2ー21:とある事件の、二人の目撃者
時刻は七時半
まだ、七時半だ
私と鹿野上さんは無心でソファーに座り、テレビを見ていた
「鹿野上さん」
「なんだ、ちんちくりん」
「新橋です。登校時間まだですか」
「俺、八時。しかもこの後期末テストなんだけど」
「頑張ってください」
「特別内部進学がかかってるんだけど・・・本当に最悪」
「進学・・・ということは、鹿野上さんは三年生だったんですか」
「そうだよ。なんか文句あんの?」
「てっきり同級生かと」
「へえ、俺が真新しい制服が似合うピカピカの一年生に見えるって・・・?」
「・・・なんでもないです」
一方、冬夜君は朝食の後片付けをしていた
今は食器洗い中だ。邪魔はできない
「御馳走になったし、これぐらいは」と申し出たのだが、彼なりのこだわりがある台所には立ち入る事すら許されなかった
もちろん、隣の鹿野上さんも
四季宮さんは言うまでもない
そして四季宮さんはテーブルで冬夜君が用意したゼリーを頬張っていた
「うま・・・うま!」
「・・・なんで今日に限ってあんなのに遭遇する羽目に・・・」
「・・・同感です」
「そういえば、ちんちくりん」
「なんですか」
「ちんちくりんって言っても訂正しなくなったな」
「・・・蛍、いい加減にしないか」
やっと冬夜君が食器洗いを終えて私たちのところへ来る
「いじめはダメだ」
「・・・ごめんなさい」
「夏樹、すまなかったな。何かと・・・」
「・・・気にしてないから大丈夫」
「・・・蛍。後で話がある」
「・・・ごめんなさい」
「・・・謝るということは、自分が何をしたかわかってるんだろ」
「・・・うん」
「全く、お前はいつからそんな子に・・・」
鹿野上さんの表情は、先ほどまで私をからかって遊んでいた表情ではない
何かを恐れるような、そんな表情だった
「そ、そういえば鹿野上さん」
なんだか見ていられなくなって、話題を切り替える
「・・・なに?」
「私は普段、八時半に登校しているのですが、今日は八時の気分なんですよ」
「・・・仕方ないから一緒に登校してやらないこともないけど」
「ありがとうございます」
私の考えは伝わってくれたようで、鹿野上さんは私の提案に乗ってくれる
冬夜君は話の続きができる雰囲気ではなくなったので、無言のまま私たちを見ていた
申し訳ないけど、朝からお説教っていうのも・・・いい気分はしないし
「・・・ち、新橋」
「やっと呼んでくれましたね。どうしました?」
「・・・さっきはごめん。遊びすぎた」
「別に気にしていません」
「・・・そ」
「もう仲良しだね。最初のツンツン具合は何処へ・・・?」
ゼリーを食べ終わった四季宮さんがいつの間にか私と鹿野上さんの足元に転がっていた
「うるさいんだけど!」
四季宮さんの茶々に鹿野上さんが怒り、クッションを叩きつけようとするが、四季宮さんは最低限の動きでそのクッションを避ける
「ふふん!観測済みだからよけられるんだなこれが!」
「うざい!」
「あの、観測ってなんなんです?さっきから観測したから云々と言いますが・・・」
「いい質問だね。俺は過去、現代、未来のすべてを「目」を通して「観測」できるっていう能力を持ってるんだ」
「だからクッション避けられたわけ?」
「うんうん!その通り!」
転がったままドヤ顔されても反応に困るな・・・
「なんだか、凄いですね」
「特に俺は能力の調整が聞かないから、髪伸ばしてコントロールを高めたり、腕を使えなくして制限を付けたりしてる・・・それでも結構やらかすんだけどね」
「髪ってそういう意味なんですね。好きで長髪なのかと」
髪には古来より力が宿るというし、そういう意味も兼ねているのだろう
「鬱陶しいから切りたいが本音―」
「で、ですよね・・・」
