2ー19:卵のセールと二人の兄弟
一葉さんおすすめの本を二冊購入してから、私たちは書店の入り口に向かう
そこには大きめの紙袋を下げた冬夜君と、大事そうに紙袋を抱えた雪季君が待っていた
「お待たせ」
「早かったな。いいものは買えたか?」
「うん。小学校の先生のお墨付きだよ!」
「・・・この三十分でお前たちに何があったんだ?」
私たちは一葉さんのことを二人に話す
同時に永海新聞社のことも告げていく
雪季君はあの時のことを覚えておらず、凄い人ですねと反応を返した
「しかし、新聞ですか・・・残っているものなんですね」
「永海新聞は特にローカルのローカルだし、市内の事件なら細かく書かれていそうだな」
「じゃあ、後で新聞社に行くのか?」
「荷物次第でな。他に買い物あるか?」
「私は全部揃ったかな。後は、今日の晩御飯と明日の朝食?」
私の場合、中学校の時も部活で何度か合宿経験があるので旅行準備はある程度できている
服もこの前新調したばかりだし、問題はないだろう
「俺もなんだかんだで。後は今日と明日の食事ぐらいか」
「僕も皆さんが来られる前に大方買っておくべきものは買いましたので、もうないですね」
冬夜君もまた、この二年間色々なところに出向いていたみたいだからすぐにでも発てるようにはなっていると思う
雪季君も準備完了のようだ
「俺は・・・・」
幸雪君が言い淀む
「・・・何を買えばいいんだろうな」
その発現は冬夜君と雪季君のスイッチを入れるのには十分すぎる威力を持っていた
その瞬間、雪季君と冬夜君が幸雪君の肩を同時に掴んだ
「よし雪季。今からこいつを連れ回そう。服に日用品に、あまりにも足りなさすぎると俺は思うんだ。いつまでも中学時代の俺の服って訳にもいかないだろうし」
「そうですね。夏服と冬服だけではなく念のため防寒着もいると思います。それに加えて鞄も見ておかなければ」
「え」
「夏樹。夕飯のメニューと材料メモ送っとくから、先に買いに行ってくれるか?」
「了解!二人は幸雪君に付きっきりで買い物監修だね」
私の「A‐LIFE」に材料メモが送られてくる
今日はかに玉とチャーハンと酢豚、角煮と饅頭・・・やった、御馳走だ!
「ああ。頼んだぞ、夏樹」
「ちょっとお二人さん・・・引きずらないでくれるか」
「聞こえませんね、冬夜さん」
「そうだな。雪季」
幸雪君の抗議を無視して、二人は通路を進んでいく
凄く気が合っているのは気のせいではないようだ
「・・・あの二人こそ、三十分の間というか、過去に何があったんだろう」
気になる疑問に答えてくれる人なんて誰もいない
仕方ないので、私は階下の食品売り場に向かう
買い物が終われば、こちらから一度連絡をしたらいいだろうし向こうからも連絡はかかってくるだろう
カゴを片手に冬夜君から指定されたものを探していく
小麦にバター、鳥ガラに片栗粉・・・その他諸々って材料的に角煮の饅頭部分も手作りするつもりだし、「かに玉の素」にある餡ではなく、自作の餡を作る気のようだった
・・・夕飯、何時に完成するんだろうなあ
そして、難関がやってきた
「セールかー・・・」
午後二時の奥様セールと銘打たれたそれは、たくさんの奥様達が集っていた
そして今回の目玉は「卵」
限定500個、お一人様二パックの卵を奪い合うのは避けられない
冬夜君のメモには一パックでいいみたいだけど
・・・久々に冬夜君の作るお菓子を食べたいな
料理もだが、彼はお菓子作りも上手でとても美味しい
せっかくだし、卵を二パック確保して冬夜君にお菓子を作ってもらおうかな
「頑張ろう!」
カゴを離れた場所に置いて、戦いへの準備を進める
決戦の合図は店員さんが持つあのベルだ
「それではーああああああああああああ!?」
合図がかかる前に奥様達が動くのは想定内!
