ、ああ?」


雅文の切り替えように若干の困惑を隠せない小影を後ろに、雅文は彼方の腕を掴んで食堂を出る

そして、自分が今間借りしている客室に彼方を連れ込んで、扉の鍵を閉める


「お前、何者だ」

「元泥人形といえばわかるかしら」

「泥・・・え、お前、あれなの?ずいぶん変わったな」


きちんと記憶に残ってくれていたようだが、記憶の中にある泥人形と彼方の姿を脳裏に浮かべているのだろう。その変わりように驚きを隠せていない


「ええ。自分の事もきちんと思い出したわ」

「名前、聞いてもいいか?」

「冬月彼方」


雅文自身、彼方の名前に聞き覚えがある

狙撃手として組織で育った時に聞いた記憶もあるが、それ以前の記憶でも彼女の名前はたびたび出ていた


「・・・冬月財閥のお嬢様じゃねえか。確か十五年前に死んでるのに・・・今いくつだ」

「そこは今の貴方に話す必要はないわ」

「気になるなあ・・・十五歳の子供ではないことぐらいはわかるんだが。死んだ年よりも上なんじゃないか?」

「勘のいい男は嫌われるわよ?」

「嫌われるのは構わねえさ。自分が選んだ一人の女に好かれりゃあ、全部問題ないだろ?」

「貴方らしいわ、その考え方」


二十三歳の彼は子供そのもので扱い辛かったが、流石に三十三歳になれば年相応の落ち着きがあるらしい


「ところで、雅文」

「ん?」

「貴方、私に関して覚えていることはある?」

「お前に関して?ええっと、冬月財閥のお嬢様ってぐらいしか。昔、親父から聞いたんだよ」

「親父というのは、どっちかしら」


これは、彼方が雅文を試すために設けた設問だ

この答えで、あることがわかる

あの人物の名前を告げれば、この時間軸の雅文は彼方の目的に協力してくれる

逆に、それ以外の人物だと・・・雅文は彼方に協力してくれない

なんせ、信用に値しないから


「知ってて聞いてるんだろう?」

「貴方の口から聞きたいのよ」


彼方がそう言うと、雅文は若干面倒くさそうに頭をかく

そして、渋々その名前を口に出した


「岸間平文。永海市長をしている俺の親父からだよ」

「覚えているの?自分の、実父の事を」

「勿論だ」

「そんな割と重大な秘密、私なんかに話してよかったのかしら?」

「お前だから話していいと思ったんだよ」

「その理由は?」

「なんとなく。それじゃ、だめか?」


それでいい。なんとなくでも話してくれたという事実の方が大事なのだから


「構わないわ」

「そりゃどうも」

「ねえ、雅文」

「なんだ、お嬢さん」

「貴方も、私の事をいつものように呼ぶのね」


雅文も彼方の事をお嬢さんと別の呼称で呼んだ

冬月さんを期待していたわけではないが、自分が介入したことで別の時間軸に少なからず影響を与えている可能性を彼方は考え出す

あまり影響を与えて、何らかの制限が付くのは厄介だなと考えながら話は進んでいく


「別にいいだろう?こっちの方がしっくりくるんだよ」

「いつもそう呼んでいたからだと思うわ。ところで雅文」

「いつもってなんだよ。で、なんだ。お嬢さん?」


先程までの話は、ちょっとした茶番だ

本題はこれからである


「貴方に、頼みがあるの」

「言ってみろよ」

「その狙撃銃を貸してもらえないかなって」

「これは俺の相棒だぞ。そう易々と貸せるかっての」

「・・・異なる時間軸では有事であれば貸してくれたのだけれど、有事ではないからダメなのかしら」

「何か言ったか?」

「いいえ。何も。じゃあ、貴方は「私がそれを使ってしたかったこと」を、代わりにしてくれるのかしら?」


彼方がやりたいことはただ一つ

この時間軸で回収できる記憶の欠片は全て集め終わった

もう、この時間軸に用はない

次の欠片がある場所に移動するために、ある事をしなければならないのだ


「・・・話によるが、聞こうか」

「ええ。貴方にはね――――――――――――――――」


雅文はその名前と目的を聞いて、息を飲む

一ヶ月だが、同じ場所で寝泊まりしていた人間だ

少しだが情もある。それに相手が相手だ

真っ黒ならともかく、まっさらな人間に緊急事態以外で手を下せるかと言われたら、雅文も躊躇う


「・・・俺に、やれって?」

「嫌ならいいのよ。私が至近距離で手を下すだけだから」

「後先のリスクが伴うぞ。周囲にあいつもいる。そう簡単にはいかないさ」


雅文は部屋の隅に置いていた相棒のケースに触れる


「お前の標的はあいつ一人でいいんだな」

「ええ。他は手出し無用。あの子だけ、きちんと消してくれれば問題ないわ」

「恐ろしいね、このお嬢さんは。そう言って、何人もの人間をあの世へ送ったんだろうな」

「さあ。もう、覚えていないわ。数えるのも億劫だもの」


ある少女と狙撃手の依頼は裏で密かに交わされる

その依頼が明かされるのは、もう少し後の話

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