「でも切るなって周囲がうるさくて」
「大変ですね・・・?」
なかなか反応が難しい・・・隣を見ると鹿野上さんも反応に困っている
しかし当の四季宮さんの反応は変わりない
「ねえ新橋さん。俺から二ついいかな?」
「ええ。いいですよ。なんですか?」
「一つ。明治時代からこの時代に流れ込んできた相良幸雪君?その子は元気?」
「元気ですよ」
「消えかけるような症状とかもないんだね?」
「・・・ええ、私が見る限り一度もそんなことは」
少し引っかかる問いをされる
彼がここに来てから大体二ヶ月近くだが、そんなことは一度もなかった
「一度も?」
「はい・・・それが、どうしたんですか?」
「薄々予想はしてたんだよね。昨日も彼の事を軽く観察してたし」
「観察って・・・」
「半分ストーカーだね!」
昨日の視線は気のせいではなかったようだ
気のせいなんて適当なことを言ってごめんね幸雪君・・・
「で、ストーカーで得られた結果は何だったんだ」
「観測結果から言えば、彼はこの時代に招かれている時間旅行者だね」
「・・・どういうことです?」
「ざっくりいうと、彼をこの時代に手引きした能力者が裏にいるって話だね。その誰かまではまだわからないんだけど・・・」
四季宮さんは面倒くさそうに立ち上がる
「それは俺が今後「観測」で探すとして・・・今はもう一つの方が重要なんだよね」
四季宮さんは上着から一通の手紙を取り出す
そしてそれを私の眼前に向ける
「これ、君とよっちゃんにも届いているんでしょう?」
「・・・なんでお前が」
その手に握られていたのは、私と冬夜君、幸雪君と雪季君が受け取った「時間旅行の招待状」
「俺は行くよ。行った方が色々と都合がいい」
「俺たちも行くのはわかっているんだろう?」
「もちろん。「観測」で見たからね」
「相良幸雪も、その弟の曾孫に当たる相良雪季もいるからな」
「了解。役者は揃いつつあるみたいだね・・・後は」
四季宮さんは鹿野上さんの方を見る
「・・・まだ、先か」
その言葉は私だけに聞こえたようで、冬夜君も鹿野上さんも無反応だった
まだ、とはどういう意味なのだろう
「それは、どういう・・・」
「気にしないで。詳しい話は今日の夕方以降にしようかな」
理由を問おうとすると、四季宮さんが話を続けるため聞くタイミングを失う
「予定空けておいてね、二人とも」
「わかった。夏樹もその予定で進めておいてくれ」
「・・・うん。幸雪君と雪季君にも連絡をしておくね」
二人への連絡は学校についてからしようと考えていると、隣で鹿野上さんが複雑そうな顔をしている
彼はソファーから立ち上がり、冬夜君の方を向く
「冬夜兄さん」
「・・・蛍」
「時間旅行ってどういうこと?隠してたの?」
「蛍」
「冬夜兄さん、俺も行きたい」
「ダメだ」
鹿野上さんの様子がおかしいことは私にもわかった
目を見開いて、ゆっくりとした足取りで冬夜君の元へ歩く
目の焦点が合っていない
四季宮さんは無言で先程まで鹿野上さんがいた場所に腰かけていた
そして「顔を近づけて」とジェスチャーをする
私は指示通りに耳元に顔を近づけた
すると、四季宮さんはゆっくりを息を吐いた
くすぐったいが、彼は遊びのつもりはない様子だ
「・・・「観測」という名の盗み見で見た情報だから、俺が言ったこと黙っておいてね」
「え、ええ・・・」
鹿野上さんは冬夜君の腕を掴み、何かを求めるように縋り始める
冬夜君はそれを落ち着かせようと彼を抱きしめていた
「でも、冬夜兄さんは時間旅行、できるんだよね?連れて行ってよ」
「話を聞け、蛍」
「時間旅行で五年前に行けば、もう一度かな姉に会えるよね?」
「落ち着け」
「今度は、謝れるよね?助けられるよね」
「大丈夫だ、大丈夫だから」
