30:泡沫の約束
なんだか、ふわふわする
ああ、夢だ
夢だと理解するのは簡単だ
だって、私は今「時間旅行」をしているから
十年後の未来にいたはずなのに、ここは新橋家の縁側
後、もう一つある
私はさっき、わき腹が血だらけになったから
気が付いたら、身体に激痛が走って血があふれ出ていた
何が起きたのかわからない
何をされたのかわからない
けれど、私のわき腹から血が溢れて・・・痛みに耐えきれなくて倒れたのは覚えている
意識を失ってから、どうなったかなんてわからない
けど、ここではそのわき腹がえぐれた形跡はない
夢だから消えたのか
それとも・・・
「・・・私、死んだのかな」
「・・・死んでいませんよ」
隣で面倒くさそうな声が聞こえる
しかしなぜ、夢に出てくるのが筧さんなんだろう・・・
確かに最後、筧さんに食事のお礼を言うの忘れたな・・・とか思ったから納得と言えば納得なんだけど、なぜお茶をのんびり飲んでいるんだろう、この人
出会って一日だけの関係だけど、なんだかずっと前から一緒にいたと錯覚するような安心感があった、が
聞きたいことは、山ほどある
まず、聞いておくべきことは・・・・
「・・・なぜ、筧さんが?」
「意識を失う前に、貴方が私のことを考えたからではないですか?」
「そうですね。食事のお礼を言うのを忘れたなって」
「・・・そんな、ことで?」
私から夢の中に呼び出されたのであろう、夢の筧さんはそんなことで呼び出されたのか?と言わんばかりの表情で私の話を聞いてくれる
彼にとってそんなことでも、私にとってはある意味重要なことなのだ
「はい。そんなことで、夢の中に筧さんを呼び出してしまいました。ご飯、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「それはよかった。それは現実の私にも伝えてあげてほしかったですね」
筧さんは嬉しそうに笑う
凄く、見とれてしまう笑顔だ
普通に笑っているだけなのに、印象深く心に残る不思議な笑顔
・・・現実の筧さんもこんな風に笑うのだろうか
「あの・・・私、生きて帰れます、かね?」
「大丈夫ですよ。こんなところで貴方は終わるような人ではないでしょう?」
「なぜ、そんなことが言い切れるんですか?」
「ある人から聞きました」
「ある人って?」
「質問ばかりしても、答えがいつでも出てくると思わないでくださいよ」
「・・・意地悪ですね。夢なんですから、答えてくれたっていいじゃないですか」
「嫌です」
彼は真顔で私のお願いを拒否する
・・・手厳しい、夢の中なのに
私に少しでも甘くたっていいじゃないか、私の夢なんだから
「夢の中で甘やかすわけ、ないじゃないですか」
「じゃあ、現実で?」
「さあ。少なくともこの時間軸ではないですね」
「時間軸って、なんなんです?」
「可能性の未来というものです。例えば・・・そうですね。貴方はここ最近、重要な選択を迫られた記憶があるのではないですか?」
「重要な・・・」
選択を迫られたという点なら、時間旅行の行き先を決める選択だろう
誰かが望む時間の中から一つだけを選ぶという、残酷な選択
「そこから、貴方の未来は七つに分かれます」
「七つ?」
「ええ」
筧さんはゆっくりとした足取りで夢の中を歩いていく
私はそれに黙ってついていく
「今回、選んだ貴方の選択は相良雪季との未来を掴んだ選択肢なんです。もちろんですが、貴方の選択次第で・・・七つの未来に分岐します。この時間軸はその中の一つ、なんですよ」
「・・・雪季君との、未来」
「ええ。彼と出会い、恋をして添い遂げる未来となります」
筧さんは解説するように告げる
しかし、引っかかる点が何点かあるのだ
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんです?」
「雪季君との、未来って・・・!しかも他の人も!?」
「ええ」
「他の人って・・・」
「流石にそこまでは・・・」
「じゃあ、この際それはいいです。じゃあ、番は・・・どうなるんですか?」
「番、とは・・・魂の番のことを?」
幸司さんがいうには、それはすべての人に当てはまるらしい
でも、私は七つの未来を掴める
番が七人もいるなんておかしい話だ
御伽噺を信じれば、だけど・・・!
