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針指す時の終末日  作者: 鳥路
夏樹編序章「明治からの客人と時間旅行」
4/83

2ー3:明治探偵と懐中時計

できたてのアンパンが入った紙袋を揺らしながら、俺たちは夜ノ森商店への道を歩く


「おーい、小影!」

「んあ?桜彦か?それに幸雪・・・手伝いは今日じゃないぞ。明日だぞ」


店先で出迎えた、小豆色の髪を揺らす甚平姿の小柄な少年が「夜ノ森小影」

小豆色の髪に、以前転んだ拍子に左目が破裂した?という理由で左目を眼帯で覆っているのが特徴の少年だ

俺と同い年ぐらいだが、商売に関しては桜彦さんと並べるぐらいの腕を持っている経営者だ


「わかってるよ。それよりか小影、居間貸してくれ」

「いいけどなんで」

「アンパン食うから」

「俺の分は?」

「忘れた」

「じゃあ貸さない。今すぐ回れ右して帰りやがれ!」

「嘘だよ。ちゃんとおまえの分も買ってあるから」

「ならいいけどさ。そんな些細なことで嘘つくなよな・・・」


紙袋から小影の分のアンパンを取り出し、彼に渡す

すると彼は手のひらほどの大きさのアンパンを一口で飲み込んで、そのまま先ほどと変わりなく仕事を進め始めた


「・・・小影、からかうと面白いよな」

「やられてる方は面白くもなんともないけどな」


桜彦さんが自分の分のアンパンを頬張りつつ、小影を笑う

対して小影は目を細めて、桜彦さんを睨みつけた


「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど」

「俺にとってはどうでもよくないから」

「この前の商品の件、どうなってるのかなって」

「仕入れたけど、失礼極まりない桜彦には渡さない」

「ごめんごめん」

「誠意がこもってない」

「さっきお前が食べたアンパン、俺のお金で買ったものだけどお礼は「なし」なのかな?」

「・・・相殺で」

「いいよ。じゃあ、小影・・・例の物を見せてくれるかな」

「ああ」


小影は店の奥へ向かう

その姿が見えなくなってから、俺は桜彦さんに疑問をぶつける

今日、なぜ小影の元に訪れたのか・・・知りたかったのだ


「桜彦さん、あいつに何頼んだんですか?」

「海外の懐中時計。お前も頼んだ時ついてきてただろう?」

「どんなものでしたっけ」

「海外の天才技師が亡くなる前に作った世界に二十個しかない懐中時計」

「変なのですね。今使っている懐中時計を買い替えるんですか?」

「いや。贈り物だよ。きっと珍しいものが・・・いいだろうし」

「ん?」

「お子様の幸雪にはまだわからないか」


店の奥から小影が小言を言いつつ木箱を持って帰ってくる

その中に、例の懐中時計が入っているのだろうか


「一応お前より年上なんだけどな」

「書類上は、だな・・・ほら、例の物だ。確認してみてくれ」

「おっ、これが・・・よく手に入れられたな」

「遥か遠くの異国から、この国まで商人の手を渡り歩いた三十四歳時の作品だ」

「最期のか・・・しかしなぜ最期のが?最期の作品は・・・」

「娘に贈られたと聞いたが、その娘は亡くなったか、それとも金が入り用で形見を売ってしまったか・・・真偽は不明だよ」

「そっか」


なんだか裏に色々と訳がありそうな時計の木箱を桜彦さんは小影から受け取る


「ありがとう。金額は前に話した通りの分にチップを付けよう。これでいいか?」


ポケットから分厚い封筒を三つ、さらには時計の入った木箱と同じほどのサイズの箱を取り出し小影に渡す


「ん。現金で一律たぁ豪勢だなー・・・ってこれ!?」

「ああ、チップだが?」

「鑑定書付きの・・・んんん、これだけで時計代払っておつりがくるレベルだぞ!?」

「ん?ああ、なんかこの前書店に来たやばそうな男から渡されたんだけど、曰くありそうで怖くて。そんな価値あるんだな」

「そんなの渡すな!?」


小影は桜彦さんが渡した木箱を投げようとするが、額に脂汗を浮かべつつ、それを自分で止める

中身はわからないが、とんでもない代物なのだろう

しかし俺にとってはどうでもいい話だ

桜彦さんにはきちんと言わないといけないことがある


「・・・桜彦さん」

「おう、護衛にも話はしているから、これ以上の心配は無用だからな」


俺が文句を言ってくるのはわかっていたようで、彼は現状を述べる

今は特に問題はなさそうだが


「はい・・・けど、相談の一つぐらいしてくださいよ。相談探偵の名が泣くじゃないですか」

「そうだな。ごめんな、幸雪。しかし・・・」

「?」

「意外と相談探偵の呼び名、気に入っているんだな」



桜彦さんは笑ってごまかした後、別の話をして話をそらす

自分が大変なことになっているこういう時ぐらい、相談の一つしたらどうなんだ

全く、他人のことばかり考えて自分のことはどうでもいいのかってぐらい無頓着

それでいて、他人を頼ろうとしない


「気に入っていますよ。それなりに。でも、桜彦さん。覚えていてください。俺はあなたのそういうところ、嫌いですからね」

「お前も人の事言えないよな・・・全く頼ろうとしない」

「何か言いました?」

「なんでもない。お前が明確に嫌悪を示すのは珍しいと思ってな。今後は気を付けるよ」

「気を付けてくださいね。本当に」

「おうよ」

「おーい、桜彦。話してるとこ邪魔して悪いけどさ、そろそろ商品確かめろよ」

