2ー22:旅行鞄を片手に
時刻は五時
あっという間に夕方になっていた
夏場ということもあり、日が落ちるまでまだ時間がある
今日の部活は用事があると休んで帰ってきた
向かうのは自宅ではなく、永海山の入口
そこで彼は待っている
「夏樹さん」
「お待たせ、幸雪君」
冬夜君の部屋から回収してきた二人分の荷物を持った幸雪君がそこに立っていた
きちんと布に包まれた「それ」も持って来てくれたようだ
「学校、お疲れ様。荷物はそのままか?」
「置いていく時間も惜しいしそのまま来た。非常食も少し買ってきたよ」
非常食と言っても、ブロック食品とか賞味期限が比較的長くて持ち運びが便利な食品と水ボトル五本なのだが、持っていて損はないだろう
「準備ばっちりだな」
「ばっちりです。荷物持つよ。重かったでしょう?」
「これぐらい平気だ」
「じゃあ、その長いのだけもらえるかな」
「ああ・・・しかし、これ何が」
「槍」
「はい?」
「護身用にね。私がまともに扱えるの、これだけだし」
「な、なるほど・・・じゃあ、他の荷物を持つから、夏樹さんはそれを持って先導してくれるか?」
「任された。それじゃあ、早速進もうか!」
私と幸雪君は永海山へと足を踏み入れる
中腹の展望台までは道が整備されているので、階段を道なりに歩くだけでいい
「そういえば、雪季君と冬夜君は?」
「雪季は見たぞ。車で中腹まで向かって、そこから山頂に向かうと言っていた」
「車が入れなくなる場所から山頂までは一人で行くのかな?」
「途中で倒れたりしたら心配だから運転手さんがついていってくれるらしい」
「運転手って聞くとお金持ちの感じがするよね・・・」
「確かにな。雪季も制服だった。学校帰りじゃないのか?」
「着替えている場合じゃないもんね・・・」
「俺も学生だったら、学生服で来ていたかもしれない」
幸雪君の服装は、一昨日ショッピングモールで買った服ではなく現代に来て初めて着た洋服になる冬夜君のお下がりだった
なんだかんだで冬夜君に幸雪君に渡したと一言言うの、忘れてたな・・・
「・・・なんだかこれがしっくりくるんだよな」
「しっかりした作りだもんね・・・」
「夏樹さんも制服だな」
「着替えてる場合じゃないって言うのもあるけど、下手に服装に気を遣うこともないしっていうのが大きいかな」
制服で行けば、大体のことはどうにかなる・・・と思う
「なるほどな。それなら、雪季も同じ理由かもしれない」
「かもね。後で本人にも聞いてみようよ」
話しながら進むと、あっという間に中腹に辿り着いた
「大丈夫?喉乾いてない?」
「平気だ」
「気を付けてね。この時期暑いから熱中症とか心配だから」
「ニュースでも言っていた。適度な水分補給に、汗を拭えばいいんだよな」
「うん。一回休憩しようか。山頂までまだ道のりは長いから」
「え、でも・・・」
「時間はまだ平気だよ」
「・・・わかった。ありがとう」
中腹で冷たい水を買う
私が非常食として買ってきた水は保存を考えて常温だ
暑い中ぬるい水を飲むより、冷たい水を飲んでさっぱりしたい
「はい、幸雪君の分」
「ありがとう・・・」
「どうしたの?」
幸雪君にはベンチで待ってもらい、私は買ってきた水を彼に手渡す
水を受け取った幸雪君の視線は私の旅行鞄に向けられていた
「気になる事でもある?」
「その旅行鞄なんだが」
「ああ、私の・・・これがどうしたの?」
「・・・年季の入った旅行鞄だなと思ってみていたんだ」
「その旅行鞄はね新橋家に受け継がれる年代物の旅行鞄らしいよ」
「なんで神社なのにそんなものが先祖代々受け継がれているんだ」
旅行鞄を持ち上げて、私はお爺ちゃんから聞いた話を幸雪君にする
悲しい、恋物語が関わる鞄の話だ
「お爺ちゃんが言うには、この旅行鞄はお爺ちゃんのお母さんの物らしいんだ」
「お爺さんのお母さん・・・夏樹さんにとっては曾祖母に当たる人か?」
「うん。曾お婆ちゃん・・・新橋夏花さんはね、ある人に恋をしていたんだって」
「ある人、とは?」
「名前は教えてもらえなかった」
「・・・そうか」
「大正時代で舞台役者をしていた歌の上手い男の人だって言っていたよ」
旅行鞄を撫でるように触りながら私は話を続けた
「その人を好きになった時には、すでに曾お婆ちゃんには婚約者がいたんだって。それが私の曾お爺ちゃん」
「まさか、この旅行鞄で・・・駆け落ちする予定だったのか」
「そうみたい。でも、それは失敗したんだって」
「阻まれたのか?」
「ううん。そうじゃないの。相手の人が亡くなったんだって」
「・・・何があったんだ」
お爺ちゃんの話を思い出す
小さい頃に聞いた話だから曖昧な部分もあったはずなのに
