32:帰ってこない返事
時空飛行船三階の二号室
自動的に閉まらないように扉を開ける工夫をされている部屋に僕らが立ち入ると、朝比奈さんと夜ノ森さんが慌てて機材を運んでいました
その部屋の中央にあるベッドの上で、血の気のない表情で横たわる夏樹さん
酸素マスクが当てられ、状況が悪いことは素人の目でもわかりました
「待ってたぜ、相良」
「夜ノ森さん、朝比奈さん」
僕らは何をしたらいいですか、と聞く前に僕らは二人に腕を掴まれて針を刺されます
一瞬だけ痛みが走り、いきなり何をするのかと文句を言いたかった
しかしそれを言う前に、今度は針を刺した部位に絆創膏を貼られた
これも貼る・・・というよりは、叩きつけるが正しい表現だろう
周囲が別の意味でひりひりする
・・・どうやら、これは血液型を確かめるための採血のようだ
「朝比奈。相良はAB。幸雪はAだ」
「こっちは・・・正二もAか。で、隣のお前。十年後早瀬の話だと、岸間だって言うらしいけど、あってるか?」
「・・・俺?あ、ああ。神父様の言う通りだ。俺が岸間だ」
朝比奈さんに指を指されたのは十年後の夏樹さんではなく、岸間さん
「お前も血出せ。使うから」
「俺もかよ・・・」
「で、その隣のは十年後の新橋だって聞いてる。死にたくないなら協力してくれ」
「・・・はい」
「夜ノ森。機材の使い方はカマボコさんが指示を出す。俺と岸間、十年後新橋の血液を採取して輸血しろ」
朝比奈さんの指示でそれぞれ行動を始める
僕はただ見ていることしかできないようだ
「悠翔!聞いてるんだろ!」
そして朝比奈さんはこの部屋に見当たらない人物に声をかける
その人物は気が付けば部屋の入口前に立っていました
夏樹さんを脅し、冬夜さんを何らかの方法で苦しめ・・・
そして、この時間旅行の指揮を執る星月悠翔がそこには立っていた
「・・・新橋さんの遺伝子から人工造血を作ればいいのですよね。すぐに作りますから、三人とも負担は最小限に」
「そういう技術はお前の方が速いからな。頼んだぜ、悠翔」
「・・・言われなくても。彼女を死なす気はないのでご安心を」
「お前がそういうなんて、珍しいな」
その間に夜ノ森さんは岸間さんと十年後の夏樹さんから血を貰っていた
彼の順番はまだのようだ
暇なのか、そのまま二人は会話を続ける
「彼女だけは、絶対に死なせません。消えた彼の為にも・・・」
「・・・消えたって」
「話は以上です。作業に取り掛かります。巴衛、後はお願いしますよ」
「お、おう・・・頼んだぞー・・・」
そう言って星月さんは廊下を進んで、上の階へ上がっていく
胸に何か引っかかりつつも、僕は献血の様子を黙って見つめていました
三人の献血が順に終わり、作られた血液パックはカマボコさん、と言っただろうか
カマボコさんに預けられ、その手で夏樹さんに輸血が開始されていた
「・・・これで、ひとまず安心。悠翔の人工造血ができれば、もっと安心だ」
朝比奈さんの言葉に、全員が安堵の息を吐く
しかし、岸間さんだけは今後のことを考えていたようで朝比奈さんに問いただす
「・・・なあ、俺たちこれからどうしたらいいわけ?」
「どうしたい?」
「休みたい。この状態で下山して帰れって言うのはないよな?」
「そんなわけないだろ。とりあえず、この部屋の正面。十一号室と十三号室で休んでいてくれ」
朝比奈さんは二人にカードキーを投げる
「十年後の新橋はわかるだろ。岸間に教えてやってくれ」
「・・・はい」
「それじゃあ、俺たちはひとまず寝るから、何かあったら起こせ」
岸間さんと十年後の夏樹さんはふらついた足取りでそれぞれ部屋に入っていった
そして、二号室には僕と幸雪さん
夜ノ森さんに、朝比奈さんだけが残された
