11:失われた幸福、僕なりの恩返し
「夏樹さん、今から僕は手帳に写真を直します」
唐突の前置きに驚くが、何となく言いたいことはわかる
四季宮さんの観測に注意しなければならないのなら、堂々と写真を見ることはできない
だから「さりげなく」見るしかないのだ
偶然見てしまったなら、仕方ない
・・・と、言うことなのだろう
「うっかり、写真を夏樹さんが見てしまうかもしれませんけど・・・反応は最低限に」
無言で頷く
それを見た雪季君が写真を抑えていた本を持ち上げて、写真を手に取る
そして手帳に直す素振りをしつつ、私にさりげなく写真を見せてくれる
残りの半分にいたのは冬夜君と四季宮さん
四季宮さんは聖華の制服を着て写っている
長い金髪は今より短いみたいで、一つ結びをしているようだ
冬夜君は永海中の制服ではなく、別の服
燕の尾のような・・・・この服の名前は
「どうでしたか?」
「・・・実在するんだなあって」
「冬月家は存在しますよ。さて、早瀬さんのことをお話ししましょう」
お金持ちの家にはいるものなのだろうか
しかし口振りでは雪季君の家にはいないみたいだ
彼の家の場合は・・・お手伝いさんになるのかもしれない
少なくとも西洋的な言い方はしないのかもしれない
「冬夜さんは彼方さんの幼馴染であり、親友であり・・・そして互いを守りあうことを誓った主従関係でした」
「それって、つまり・・・」
「冬夜さんは彼方さん専属の「執事」なんですよ」
普通なら驚くけど、なんとなく腑に落ちた
あの強さの理由も、料理上手なのも、お菓子特訓もすべて彼方さんの為か・・・
「彼、当時は凄かったんですよ。十四歳時点で、元傭兵だった嘉邦小父様を倒し、元軍人の寺岡さんとは引き分けるほどの実力を持っていました」
「ひぇっ」
「驚きますよね・・・十四歳と言えばまだまだやさぐれていない時期ですし、笑顔で大の大人とやりあえるのは正直怖かったですね」
それも何もかも彼方さんの為だったのでしょうけど、と付け加える
「そして、十四歳の春に彼は冬月家で二番目に優秀な執事である称号の「黄昏」を貰ったそうです」
黄昏、という呼び方は星月さんもしていた
「なんで、黄昏なの?それに、その名前って普通に知れるものなのかな」
私の疑問に雪季君は少しだけ考え込んだ
「たしか・・・うろ覚えなのですが、冬月の執事は四人いて、その中で「黎明」「真昼」「黄昏」「月夜」と称号を分けて強さを競っているそうなんです。もちろん、夜になればなるほど強いのです」
「だから二番目。え、二番目?」
「はい」
「身近にとんでもない人がいるっていう認識に改めた方がいい?」
「いいと思いますよ。あの人は彼方さん絡みだと色々とおかしくなるので」
「例えば?」
「彼方さんに「今日も可愛いわね」と言われて、冬月家の壁に大穴をあけたとか」
・・・可愛いと言われたら怒る冬夜君に対して堂々と可愛いと言える人が存在したのか
というか、コンクリートに穴をあけるってどれだけの力があるんだろうあの人・・・
「風邪を引いた時に無理して仕事しようとして、彼方さんに「寝て」と言われたらコンマ数秒で寝たと言うのは少し面白かったですね」
「ある意味凄いね!?」
まさか身近にそんなに行動がやば・・・凄い人がいるなんて思ってなかったよ
「まあ、これぐらいでしょうね。僕はあの二人の間に何があって、あの関係に落ち着いたのかは知りません」
「それは、冬夜君に聞くしかないのか」
「はい。ただ、もう一つだけ僕から言えることがあります」
雪季君は椅子から立ち上がり、机に置いていた本を抱きかかえて出口の方へ向かっていく
「あの日、緑内公園に行っていなければ・・・こんなことにはならなかった」
緑内公園は教会の近くにある大きな公園だ
五年前、そこで通り魔事件が起きたからしばらく近づかないようにと言われた記憶がある
保護者同伴の集団下校をしばらくしなければいけなかった
まさか、その五年前のあの事件の被害者が冬月さんなのか
しかも亡くなっているということは、あの場所で死人が・・・出たということなのか
・・・今まで知らなかった
「彼方さんはいつだって、冬夜さんの幸せを望みました」
ドアノブに手を触れる音がした
今はついていかない方がいいだろう
きっとこれも、観測を欺くための行動なのだろうから
「僕はその願いをきちんと聞き届けます」
「具体的にはどうやって?」
「さあ、わかりません。彼女亡き今、彼にとっての「最善の幸福」はどこにもありません」
ドアが開かれる音がする
「けれど、必ず叶えます。それが僕なりの恩返しです」
「・・・雪季君」
「一度部屋に戻ります。また、朝食の時に会いましょう。その時は幸雪さんと合流して、今後の事を決めていきましょう」
「・・・わかった。また後でね」
扉が閉まり、静寂に包まれる
図書室にただ一人
冬月さん、四季宮さん、そして冬夜君
三人の関係、五年前の出来事
そして雪季君の恩返し
今日もまた、思考が爆発しそうな話を知ってしまった
私も椅子から立ち上がる
そして気合を入れるように、頬を両手で叩いた
「よし」
私も図書室から出て一度自室へ戻ろう
少しだけ頭を休めた後、食堂に行って二人と合流して・・・
二つ、やるべきことをしなければならない
四季宮さんの反応もどんなものか気になるけど、未来のことも心配だ
図書室を出ようと後ろを振り向くと、足元に置いてあった本につまずいて転んでしまう
「いたっ」
転んだ拍子に近くにあった本の一番上の本が腕に落ちてきた
あ、頭じゃなくてよかった・・・
「そういえば・・・ここ、暗くてよくわからなかったけど本の整理がまだされていないんだ」
薄暗い中、隠すように山積みされた本の山を見つける
けど、私にはどうすることもできない
申し訳ないけれど、これは無視してしまおう
私は山積みの本棚に目を背けて、図書室を出て行った
 




