16:現実を刻む痛み
痛い
痛い
凄く、胸が痛い
ここまで走ったのは初めてだ
今まで走るなと言われていたから
けれど、そんなことは関係ない
どうせ死ぬのなら、今死のうが明日死のうが
二年後に死んでしまおうが、関係ない
どうせ死んでしまうのだから
荒い呼吸
動くなと訴えかけるように動く心臓
それでも、僕は足を止めずに走っていく
「うわ、なにを・・・!このカラス!」
「かぁ!かぁ(行け、少年!逃げるのだろう?)」
「かかぁ!(ここは私たちが食い止める!返事をせず走れ!)」
「かあああああ!(我々もすぐに追いつく!)」
「か!(ここから先は私が案内する!ついて来い!)」
道中、何が起きてもいいようにと依頼していたのですが、まさか自分の逃走補助で協力してもらうことになるとは思いませんでした
先程の門番さんにカラスを嗾けて、僕は教会の階段を下ります
きつい、痛い
止まりたいけど、一人になりたくて
夏樹さんと幸雪さんの隣にいたくなくて
現実を受け入れたくなくて
けれど、この胸の痛みは無情にも現実を僕に刻んでしまう
「ど、うして・・・!」
「・・・・」
必死に走っていたせいで、丁度曲がり角で誰かとぶつかってしまう
やっと止まれたことに安堵を覚えたと同時に、胸の痛みはさらに酷くなる
「がっ・・・」
「・・・大丈夫?薬はある?」
「・・・ポケッ、トの・・・中に」
僕がぶつかった人はポケットの中から薬を取り出してくれる
でも、なんで開口一番この人は薬の事を聞いたのだろう
頭が上手く働いてくれない
「ゆっくり息を落ち着かせて」
「はぁ・・・・」
深呼吸を繰り返す
「かぁ(少年。追手が来る。槍を持った少女だ)」
「かぁ(少年を探している。早く逃げろ!)」
「・・・な、つきさん?」
「・・・・!」
ぶつかった誰かはその名前に反応を示した気がした
よく見ると、僕に薬のことを聞いた人は女性のようだ
手が、とても細い
けれどどこか、力強い
まあ、今はそんなことを気にしても仕方がないのだが・・・
「・・・もうすぐ、ここに?」
「かぁ!(逃げられないのなら隠れるのだ!)」
「・・・わかった。隠れる、よ・・・」
「・・・その前に薬を飲んで」
「は、はい・・・?」
「いいから。隠れるんでしょう。薬を飲んだら私に掴まって。路地に入るから」
「・・・貴方は?」
「後で説明する。今は時間がない」
「・・・わかりました」
彼女の手を取る
彼女の顔の半分は帽子とマフラーに覆われて表情を読み取ることはできない
目は、とても綺麗な夕焼け色
「大丈夫。何があっても、今度こそ私が守るから・・・」
「・・・やはり、貴方は」
強い風が吹く
その影響で彼女が被っていた帽子は飛ばされ、その素顔が晒される
茶色い髪が灰色の世界に少しだけ彩りを与えてくれた
呼吸を落ち着かせている間に、状況も少しずつ整理できていた
夕焼け色の瞳、そして何よりもその背に担がれているものは・・・彼女しか持っていないはずの長槍だった
同時にそれは、十年前の彼女が持っているものと同じ布に包まれている。少し、薄汚れているが
同じものが二本存在する、というのは今ならあり得る
十年前の彼女は今、僕を追ってきている
では、この目の前にいる彼女は?
もう答えは頭の中にでている
「貴方は、夏樹さん・・・なのですか?」
その名前を呼ぶと、彼女は悲しそうに微笑んでくれる
今にでも泣きそうな表情を見ると、凄く胸が痛い
彼女は僕の手を離し、僕を抱く
これは、お姫様抱っこというものだったはず
・・・普通、逆なのでは!?
「話は後。行こう、雪季君」
十年後の夏樹さんに抱きかかえられて、僕は路地の中に連れていかれる
「雪季君、どこに行ったんだろう・・・」
路地に入って少しした後、十年前の夏樹さんが先程まで僕がいた場所に辿り着く
僕は彼女に見つからないように、十年後の夏樹さんの影に隠れて
彼女の邪魔にならないように、目的地へ辿り着くのを待った




