25:崩れ落ちる安息
路地の中にある、廃ビルの一室
元々そこは誰かの住居だったようで、生活用品は一通り揃っていた
その為、隠れ家に丁度いいと思い、利用していた・・・と、目覚めた僕に彼女は教えてくれました
「調子はどう?」
「だいぶ良くなりました。ありがとうございます、夏樹さん」
「どういたしまして」
夏樹さんは水の入ったコップを僕に手渡してくれました
路地での出会いの後、僕は意識を失ってしまったようで数時間ほど寝ていたようでした
時刻は九時
外は暗く寒い。夜のようだ
「かんぱんしかないけど・・・お腹、いっぱいになるよ」
夏樹さんは缶の中からかんぱんと金平糖を取り出して僕に渡してくれる
「ありがとうございます」
「そろそろ薬の時間かな?」
「はい」
「まだ、薬はあるの?」
「ひと月分は鞄の中に」
「それなら安心だね。落とさないようにね」
「もちろんです。あ、あの・・・」
「何?」
「水って貴重なものなんじゃ・・・」
冬夜さん達が満足に風呂も入れていないから匂うかもしれないと言っていたことを思い出す
この時代、水は凄く貴重なものなのではないかと思い夏樹さんに問うと、彼女は大丈夫だというように笑う
「井戸から汲んできたからまだあるよ」
「井戸?」
「うん。うちの・・・新橋神社の裏手にあるの」
「そんなものが・・・」
「まだ組織にも見つかっていない水源なんだ。念のためにろ過してるし、大丈夫だよ」
私も毎日毒見しているよ、と夏樹さんは笑いながら告げるが・・・
「・・・飲みすぎには気を付けてくださいね」
「・・・」
「貴方はただでさえ大食いなんですから、飲みすぎてお腹壊したとかあり得そうですし」
「・・・気を付けるね」
夏樹さんは驚いた顔をした後、すぐに寂しそうに顔を俯かせる
どうしたんだろうと、聞こうと彼女に近づいた瞬間
それは突如起こりました
・・・壁が吹き飛びました
何を言っているかわからないと思いますが、壁が吹き飛んだのです
蝋燭の火は一瞬で消え、窓ガラスは割れて床に散らばります
夏樹さんが庇ってくれたので、僕はガラスの破片で手を切ったぐらいで済みました
夏樹さんもまた、近くにあったテーブルを盾にして身を守ったようですが・・・
彼女の額から血が流れ落ちます
避けきれなかったガラスの破片で切ったのでしょう
急いで処置をしたかったのですが、それは彼女が許してくれませんでした
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『捕まえられそうか?』
それは、凄く見覚えのある姿でした
隣にいる彼女が、高校生ぐらいにしたらこんな感じだろうと思うような姿
しかし様子がおかしい
彼女にしては、落ち着きすぎているのだ
槍を構えているし、稽古の時はいつもあんな感じなのだろうかと思ったのだが・・・
それではないことは、直感で理解できる
だって、聞こえないから
僕の耳は「生き物の声ならば必ず聞こえる」はずなのに・・・彼女の声が全く聞こえない
至近距離で会話しているのに、全く聞こえないのだ
通信機の音は聞こえる
その相手の声だって聞こえるのに・・・
そして僕の頭の中に一つの考えが浮かぶ
普通はそんなことはない
絶対に、不可能なのに
彼女の声が聞こえない「意味」を悟った瞬間、僕は初めて、彼女に
・・・・恐怖を、抱いた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『融通の利かない奴だな・・・できるんならやれ』
「・・・・」
やれ、と言われた瞬間、彼女は夏樹さんが盾にしていたテーブルを持っていた槍で薙いだ
それを察知した夏樹さんはテーブルを前に押し出し、僕に覆いかぶさって攻撃を避ける
テーブルは上下真っ二つとなり、床に音を立てて転がっていきました
「・・・・四季月」
「な、なんですそれ・・・」
夏樹さんは彼女を睨むようにして、僕たちの間に立ち塞がりました
そして夏樹さんもまた、彼女と同じ槍を同じように構え立ちます
「新橋流槍術ってことは・・・」
「・・・・・」
「・・・やっぱり、十年前の私か」
十年前の夏樹さんは、ただ黙って僕らを見ていました
「・・・」
『おい新橋、あんまり過激なことはするなよ・・・・?』
「・・・・・」
通信機の声を無視して彼女は、攻撃を続けます
「雪季君!」
夏樹さんは僕を抱えて、部屋の外へ駆けました
「・・・・・」
彼女は去り行く僕らの後姿を、黙って眺めていました
別れた間に何が起きたんだと思うぐらいの豹変っぷりに息ができなくなります
道具のようにただ、言われたとおりに動く十年前の夏樹さんの姿は、僕の脳裏に恐怖と共に焼き付きました
しかし、その恐怖とはまだ離れられません
なんせまだ・・・夜は始まったばかりなのですから




