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針指す時の終末日  作者: 鳥路
雪季編「死にたがりと50%の可能性」
54/83

28:半透明の泥人形

疲れているのだろうか

昨日の睡眠時間は十時間だ

たっぷり寝た自信はある

寝具もこの時代で手に入れられるものにしては上等なものだ

環境も十分と言えるだろう


それに組織謹製の十年前じゃ余裕で捕まるような薬物の世話になった記憶はない

ましてや幻覚作用のある薬を服用するような持病もない


じゃあ、一体これは何なのだ

半透明の、泥人形

色はついていない

顔の形すらわからない

足はない。手は触手みたいなのが二本

容姿情報は何一つないが、声だけは女だ

それでいて半透明。不気味としか言いようがない


「なんなんだよ、お前は?」

『さあ。私だって知らないわよ。私が誰かなんて、私が知りたいわ』


そいつは当然のように俺の側に座って冷えたペットボトルを差し出す


「水を差しだしてくれるとは、最近の幽霊はレベルが違うな」

『・・・物には最近触れられるようになったのよ?』

「へえ」

『というか、幽霊ではないわ』

「じゃあ、なんなんだよ」

『知らないのよ・・・』


水を飲みつつ、適当に相槌を打つ


『記憶も、名前も何もないの』

「じゃあ、身元不明なのか」

『ええ』

「生きてはいるのか?」

『・・・さあ。生きているとも言っていいし、死んでいるとも言っていいかもしれないわ』


それはつまりどういうことなんだ

しかも、女の話を聞いているだけで更に頭が追い付かない話ばかりされる

睡眠生活を改善した方がいいかもしれない・・・

ボスに頼んでしばしの休息・・・

じゃなかった・・・・しばらくの休暇を頼んだ方がいいかもしれない

けど、今休暇を取ったらこいつもついて来るんだよな・・・

どうにかして消せないかな、これ・・・


「・・・お前が夢に出てくるようになって、かれこれ十年だが、遂に実体化できるようになったんだな」

『ええ。そうね。十年も貴方の記憶の中に住む羽目になったのは屈辱的ね』

「じゃあ出て行けよ」

「そうはいかないのよ。貴方の中の「私に関する記憶の欠片」が足りなくて」

「記憶の欠片だぁ?」

『ええ。私と、特に縁のある人物にある私に関しての記憶がつまった欠片。私はそれを集めて、自分を取り戻しているの』


・・・こいつとは十年ほどの付き合いだが、半透明状態のこいつとは全く面識がない

一体こいつと俺の関係は何なんだ・・・


『ねえ、雅文』

「なんだ」

『私はやはり、邪魔かしら』

「言われないとわからないのか?邪魔だよ」


空になったペットボトルを投げ捨てる


『ポイ捨て、ダメじゃない』

「咎める奴なんてお前ぐらいしかいないよ・・・」


半透明のそいつに触れようとするが、それは俺の指に留まるどころか触れた感触すらなかった

やはりこいつは幽霊なのだ

俺にしか見えない、変な幽霊なのだ

否定しているが、幽霊としか考えられない


「なあ」

『何かしら』

「なんで、俺の頭を撫でているんだ」


泥触手が俺の頭をなぜか撫でていた

半透明で、俺はこいつに触れることはできないがどうやらこいつは俺に触れられるらしい

なんか、不思議な感じだ


『撫でたいからよ。甘え下手。誘拐されてから誰にも甘えたことないのは誰かしら』


その話は、誰にもしたことがない

神父様に脅されても虚言で貫き通す気でいた俺の過去

なぜ、こいつが知っている


「・・・お前、人の記憶を覗き見たのか?」

『覗き見るほどの権限はないわ』

「・・・じゃあ、なんで」

『私にもわからないのよ。ただ・・・頭の中に、貴方が誘拐されて、ヴェアリアルの構成員をしている記憶があるの。それは事実なの?』

「うるさいな。どうでもいいだろう」


すべて図星だったから、苛立ちを隠せなかった

触れられないとわかっていても

攻撃できないとわかっていても

無性に当たりたくなる


「お前に、何がわかる」

『何も、わからないわよ。貴方の気持ちなんて』

「これ以上、俺の心を乱さないでくれるか」

『無理なお願いね。私の記憶を取り戻す為に、貴方の心を引っ掻き回す必要があるようだから』


そう言って女は、俺の腹の上に落ちていたそれを拾い上げる

真紅に輝く小さな欠片

それを女は手のひらに乗せて、嬉しそうに微笑んだ気がした

その光景に苛立ちを覚えると同時に、何となく懐かしさも覚えた

会ったこともない女のはずなのに、なんなんだよ、これは


『雅文』

「なんだ」

『多分ね、貴方が自分自身に向き合えば・・・私は次に行けると思うの』

「次ってなんだよ。成仏か?」

『さあ。どこに行くかなんてわからないわ。なんせ私は記憶も名前も、全部を落とした存在だもの。この先に何が待っているのかなんて、わかりやしないわ』


欠片を呑み込みながら、女はそう告げる

その瞬間、女の容姿情報が更新されていく

腰より長い髪、胴体は普通の女性らしく

いや、普通よりは少々スタイルのいい女性になり・・・もったいないことに服らしきものを身にまとう

なんとなくだが、どこかのお嬢様みたいだという印象を抱いた

顔はまだ「のっぺらぼう」だが、胸にある二つの豊満なそれが性別を明白に物語っていた

いや、もしものことがある

念のため、確認しておこう

念のためだ!


「その、豊かなメロ・・・じゃなかった。胸のそれは偽物じゃないよな」

『さあ、どうかしら』

「そこははっきりさせろよ。気になって眠れないじゃねえか」

『しばらく不眠の生活を送って頂戴』

「嫌がらせにもほどがあるぜ・・・」


容姿情報が更新されたからだろうか

なんとなく、前よりも親しみを覚えている

苛立ちも少しだけ和らいだ

しかし、なんだろうか

この容姿になると、なんとなく見覚えと懐かしさを覚えた

しかし、それが何だったのか思い出せない

何か忘れているような、むず痒い感覚が今度は俺を襲う


『そういえば雅文』

「なんだ・・・?」

『通信機、光っているわよ』

「・・・あの光だと、幸雪か。少し出てみる」

『わかった。邪魔しない程度に見守るわね』


そう言って、女はどこかに消えてしまう

さっきまでの時間は確かに存在したけれど、すぐに忘れてしまうだろう

そして、またあいつに会うたびに言うのだ「お前は誰だ」と

そんな予感が、するのだ


「もしもし、幸雪。聞こえるか?」

『やっと出た!雅文、さっき雪季を驚かせた奴で、夏樹さんと早瀬を狙ってくれ!早くしないと死人が出る!』

「・・・は?」


慌てた口調の幸雪の様子に疑問を抱きつつ、俺は再び狙撃銃の元へ向かい、照準器を覗いた

その先で繰り広げられていたのは、予想以上に凄惨な光景だった

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