「かな姉を犠牲に生き残ったこと、ちゃんと謝れるよね!?俺がちゃんと犠牲になれば、かな姉は生きてくれるよね!?」
「蛍!」
彼の怒鳴り声というか叫びを聞いた瞬間、鹿野上さんの身体は子供のようにおびえ始める
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・俺なんかが生き残って、ごめんなさい。あの時、かな姉を置いて逃げてごめんなさい」
「蛍、お前の判断は正しかったんだ」
「でも!俺があの男に殺されておけばかな姉は死ななかったんだ!」
「そんなこと考えるな・・・あいつも、お前が逃げてくれてよかったって思ってるだろうから・・・・」
「俺が、かな姉に助けを求めなければ・・・こんなことには・・・」
「後悔しないでくれ、生きていることを、後悔しないで」
「ごめんなさい、ごめんなさい。冬夜兄さんにもかな姉にも辛い思いばかりさせて」
「そんなこと思ってないから・・・落ち着こう、な?」
冬夜君の腕の中で鹿野上さんは暴れ、泣き叫んでいる
それを見ながら四季宮さんは話を続けた
「・・・鹿野上君は五年前に通り魔に襲われている」
「そこを、彼が「かな姉」と慕う少女に救ってもらった。結果的に鹿野上君は生き残り、少女は通り魔に殺された・・・もちろん、殺害現場も目撃してる」
「・・・現場、ですか」
「うん。彼が助けを求めた共通の知り合いであるよっちゃんもまた、彼女の遺体を目撃してしまったんだ」
「そんなこと・・・」
「一度も聞いたことないよね。言えるわけないよ、殺人現場を目撃したなんてさ」
四季宮さんは何かを懐かしむように彼らを見た
「二人に事情を聞かないでやってほしい。彼らも相当傷ついたから・・・」
「わかっています。思い出させるようなことはしません」
「ありがとう。話の続きをしてもいいかな」
「・・・お願いします」
「鹿野上君はこの件で完全に精神がおかしくなった。よっちゃん以外は皆、彼から遠ざかってしまった」
「・・・ご家族は、どうされているんですか?」
「父親は児童虐待と暴行で刑務所だったはず。母親は彼の前で首吊り自殺。親族もいないから身寄りはない」
「ひっ・・・」
とんでもない過去を告げられ、鳥肌がたってしまった
今までの会話を思い返してみる
冬夜君だけには心を開いて、私と四季宮さんに対しては棘のある言葉で接していた
憶測にすぎないが、それは自分自身を守るための・・・誰かを近づかせないための手段だったのではないだろうか
遠ざかって悲しい思いをするぐらいなら、誰もいない方がいいから・・・
「元々虐待を受けていた子供ってこともあって、怒られることに異常な恐怖心を抱いていてね・・・かなり大変みたい」
「今じゃ精神安定剤を飲まなきゃまともに生活できないってさ。これでも精神病棟から出れたわけだし、まだマシになった方じゃないかな?」
ふと彼らを見る
鹿野上さんの手元から、何かが零れ落ちる
「・・・・あれは」
落ちたのは白と黒のリボンが付いた銀色の懐中時計
あれ、凄く見覚えがあるような・・・
今、注目すべきなのはそこだろうか
私は懐中時計から目を離し、鹿野上さんの様子を見る
彼の叫びは落ち着いており、冬夜君は彼を抱きしめながら背中を撫でていた
足元には錠剤のシートが落ちている
私はそれから目をそらしてしまう
その光景が怖いと思ってしまった
これ以上見ていたら、私が泣いてしまいそうになるから
「無理に見なくていい。君が彼らの過去を恐れるその気持ちは、君が幸せに生きている証拠でもあるのだからね」
「・・・」
「背負うのも、それ相応の覚悟がいる」
「そうですね。鹿野上さんを見ていれば・・・痛感させられます」
先程まで私のことをちんちくりんとからかっていた鹿野上さんはどこにもいない