「お、そうだな・・・よし」


桜彦さんが小影から声をかけられ、懐中時計が入っている木箱に視線を移す

小影の方を見ると、彼が笑みを浮かべてこちらを見ていた

・・・気、遣われた感じだな

「・・・おい、小影」

「なんだ?」

「・・・なんかこれ、違うと思うけど」


桜彦さんが小影に懐中時計を差し出す

その箱に収められていたのは、確かに懐中時計だ

白と黒の細いリボンが巻かれている、銀色の懐中時計

その周りには、花と蔦の彫刻がされている

とても美しい逸品だと思うが・・・二人の表情は暗い


「・・・確かにこれは、エドガー・ユークリッドの作品じゃないな。彼はこう、装飾にはこだわらず、機能に特化しているからな。刻印も・・・「H.K」か。全然違うな」

「こっちもいいけどさ、俺が欲しかったのは彼の作品だ。贋作は掴みたくない」

「・・・返金する。俺は真作しか売らない主義だから。すまない」


先ほど手渡された分厚い封筒と木箱を桜彦さんに渋々手渡す

そして贋作の懐中時計は再び小影の元に戻った


「・・・・」

「どうしたんだ、小影」

「いや。俺さ、一応渡された時に中身確認したんだけど・・・」


確かに、あいつが商品を自分の目で確認せずに誰かに売りつけるなんてヘマはしない

それに小影が贋作に対して並々ならぬ嫌悪感を持っていることは、俺も桜彦さんも知っている


「確かにユークリッドの作品だったんだけどな・・・」

「不思議な話もあるもんだな。少し木箱を見せてもらってもいいか?」

「ああ、構わないぜ。気にいったならお前にやるよ。格安でな」

「金取るのかよ・・・ん?」


木箱の側面に小さな紙が貼りつけられている

透明で粘着質・・・なんだろう、これ

その紙を木箱の側面についている「つるつるした透明なもの」を爪で剥がし、俺はその紙を手に取った


「夏は幸の季節、実の影に二つの正しき星は翔ぶ。その姿を修めよ。・・・冬は雅び、真の蛍を衛り続ける朔は夜の幸に隠され彼方の果てへと・・・?」


変な文字列の中を読み上げていく

そして最後の言葉だけが、俺の記憶に深く刻まれる

彼方・・・か

なんだか懐かしい響きのような気がするのだが、俺の記憶では彼方という名前の知り合いは誰一人いない


けど、なんだろうか。この「何かを失ってしまった」感覚は

胸が、むずがゆい


「なんだそれ」

「小影も知らないのか・・・じゃあこれは誰が・・・」

「この透明ななにか・・・どんな原理で接着を?気になるな・・・」


小影の興味は懐中時計の真偽から、透明で粘着質のものへと移る


「・・・・」


俺の興味はまだ紙に残されたまま

指で紙の上をなぞっていると、空白部分に少しだけへこみがある事がわかる


「・・・小影」

「ん?」

「鉛筆、貸してくれ」

「ああ」


俺は小影から鉛筆を受け取り、空白部分に色を塗っていく

そこに書かれていた、すでに消された字が浮かび上がってくる


「時は満ち足り・・・欠けた星を集めて救え、世界を。翻弄された番の運命を・・・「今度こそ、救う」・・・二千三十?なんの数字だろうか・・・」


最後の分だけ、書いた人間の意志があったような気がした

それにこの字は・・・よく見れば俺の字によく似ている

こんな字を書いた覚えは一つもない

けれど、なんだか懐かしさまで覚えてくる

なんなんだ。一体・・・これは何だって言うのだろうか


頭の中で何度も紙の言葉を繰り返してしまう

しかし、それが何を意味しているのか全くわからない

・・・わからない、けど

なんとなく、これを持ってどこかに行かなければならない気がする

どこかとは?

どこかって、どこなんだろう

どこかに向かって、何かを成し遂げないといけない気がする

何を成し遂げに、行くのかわからない

けれど、俺の意志はもう決まっていた


「・・・行かないと」


木箱の中の懐中時計を手に取り、一から十二の文字盤を指でなぞる

誰からも説明を受けたわけでもないのに、それが「どこかへ行くため」の方法だとなんとなく理解していた

身体が無意識に動いていく

なんだか、自分の身体ではないような気がするような感じだ


「・・・大丈夫」


誰かの声がする

記憶に懐かしい声だ

誰の声だったか、忘れてしまったけれど

本当は忘れてはいけなかったはずなのに


「・・・まふゆ?」

「おい、幸雪!?」

「夜ノ森、近づくな。これは・・・」


視界もどんどん白くぼやけていく

俺は、どうなるのだろうか

ふと、最後に視界に誰かが映る


「・・・「時渡り」だ」


桜彦さんはそう呟き、俺に向かって手を伸ばす

その面影は、よく彼女に似ている

彼女って・・・誰、だっけ?

桜彦さんの手を取ろうと俺は手を伸ばした

しかし俺の手も桜彦さんの手も虚空を切り、繋がれることはなかった


・・


身体が浮いている気がする

正確には、揺られている?

今の状況が理解できない

冷たい何かが身体を覆い、俺の意識をゆっくりと奪う

ここはどこだろうか

冷たいのはなぜだろうか

思考がうまく回らない

俺は、死ぬのだろうか

誰かに問いかけたいが、俺の望む答えを述べてくれる者などいなかった


「桜彦、さん・・・・こ・・・かげ・・・」


先程まで目の前にいた友人も雇い主もそこにはいない

あるのはそう

限りなく澄みきった、水だけだ

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