それでは、の「そ」で駆けだした奥様と私に続くように他の奥様も駆けだす
店員さんの押さないでくださいはもう誰にも聞こえない
「よし!」
スムーズに卵を二パック確保し、私は人混みを抜けてカゴを置いた場所へ戻る
しばらく様子を見守ろうと思い、私は近くの出汁売り場を見つつ、卵のセールの終わりを見届けた
私のようにすでに卵を確保した人々は人混みを抜け、自分の買い物に戻っていく
そして、それは一人の青年の前で終わりを告げた
最後の一つの前にいるボロボロ状態の青年
あの人混みに巻き込まれたのだろう
疲れ切った視線の先に最後の一つを見つけ、青年は嬉しそうに手を伸ばす
その前を一人のおばさまが颯爽と横切り卵を確保していった
「あ・・・・」
「ごめんね、お兄さん・・・卵完売です!」
セール担当の店員さんもいなくなり、卵の売り場には青年だけが残される
「・・・どうしよう」
しょうがないけど、何もできないなと思い次の商品を探しに歩こうとするが、私は青年の方に歩き始めていた
その額からツー・・・と赤い血が流れていたから
「大丈夫ですか?」
「え、あ・・・え?僕、ですか?」
青年は声をかけられたことに驚きながら、私に返事を返す
「はい。お兄さんです。額から血が出ていますよ」
お兄さんは額に手を当てて、指についた血を確認して青ざめる
傷口は浅いみたいだけど、消毒しておかないと後先大変なことになってしまう
鞄の中からハンカチを取り出し、彼に手渡す
「一度も使っていないので、使ってください」
「え・・・でも、血が」
「いいですから。それで抑えてください。店員さん、この方、怪我をされているようで」
「え!?あら、本当だ。ちょっと待っててね」
近くにいた年配の店員さんに声をかけると、店員さんは奥へ向かう
戻ってきた時にはその手に救急箱が握られていた
店員さんは素早くガーゼに消毒液を付けてお兄さんの額に当てていく
「お兄さん、セールに巻き込まれたんだろう?」
「は、はい・・・」
「傷からして、爪で引っ掻いたような跡だね。爪の長い人の手が当たったんだろう・・・ほら、できたよ」
お兄さんの額にガーゼを当てて、処置が終わる
「・・・ありがとうございます」
「今回の件、報告させてもらうよ。セールのやり方、少しでも変えられるよう提案してみるよ」
そう言って店員さんは奥に戻っていった
「あの、貴方もありがとうございました」
「いえいえ。傷、大丈夫そうですか?」
「はい・・・でも、ハンカチは血で・・・」
確かにハンカチは血がついてしまっている
「気になさらないでください」
「いえ。ちゃんと弁償をさせてください」
「本当に、大丈夫ですから!」
「お礼を返させてください!」
気にしなくてもいいのに、なかなか引き下がってくれない
これじゃ、ずっと堂々巡りだ
どちらかが折れなければ終わらない
けれど、青年は折れそうにない・・・ここは仕方がない
「・・・では、お願いしてもいいですか?」
「はい!」
屈託のない笑みで返事を返される
「今日明日は難しいのですが、明後日以降なら都合がつけられると思います。お時間の都合がいい時ってありますか?」
「そうですね・・・来週土曜日の午前中は大丈夫ですか?」
予定では、来週の土曜日は部活がなかった
そこならば私も自由に動けるだろう
「来週は・・・はい、大丈夫です。お仕事もお休みですし」
「では、来週の十一時にこのショッピングモールの・・・一階中央に噴水広場がありますよね?」
「ええ。あの場所ですね。その場所に待ち合わせでいいでしょうか?」
「お願いします」
「わかりました。必ず、お礼に伺います!」
「お待ちしています。あ、それと」
私はカゴの中から卵を一パック手に取り、彼に渡す
「え、あの・・・これ」
「メモ、見間違えていたんです。一パックだけでよかったのを二パックと誤解してしまって」
血を流してまで卵を取りに行ったが、結局卵はゲットできずに怪我だけしてしまった彼を目の前に、何かしてあげたいと思ってしまった
考えた結果、これぐらいしか思いつかなかった
適当な理由を付けて、彼に卵を差し出す
お菓子はまたの機会に・・・我慢しよう
「いいんですか?」
「もちろんです」
「・・・何から何まで、本当にありがとうございます」
彼は私から卵を受け取り、嬉しそうな表情を浮かべる
「お気になさらず。頭の傷、早く治るといいですね」
「お気遣いいただきありがとうございます。このお礼は来週の土曜日にきちんとします。それではそろそろ僕は・・・」
「はい。私も買い物の続きをしないといけないので、この辺りで」
「あ、あの!」
「なんでしょう?」
カゴを持ってその場を離れようとすると、青年が慌てて声をかける
「名前を、お伺いしてもいいでしょうか?」
「もちろんです。私は新橋夏樹といいます。貴方は?」
「僕は筧正二です。新橋さん・・・また、来週の土曜日に」