なんだろう、今は・・・きちんと覚えてる
「舞台役者だったその人は、帝都から永海に地方公演でやってきたんだって。そこで曾お婆ちゃんと出会って恋をしたらしいんだ」
「曾お婆ちゃんは家に決められた曾お爺ちゃんとの結婚が嫌だった。それで、その人に自分を永海から連れ出してくれと頼んだ」
「曾お婆ちゃんを大事に想っていたその人は、次の地方公演の時に迎えに来ると言って帝都に戻った。その間は文通で連絡を取り合った」
「そして、次の地方公演の日が決まった。1923年の十月・・・曾お婆ちゃんはその人に会えると思って喜んだ」
「でも、その年の九月に・・・関東大震災が起こった」
「まさか・・・そこで」
「うん。その人は命を落としたみたい。遺体は見つからなかったけど、死んでいる確率の方が高かったって」
「そうか・・・」
「十月に生き残った団員だけで永海に地方公演には来たらしいんだ。そこで曾お婆ちゃんはその人の死を知ったって」
「その旅行鞄は、本来の役目を果たすことができなかったのか」
「そう。この旅行鞄は本来の役目を果たせなかった」
役者の青年は、曾お婆ちゃんを迎えに来ることなく死んでしまった
「そして、曾お婆ちゃんは押し入れの奥にこれを仕舞った。同時に彼への恋慕も断ち切り、手紙も燃やして・・・曾お爺ちゃんと生きることを決めたんだってさ」
私はベンチから立ち上がり、話の締めをする
「そして何年か時が経って、曾お婆ちゃんが亡くなった後・・・お爺ちゃんと私が家の掃除をしていた時に、この旅行鞄が出てきた」
「その時にお爺ちゃんは私にこの話をしてくれて、同時に旅行鞄を譲ってくれたんだ。それがこの旅行鞄のお話だよ」
最後にお爺ちゃんから教えてもらった短い詩を思い出しながら謡う
「黄昏時、夕陽は沈み、星は瞬き、煌きは音色を重ねる。美しき君、月夜を舞え、黎明の来るその時まで」
歌詞を思い出すように口に出す
「・・・それは?」
「その人が、歌った曲の一つだって。凄く綺麗な声だったのよって、曾お婆ちゃんはお爺ちゃんに教えていたらしいんだ」
「・・・どんな風に歌う人だったのだろう」
「レコードが発売されるほど上手かったぐらいしか情報がないんだよね」
「レコードか・・・大正時代に行けば買えるだろうか」
「どうだろうね。名前もわからないし・・・」
「そこなんだよな。名前がわかれば・・・」
二人して悩み始める
「まあ、今は気にしている場合じゃないよね!」
「そうだな。そろそろ休憩は終わりにして山頂へ登ろうか」
「うん。荷物持つよ」
「いいって。さっきと同じく先導を頼む」
「わかった。ありがとう、幸雪君」
私たちは空になったボトルをゴミ箱に捨てて、中腹から山頂までの道のりを歩き始める
目的地まで、もう少しだ
・・
日が暮れ始める中、道の整っていない山道を歩き続ける
「幸雪君、大丈夫?」
「平気だ。夏樹さんは?」
「私も大丈夫。そろそろ山頂だよ」
「やっとか」
木々を抜け、開けた場所に出る
そこには、大きな飛行船があった
「・・・わあ」
「夏樹さん・・・?これは・・・」
ここに来るまで頂上にこんな大きいものがあればわかったはずなのに、なぜわからなかったのだろう
時刻を確認する
十八時半・・・三十分前に辿り着けたようだ
「本とかでよく見る飛行船の形をしているね」
「確か、ヘリウムとか水素で浮く・・・」
「そうそう」
「でも、こんなでかいのに・・・ここに来るまで存在を認識することができなかったな」
「不思議だよね。時間旅行ができると言っているし、迷彩的な機能も有しているのかな?」
「そうかもしれない。あ、入口はあっちみたいだ」
幸雪君が指さす先は、階段が伸びている
あそこが飛行船の入口で間違いないだろう
「そうだね。もう少し頑張ろう」
「ああ」
私たちは階段のところまで歩いていく
誰か待っているのだろうかと思ったけど、そこには誰もいない
「・・・どうしたらいいんだろう」
「・・・誰か来るのだろうか。流石に無断で上がるというわけには」
「無断はちょっと・・・」
どうしようかと考えていると、飛行船の入口から慌てて誰かが降りてくる
「――――新橋さん!?」
「・・・筧さん?」
飛行船から降りてきたのは、一昨日ショッピングモールで出会った筧正二さん
なんでこんなところにいるんだろう
「え、ええ。一昨日お世話になった筧です。なぜこんなところに・・・」
「それはこちらの台詞ですよ。筧さんこそなぜここに?私たちはこの船の招待状を貰ったのでここに来たのですが・・・まさか」
「・・・貴方も選ばれてしまったんですね」
「選ばれて・・・まあ、そうなると思います。筧さんもですか?」