そういえば、十年後の冬夜さんの姿が見当たらないが・・・
「十年後の早瀬なら、四季宮連れて十二号室に籠ったよ」
「・・・」
僕が聞く前に、朝比奈さんが聞きたかったことに対する答えを述べてくれる
「わかりやすいんだよ、お前ら」
「・・・なあ、朝比奈。夏樹さんの容体は」
「・・・正直なところ悪い。処置は最善を尽くしたつもりだけど、何にせよ失血が多すぎた」
それは彼女の顔色も物語っている
今にでも死にそうなほど白くなった頬には血の気がない
死体だと言われても信じられるレベルの白さだ
「それに、岸間が狙撃するキッカケになった、新橋の異常も気になるんだ」
思い出すのは、彼女の声が聞こえなくなったあの様子
虚ろな目をこちらに向けていた夏樹さん
思い出すだけでゾッとする
「起きたとしても、その状態のままなら俺たちはそれなりの対策を練らないと」
「そう、ですよね・・・何度も、こう傷つけて黙らせる・・・という訳にもいかないでしょうし」
「そうだな。今回は岸間みたいな本業が手を下したから多少マシだったけど、少しでもズレてれば一発で死ぬからな」
「だからと言って、武力行使ができる相手は・・・」
「早瀬が眠る今、この場でその新橋と張り合えるのは悠翔しかいないだろう。念のため、両手両足鎖でつないでおいた方がこちらとしては気が楽だな」
朝比奈さんは一瞬だけ彼女の治療を担当している機械の方に目を向ける
目は口ほどにものを言うというが・・・彼自身としては夏樹さんが暴走してあの機械を壊される方が嫌なのだろう
「あの、朝比奈さん。あの機械は」
「カマボコさんか?俺が作った医療ロボット。傷口を消す技術だってあるんだぜ。製作費が桁違いだから、壊されると困るんだよ・・・」
傷口を消すなんて、現代の医療技術でも成しえていない技術じゃないか
そんな技術の塊を壊されるのは確かに困るだろうけど・・・
・・・この人はそんな技術を一人で?
筧さんや星月さんに比べたらまともな乗務員さんだと思ってはいるのですが、どうにも色々と不審点が多い
いつの時代の出身なのかもわからないし、色々と謎に包まれている経歴
信用しやすそうな人だけど、警戒したままの方がいいかもしれない
「・・・まあ、とにかく。今の新橋がどっちなのか俺にも検討が付かない。それに、新橋が助かる保証だってどこにもない」
「でも、最善は・・・」
「最善は尽くしたって言ったよ。でも、新橋自身が持つかはわからない。・・・最悪のことも視野に入れておいてほしい」
「・・・最悪、死ぬ可能性があるのか?」
幸雪さんの問いに朝比奈さんは何も答えてくれない
彼に対して更に問いただそうと動いた幸雪さんを、背後に立っていた彼が止めてくれる
「・・・沈黙は解答って相場が決まってるだろ」
夜ノ森さんがそういうと、幸雪さんは朝比奈さんに伸ばした腕を力なく降ろす
「・・・朝比奈、俺と幸雪も休むために戻る」
「色々あって疲れただろうからな。何かあったら呼ぶわ」
「了解。相良はどうする?」
「・・・僕は、ここに残ります」
「・・・わかった。無理は、するなよ」
夜ノ森さんと幸雪さんは僕にそう声をかけてから部屋を出ていき、自分の部屋へと戻っていった
「・・・まあ、相良。こっち座れよ」
「ありがとうございます」
朝比奈さんはそれとなく僕に椅子を差し出す
僕はそれに腰かけて、彼の様子を窺っていた
どうやら、何か記録を取っているらしい
血液型一覧・・・と書かれている
A型 正二・明治の方の相良
B型 なし
O型 新橋・朝比奈・(岸間)
AB型 現代の相良・早瀬・一葉・四季宮
不明 悠翔・夜ノ森
そこに書かれていたのは、先ほどの採血から判明した血液型だった
・・・不明が二人?
