22:遠ざかった当たり前
目が覚めると、見覚えのない天井
「う、ううん?」
重たい頭を抱えながら、自分が今置かれている状況を確かめるように周囲を見渡す
そこにあるのはいたって普通の民家にありそうな風景
「どこここ・・・」
「目が覚めたか、夏樹さん」
「幸雪君」
ここがどこか考えていると、丁度幸雪君が部屋に入ってくる
その手には等分されたリンゴが乗ったお皿を持っている
「・・・ここ、どこ?」
「岸間さんの隠れ家らしい。ここは寝室らしいが・・・あまり使っていないから匂いは気にするなとのことだ」
「・・・」
「食欲はあるか?」
「少しだけ・・・」
「岸間さんがリンゴを分けてくれたんだ。それを早瀬が切り分けた。これはウサギを模しているそうだな」
リンゴを刺した爪楊枝を私に手渡してくれる
「ありがとう」
リンゴを見つめていると、少しの疑問が沸き上がる
「・・・これ、食べても大丈夫なの?」
「早瀬が毒見してから二時間が経過しているが、問題は出ていないようだ。岸間さんも同時タイミングで食べている・・・かという俺も食べて二時間だ」
だから、問題はないだろうと幸雪君は告げる
「なんかさ、こんな世の中だからリンゴとかかなり高価なものなんじゃないかなって思ってさ」
「らしいな。果物とか野菜は十年前と桁が二つ違う状態で取引されると早瀬が言っていた」
「・・・百円だったものが、一万円で取引?」
「考えられないよな」
貴重なリンゴを一口かじる
それは十年前と変わらず、甘くて瑞々しい果実だった
この時代に来て、初めて変わらないものと出会ったかもしれない
まだ初日なのに、この怒涛っぷりは何なのだろうか
もう元の時代に帰りたいと思うぐらいに、色々ありすぎる
「・・・」
その甘さは昨日まで当たり前のものなのに
懐かしさを感じてしまい、無意識に涙が出る
「・・・甘い」
「・・・そうだな」
「リンゴは変わらないんだね」
「らしい。しかしそれも市場に出回れば十万から取引開始らしいぞ」
「一箱?」
「一つ」
「あり得ないよ、普通」
「そんなあり得ないことが、この時代の普通だ」
「・・・そっか」
「ああ」
「・・・もう、帰りたいな。こんな時代」
「そうだな」
「・・・色々ありすぎなんだよ」
「夏樹さんは渦中の人物だから、特に大変そうだ」
幸雪君は小さく笑いながら、私の頭を撫で始める
「な、なにするの・・・!?」
「なんとなくな」
「なんとなくで急に撫でられたら困るよ」
「・・・昔、幸司によくしていたんだ。こうしたら、何となく落ち着くらしい」
「個人差があると思うよ・・・」
「個人差はあるだろうな。けど、夏樹さんはどうなんだ」
「・・・少しは」
「ならよかった」
少々複雑だが、されるがままに頭を撫でられ続ける
なんだかだんだん心地よくなってくる
「・・・・」
「・・・大丈夫だ。俺はここに居るから。俺がお前の・・・」
「幸雪君・・・?」
「・・・お前の、目に、足に、なるから・・・んあ?」
「大丈夫?変なこと言ってたけど・・・」
「・・・ああ。なんでだろうか。無意識に言葉が出てきてしまってな・・・しかし、訳が分からないことを言っていたな」
自分の行動なのに、幸雪君は不思議そうに首をかしげる
「言った内容も記憶にあるんだ。だからこそむしろ不思議でな」
「なんで?」
「目と足になるからってことはさ、相手は目が見えていなくて、足が動かない可能性が高いじゃないか」
「まあ、そんな感じするよね」
「・・・俺の知り合いに、目が見えない、足が動かない知り合いはいないんだ」
「夜ノ森さんは・・・片方だけか。もう片方は普通に見えているんだよね」
「ああ。だからこそ、不思議なんだよな・・・まあ、いいか。今は気にする必要はないだろうし。それよりも、少しは調子を取り戻したか?」
「・・・あ、うん。少し元に戻った気がするよ。ありがとうね、幸雪君」
彼と話している間に、少しずつ調子を取り戻すことができた
今まで通りというわけにはいかないけれど、前に進まないといけない
まだ、頑張れる
「どういたしまして。調子が戻ったら居間に来るように早瀬から言われている。動けるか?」
「もちろん」
私は布団から出て、身なりを軽く確かめる
問題ないことを確認してから幸雪君と共に部屋を出て行った
 