「まあ、魂の番は存在する話ですし・・・疑問に思うのは仕方ないですね」
「どういうことか、教えていただけますか!?」
筧さんに問うと、彼は困ったように首を捻る
「・・・まあ、どうせ目覚めたら覚えていないでしょうから軽く話しておきます」
「あ、ありがとうございます」
「まず、前提として貴方は普通の魂の持ち主なんです。貴方の魂の番も、あの船に確かに存在しています」
「・・・糸の、持ち主」
「・・・では、それ以外の彼らと結ばれることができる理由とはなんでしょう?」
「理由が、あるんですか・・・?」
「まあ、それはまたの機会に」
てっきり教えてくれるかと思いきや、またの機会に持ち越されてしまった
なんだか解せない
次なんて来るのかわからないのに、せっかくだから聞いておきたいのに
「重要なところをはぐらかさないでくださいよ!?」
「いつかはわかる事です。それに、わかったでしょう?」
「わかったって・・・」
筧さんは立ち止まり、空に向かって手を伸ばす
その先にある月には当然届かないが、なんだか、凄く絵になる立ち姿だ
なぜ、見惚れてしまうのかわからない
「貴方は、トロイメライの一糸の・・・この戦況を大きく覆すできることができる能力者を覚醒させる鍵なんです」
「トロイメライの一糸・・・それが、糸の能力者の・・・」
「糸の正式名称となります」
「なぜ、筧さんがそれを?」
「ある人から聞きました」
「ある人、便利ですね」
「ええ。あの人は凄いですよ。俺の願いを半分だけ叶えてくれたんですよ」
筧さんは腕を下ろし、私の方へ歩み寄る
「でも、半分は自分で叶えないと」
「なるほど。お手伝いできることは?」
「今は、もう・・・ないです。けど、約束をしてほしいなと思いまして」
「約束、ですか?」
「ええ。約束です」
筧さんは右手の小指を差し出して、私に微笑む
私は左手の小指を彼の小指に絡めて指切りの状態を作り上げる
「いつかでいいのです」
「いつか、ですか?」
「ええ。いつかです。いつになるかわからない、いつかの話」
念入りに、いつかを言い続ける
なんだろう。この、不安な感じは
まるで、彼がどこかに行ってしまうような・・・
「いつか、俺を見つけてほしいんです」
「筧さんを?」
「はい。そして、願わくは・・・俺を、この世界に繋ぎ止めてくれますか?」
繋ぎ止める、という意味が分からない・・・けれど
「・・・もちろんです。必ず見つけますし・・・どうやるのかわかりませんけど、繋ぎ止めて?みます!」
なんだか約束をしておかないと、後先後悔しそうなのだ
それがたとえ、忘れてしまう約束でも
「約束、ですからね」
「約束、ですよ!」
その瞬間、周囲が明るくなる
「目覚めも近いですね」
「そうですね。では、また現実で!」
「・・・さようなら、新橋さん」
「また、でしょう?」
「いいえ。さようならでいいんですよ」
約束の指切りは終えられて、彼と私の指は離れる
それと同時に、目の前には誰もいなくなる
夢が醒める直前だからだろうか
今まで、自分が何をしていたかわからないというのも目覚めの前だから?
でも、凄く大事なことを忘れてしまったような気がする
心残りのように残っていた、伝えたいことも
不思議な約束の記憶も
その、約束の相手の名前も顔もすべて忘れて
私は、光の先に足を進めた
そして私の意識は・・・・現実へと、戻っていく
痛みと、苦しみと向き合う現実へと・・・