「いや・・・僕は・・・・」
「どうしましたか、正二」
「兄さん!」
飛行船の入口にはもう一人、筧さんによく似た男性が立っていた
彼はゆっくりと階段を下りてくる
その容姿は目の色以外筧さんとよく似ていた
しかし、どこか目を引く容姿と立ち振る舞い
自然と、視線が彼に向いていくのを感じた
ウサギのような真っ赤な瞳が私と幸雪君を一瞥した後、筧さんの方を向く
「知り合いなのか?」
「うん。一昨日の・・・」
「・・・まさか、彼女が?」
「あの時、僕を助けてくれた人です・・・」
「世間は狭いな」
「狭いね」
二人して何かを納得してうんうんと頷いている
「あの、貴方は?」
「申し遅れました。私は筧正太郎。一昨日は弟がお世話になりました」
「い、いえ・・・」
「正太郎に、正二・・・・?」
二人の名前に反応を示したのは、私の後ろにいた幸雪君
筧さんのお兄さんもまた、幸雪君を見て驚いていた
「お久しぶりです、相良幸雪さん・・・それとも、こちらの方が馴染み深いですか「探偵さん」?」
その呼称をする人はこの時代にはいない
彼が探偵をしていた明治時代の呼び方を知っているということは、筧さんたちもまた・・・
「お前・・・あの、生花店の息子の・・・正太郎なのか?」
「はい。筧生花店の長男こと筧正太郎です。再びお会いできて光栄です」
「大きくなったな!」
「ええ。探偵さんも、行方不明と聞いた時には驚きましたが・・・無事でよかった」
筧さんのお兄さんは、幸雪君の明治時代の知り合いのようだ
「行方不明?誰から・・・」
「冬月様と夜ノ森さんからです。次の日、袴を届けに行った時に、探偵さんが行方不明になったと伝えられました。まさか神隠しにあってこの時代に来ているとは予想外でしたけど」
「そうか。心配かけたな・・・そいつはあの時の?」
「ええ。弟の正二です」
「・・・探偵さん」
「久しぶりだな、弟」
「い、いえ・・・その・・・あの時は申し訳ないことを」
「気にするな」
幸雪君は二人に再会できて気にしていなかったが・・・
なぜ、いるはずのない人の名前が出てきたのだろうか
後できちんと思ったことを幸雪君に伝えよう
「あの人」はやはり、胡散臭い
「三人は知り合い、なのかな?」
「ああ。俺がこの時代に来る前に出会った兄弟だ」
「と、いうことは・・・お二人は明治時代から?」
「少し違いますね・・・僕らは大正時代から来ましたので」
筧さんが私の問いに答えてくれる
「では、筧さんは」
「なんですか?」
「どうされましたか?」
「・・・ええっと」
筧さんと呼ぶと、同じ苗字なので二人とも反応を返す
幸雪君はそれを面白がって後ろで笑っていた
「新橋さん、僕は名前でいいですよ」
「では、お言葉に甘えて・・・正二さん」
「はい」
「正二さんたちは、この飛行船で大正時代からこの時代に?」
「その通りです」
幸雪君と顔を見合わせる
「・・・この船で時間旅行というのは本当だと信じていいんだな」
「もちろんです。私と正二の事実で証明できませんか?」
「信じるよ。しかし・・・」
「どうしました、探偵さん」
「お前、そんな赤目だっけ?」
「少々事情がありまして・・・気になさらないでください」
「・・・そうか?」
「さて、積もる話は色々とありますが、時間がないので本題に入りましょう」
「そうだな。よろしく頼む」
筧さんは話を切り替える
幸雪君が疑問に思った瞳の色・・・念のため、覚えておこうかな
「招待状はお持ちですか?」
「これですよね」
私たちは筧さんに向かって招待状を差し出す
「相良幸雪様。新橋夏樹様。確かに確認しました」
彼は私たちから招待状を受け取り、中身を確認する
そして招待状を宙に投げた
それは突如発火し、灰すら残らず消えてしまう
「ご案内します。他の皆様が揃う場所へ」
「招待状、燃やしてよかったのか」
「ええ。もう必要ないものですからね。正二」
「はい。階段の回収を初めておくね、兄さん」
「頼んだ。お二人は私についてきてください」
私たちは彼の案内で飛行船の中に入る
ホテルのような豪華な空間の廊下を歩いていく
「正太郎、俺たちは最後なのか?」
「ええ。最後です。他の方々はすでにホールに集合されています」
「雪季と早瀬はすでに到着していたんだな・・・」
廊下の先にある階段を上り、二階へ上がる
上がった先のすぐ左にある扉の前で筧さんは立ち止まった
筧さんはその扉を開き、私たちに入るように促してくれる
「お入りください」
光で先が見えない
私たちは息を飲んでその先を見つめた
「・・・行こうか」
「・・・うん!」
私たちは同時に脚を踏み入れ、その先へ向かう
舞台の幕開けは、もうすぐそこに