「・・・人の手帳を勝手に覗くなって」
「あ、すみません。何をしているのか気になって」
「血液型の情報まとめていたんだよ。今回みたいなことがまたあって、そのたびに検査ってわけにもいかないし」
「確かに・・・」
「AB型が多いのは助かるよ。しかも血の気の盛んな早瀬がAB型なのが一番助かる」
「正直なところ、輸血が必要になる事態になりそうなのは冬夜さんが最初かなって思ってました」
「俺も。悠翔がバリバリ警戒してるし・・・なんかやばそう。流血沙汰とかありそうって思ってたら、まさか紅一点がやらかしてくるなんて思わないだろ」
「そうですね。夏樹さんは・・・O型なんですね」
「ああO型だ。ちなみに俺もだから、最悪の場合、互いで補える」
他の奴らがやらかしてきた時に、白羽の矢が立つのも俺たちなんだけどなと朝比奈さんは複雑そうに笑う
確かに、輸血で使える血は・・・同じ血液型が基本的らしい
しかし、A型とB型であればAB型に輸血が、O型は全ての血液に輸血が可能と聞いたことがある
確か名称がついていたと思うのだが・・・思い出せない
「まあ、一番警戒しないといけないのは夜ノ森だろうな」
「・・・不明って」
「検査しても分けられなかったんだよ。血の色も、なんだか薄かったし」
「薄かったとは・・・少し濁った赤ではなかったのですか?」
「そうだな・・・普通の赤って感じの血だったんだよ。絵の具みたいな赤。あいつが大怪我したら、輸血は人工造血だよりになりそうだし・・・少し面倒くさそうなんだよな」
「頂いた血はまだあるんですよね?」
「ああ。だから少し調べてみようかと思ってな。内緒だぞ」
「ええ。内緒にします」
警戒しておかないといけない人物の間に秘密を作ってしまう
・・・自分の浅はかな行動に溜息が出そうだが、誰かと秘密を共有するという体験も、初めてのせいか楽しんでいる自分が少々憎い
「・・・ふぁぁ」
朝比奈さんは大きな欠伸をする
ドタバタしていたし、休みなく動いていてくれたのは朝比奈さんだ
一通り落ち着いたわけだし、疲れと安心感で眠気が来たのだろうか
「・・・僕がここに居ますから、眠ってきては?」
「・・・そうだな。お言葉に甘えさせてもらうよ。俺は階段前の五号室にいるから、もしものことがあればマスターキー預けとくから起こしに来い」
朝比奈さんは立ち上がり、それと同時に僕に少し装飾が豪華なカードキーを手渡してくれました
「わかりました・・・でも、僕に預けても?」
「お前なら大丈夫かなって。新橋についてくれているのなら猶更・・・その鍵があった方が便利だろうし」
「お預かりしますね」
「おう。お前も疲れたら・・・そうだ。布団一式持って来てやるよ」
「え、でも・・・そんなわけには」
「もしかして・・・お前」
「な、なんでしょう・・・・」
にやにやしつつ朝比奈さんは僕を観察するように見ます
・・・何を考えているのかさっぱりです
「新橋の布団に入って寝ようとか考えてるのか?!」
「そんなこと考えるわけないでしょう。疲れですか。早く寝てください」
「・・・そんな冷たく切り捨てなくてもいいだろう?怒らせたのは謝るからさ」
「い、いえ・・・僕も、強く反論してしまい申し訳ないです」
「じゃあ、この話は終わりだな」
「ええ。それで行きましょう。しかし、なぜここに布団を?」
「新橋の容体が安定するまで、誰かが一晩ついてやったほうが有事の時に動きやすいから、納得してくれたなら、今日はここで仮眠取ってくれるか?」
「それなら、もちろんです。お布団をお願いしても?」
「助かる。でも、無理はしない程度に頼むぞ」
「心得ています」
「じゃあ、布団持ってくる。後、夜食もいくつか」
「いいんですか?」
夜食をもらえるというのは大きい
今日は朝食とパン半切れしか食べていないので非常にお腹が空いていたのだ
だからと言って言い出せる状態ではなかったので、どうしようかと考えていたので提案してもらえたことはとても嬉しい
「帰りも遅かったし、少し腹を空かせてるんじゃないのかって思ってな」
「助かります」
「お前もよく食べるのか?昨日、新橋の夜食が凄かったけど・・・」
「・・・一般的な量でお願いしても?」
「了解。それじゃ、行ってくる」
そう言って朝比奈さんも二号室から出ていってしまいます
昨日、控えめにするといったではないですか・・・凄かったということはそれなりに夜食を頂いたんですね・・・
色々と言いたいことがあるが、今はそんな場合ではない
命の危機にさらされている方に対して文句を言えるほど・・・図太くはないです
誰もいなくなってから、僕は彼女の顔を覗きました
苦しそうに汗を浮かばせています
けれど、まだ生きてくれている
鞄の中からハンカチを取り出して、彼女の汗を拭いました
僕が、真実から逃げてしまったせいで夏樹さんをこんな目に遭わせてしまった
無茶を、させてしまった
力なく広げられている彼女の手を握り締めます
「・・・ごめんなさい、夏樹さん」
二人きりの部屋に、その声だけが静かに響く
誰も言葉を返さない
ただ、浅い呼吸音だけが僕の耳に酷く響く
僕の言葉に対し、彼女が反応を返してくれることは、なかった
 




