9:写真の中の白銀
「大丈夫?雪季君」
「平気、です。まさかこんなところで再び見ることになるとは思っていなかったので・・・驚きました。これが、夏樹さんの部屋にあったんですか?」
「うん。その文字に心当たりがあるの?」
「・・・はい」
紙を凝視しながら雪季君は答えてくれる
「・・・この紙、まだ幸雪さん以外の誰にも見せていませんか?」
「うん。今日、四季宮さんに見てもらおうって話を・・・」
「四季宮さんなら・・・大丈夫でしょう。他には?」
「他?」
「はい。他に、この紙を見せようと思っている人はいますか?」
「いないよ。今は四季宮さんだけ」
「・・・よかった」
紙を机の上に広げて、雪季君は安堵の息を吐く
「これ、彼方さんの筆跡によく似ているので・・・冬夜さんが見たら大変なことになると思うんです」
「彼方さん?」
聞き覚えのない名前だったので首をかしげると、雪季君は意外そうな顔で私を見ていた
「冬樹さんから何も?」
「う、うん・・・お兄ちゃんの知り合いなのかな?私は何も知らない、けど・・・」
「・・・きちんとお話します。ただ・・・」
雪季君は私が握ったまま持っていた手帳を奪い取る
「・・・記録を残さないでほしいんです。もっと言うならば、見聞きしたことを誰にも言わないことを約束していただきたいのです」
「事情があるの?」
「はい。これは、夏樹さん自身に関わる問題です」
雪季君が耳元に顔を寄せる
そしてそっと耳打ちしてくれた
「―――――――――下手をしてしまえば、夏樹さんが消されてしまいますので」
「え」
「冗談じゃありません。それほどまでに、彼女の情報は制限されているんです。どうか、お願いします」
彼方さん・・・きっと、話しぶりから察するに彼女こそがあの写真の女の子だ
お兄ちゃんから話を聞いていないか
冬夜君が見たら大変なことになる
冬夜君にとって「大事な人」であり、鹿野上さんが「かな姉」と慕っていた人物
今、知らなければいつ知ることになるのだろうか
「・・・わかった。お願い」
「・・・まずは、こちらを」
雪季君は私の返事を確認して、上着の内ポケットから生徒手帳を取り出す
聖華学院の校章が入った少しおしゃれな手帳から取り出したのは一枚の写真
そこに写っていたのは、まだ少し幼い雪季君と彼方さんだろう
しかし半分だけ雪季君は手のひらを乗せたまま話を進める
「写真なんて、今の時代古めかしいですよね」
「制限されているってことは、写真データを保存することも許されてないの?」
「はい。片手で数えられるだけの写真しか保持することを許可されていません」
確かに、うちにあった写真も二枚だけ
後のアルバムには、彼女の姿はどこにもなかった
お兄ちゃんもまた、彼女の写真を手元に取っておくことを許された人だったんだ
・・・同級生、だけでここまで待遇がいいとは思えない
「データでの記録保持を許されているのは、冬夜さんぐらいでしょうね。嘉邦小父様・・・彼方さんのお父様でさえも写真のみだそうですから」
「そこまで・・・なんだ」
「彼の場合は特殊なんです。どう、お話したらいいのかわかりませんけど・・・」
しかし、実の父親でも写真なのに・・・どうして冬夜君だけ?
一番納得のいく理由だと「恋人だった」なのかな
いや、それだけじゃその待遇に疑問が残る
家族以上の権利を得ている彼の立ち位置は一体・・・
「まずは彼方さんのことから話さなければなりませんね」
雪季君は写真をひっくり返す
そこに書かれていたのは五年前の日付
そして「冬月家にて、彼方ちゃんと」と写真を撮った時の状況が書かれていた
「彼女の名前は冬月彼方。四季宮さんと同じく「時の一族」であり、冬月の一人娘です。五年前に、亡くなってしまっていますが・・・」
この人が、冬月桜彦の曾孫であり冬月の跡取りだった子・・・
「生きていれば、冬夜さんの一つ上なので二十歳になっていたでしょう」
再び写真を表にする
そして、先ほどは手のひらで覆っていた部分を今度は本で隠した
「夏樹さんの部屋にあった二枚の紙、それは彼方さんの筆跡に酷似しています」
「・・・根拠とか、証拠とかは?」
「今、手元に用意できるものはありません」
「そっか・・・」
「しかし、この船にはまだ四季宮さんと冬夜さんが乗っています」
「・・・まさか」
先程自分でリスクを述べたばかりじゃないか
おかしくなるかもって、言ったばかりじゃないか
「この紙を二人に見せるんです。それで反応を見せれば・・・」
「けど、冬夜君にはリスクがあるんじゃない?」
「何かを掴むためには、何かを犠牲にする必要もありますよ」
・・・少し背筋が凍った
笑顔で言ってのける雪季君に若干の恐怖を覚えてしまう
「とにかく、まずは四季宮さんです」
「そ、うだね。まずは四季宮さんの反応を見てみよう。それから、冬夜君に・・・」
「はい。ただ、四季宮さん側からも止められると思います」
「これを、冬夜君に見せること?」
「はい」
すんなりと返事を返してくれる
そういえば、さりげなくスルーしてしまっていたが、雪季君は四季宮さんとも面識があるんだよね
・・・とりあえず、次の質問に入ろう
「冬月さんのことはそれぐらい、かな」
「はい」
「それじゃあ、私から三つほど聞かせてもらっていいかな」
「もちろんです」
頭の中を整理して、質問を考える
雪季君からこの話を聞けるのはここが最初で最後のような気がするから
今、聞くべきことは?
今、必要な情報は?
しっかりと、考えるんだ