目の前にいるのは、色々なことで心が傷ついて狂ってしまった青年だ
私は、彼の心の痛みを理解することはできない
・・・理解しようと努力はできると思う
けれど、その事実も過去も受け入れることはできないと感じ取っていた
「君はその重荷を背負えるほど強くはないみたいだね」
「そう、ですね・・・虐待とか、殺人とか・・・そんなことをする人が、少なからず存在することに驚いています」
「・・・君は本当に、幸せな世界で生きていたんだね」
「そうですね・・・自分でもそう思います」
「俺たちのように幸せに生きている人は実は珍しいのかもしれないね」
「そうですね。自分の生きている日々が、本当に幸せなものだと改めて感じさせられました」
「俺たちにとって当たり前でも、誰かの特別だったりする・・・それが人生というものだね」
「・・・その通り、ですね」
「さて、話を締めようか」
「・・・続き、あるんですか?」
話は終わったものだと思っていたから、戻されるのは予想外だった
四季宮さんはそのまま話を続けていく
「よっちゃんは一ヶ月眠り続けるだけで済んだ。でも、心の中はわからない。少女はよっちゃんにとって大事な人だったから」
「・・・白い髪の女の子、ですか?」
「うん。名前は聞かないでやってね。思い出しただけで、ああなっちゃうから」
鹿野上さんを一瞥して、四季宮さんは告げる
確かに、彼の動揺はとても酷いものだ
「・・・四季宮さんは、彼女の名前をご存じなんですか?」
「知ってるよ。でも、彼女の話はよっちゃんから聞きなよ」
「冬夜君から、ですか?」
「うん。彼女を一番知るのはよっちゃんだから」
「教えてくれますかね?」
四季宮さんは私を安心させるように笑う
「大丈夫・・・いつか、ちゃんと教えてくれる。俺の観測の未来の先に、よっちゃんが君に彼女の事を話す時間があった。だから、待ってあげてくれるかな?」
「わかりました。待ちます。いつか、話してくれる日を」
「これで俺の話は終わりかな。さて、君はどうする?」
「どうする、とは?」
「今八時十五分だよ」
壁掛け時計を指さし、四季宮さんは私に時刻を教えてくれる
まだ時間に余裕はあるが、そろそろ登校する準備をするべきだろう
「そろそろ出ましょうかね。時間、教えてくださってありがとうございます」
「うん。観測の結果、遅刻する未来は見えないから大丈夫だと思う」
「わかりました。冬夜君、私そろそろ・・・」
冬夜君に声をかけてから家を出ようとする
彼は顔だけこちらに向けて、空いた手を振ってくれる
「ああ。気を付けてな。また夕方」
「うん。夕方にまた会おうね。鹿野上さんは?」
「今日は休ませる。薬も切れたし、ついでに病院に連れていくよ」
「そっか。お大事にってちんちくりんが言ってたって伝えておいて」
「それでいいのか?というか・・・お前は平気、なのか」
「本音を言えば怖い」
「・・・そうだよな」
「だけど、知ってるのに知らないふりをするのも嫌だから。何かあったら、私にできることをできたらいいなって思う。それも伝えておいてもらえると嬉しいな」
「・・・本人にも伝えておく」
「ありがとう。それじゃあ、お邪魔しました」
私は玄関に向かい、靴を履いて学校に向かおうとする
「夏樹!」
そこで冬夜君に呼び止められる
「なにかな」
「ありがとう」
「お礼を言われることなんてしてないよ。それじゃあ、また夕方ね!」
そう言って、私は冬夜君の家を出る
今日の朝だけで色々あったけど、夕方にはこれ以上の事が起こる
鹿野上さんのこともだけど、五年前の事とか・・・四季宮さんのことだけで頭と心が若干疲労を感じている
けど、思いつめたって変わらない
今は、目の前にある日々の事に集中しよう
日常の心配事に頭を切り替えて、私は通学路を駆け抜けた