「はい。また来週」
振り返りながら頭を下げる筧さんを見送り、私は買い物へと戻る
「・・・凄く義理堅い人なのかな?」
背を向けて、買い物メモをもう一度確認する
後は鳥ガラだけのようだ
出汁のエリアに脚を運んでいく
「正二」
「あ、兄さん」
「卵は・・・その頭、どうしたんだ?」
先程別れた筧さんの声がする
一緒にいる人はお兄さんのようだ
「これ、卵の取り合いで・・・」
「それは・・・大変だったな。しかしきちんと処置がされているようだが・・・応急手当ができるものは持たせていたか?」
「ううん。近くにいた女の子が怪我をしたのを教えてくれ、ハンカチを貸してくれて、店員さんを呼んでくれたんだ。これは店員さんが処置してくれた」
「へえ・・・」
「さらに、女の子はセールの卵まで譲ってくれて・・・」
「そこまでしてくれたのか?」
「うん。この時代でそんな人に出会えるなんて思っていなかったよ」
「・・・この時代は冷たいからな、色々と。しかし、ちゃんとお礼はしたのか?」
「まだ。来週、その子にきちんとお礼をする約束をしてきたよ。ハンカチは血を付けてしまったし、新しいのをと思って」
「そうか。その日は仕事を休めるように調整しておく」
「ありがとう」
「俺からもお礼を伝えたい。菓子折りを買うから今度持って行ってくれ」
「わかった。あ、アレルギーとか聞いてない!?」
「・・・気にしないわけにはいかないよな」
「兄さん、一緒に選んで!」
「はいはい。一緒にな」
「やったー!」
「もちろん。それと兄さん」
「なんだ?」
「ハンカチって血抜きできるかな・・・?」
「流石に元の状態に戻すまではできないが・・・やり方は教える。流石にそれを返すなんて真似はするなよ?」
「しないよ・・・ただ、後学の為に知っておきたいだけ。ありがとう、兄さん」
「なあ正二」
「なに、兄さん?」
「優しい人に出会えてよかったな。その人にきちんとお礼を伝えられるように一週間、色々と考えよう」
「うん!」
優しい人・・・か
盗み聞きだが、誰かに自分のことをそう表現されたのは初めてだから、なんだか照れる
私は照れを隠すように、その場から離れた
・・
買い物を終えても、冬夜君たちから連絡はない
服を選んでいる・・・とは思うけど、長引いているようだ
仕方ない、様子を見に行ってみよう
紳士服エリアは二階だ
きっとそこにいるんだろうと思い、買い物袋を片手に向かっていく
ここにある店のどこかだろうと思い、歩きながら探していく
まず一件目
「パンク系だ」
なんだかギターを叩いて壊す人たちが来ていそうな服が並んでいた
流石に幸雪君に革ジャンは似合わないだろうな
なんか、いいところの坊ちゃんみたいな感じだし
破れたジーンズも絶対に履かないだろう
それがお洒落だとは思わず直しそうだ
次に二件目
「これは・・・何系だろう?」
服とは思えないような服が並んでいる
なんだろう、あのチョココロネみたいな服
あれを服と呼んでいいのだろうか
着ぐるみではないのだろうか
まだまだこの世は未知だらけのようだ
三件目
「アメカジってやつだね」
国営放送でよく放送されている海外番組の学生が来ていそうな服が並んでいる
けれど、こういう系統ではない気がする
なんかもうちょっと、しっかりした服の気がするのだ
適当に見て回ってもそれっぽいのはなかなかない
見当をつけて探してみよう
四件目
「スーツがしっくりくるのはなぜかな」
それはきっと、お兄ちゃんが出してきた冬夜君の服が悪い
制服と見間違うぐらいのしっかりした作りだったし、結構似合っていた
着物の方がしっくり来たが、二番目ぐらいにはしっくりくる
それなら、カジュアルとかもありなのかな
よし、次に行ってみよう
五件目
「カジュアル系・・・あたり」
「夏樹、買い物終わったのか」
「うん。幸雪君は?」
「試着。雪季が監修してる。あ、買い物袋持つから」
「なんだか意外な組み合わせ。ありがとう」
冬夜君に買い物袋を渡しつつ、話を聞いていく
「そう言われれば、雪季君の私服ってお洒落だよね」
「雪季は一応ここ一帯の地主の子息だから。そう言うのはちゃんとしているんだろう」
「なるほど・・・」
そういえばと思い、一つの疑問を投げかける
「冬夜君も雪季君も三十分で仲良しになったね」
「あいつとは初対面ではないからな。多少なりとも交流がある」
「高校生時代?」
「ああ」
「冬夜さん、終わりました」
雪季君が満足な笑みを浮かべて、大きな袋を二つも持ち上げている
幸雪君は疲れ切った表情で袋を抱えていた
「ご苦労。これで相良も含め準備完了だな。夏樹。雪季の荷物一つ持ってやってくれるか?」
「もちろんだよ」
「え、あの・・・流石に・・・」
「大丈夫。これでも鍛えてるからね」
「・・・はい。ありがとうございます」
雪季君から荷物を受け取る
「かんりょー・・・か」
「・・・お前は一人で歩けよ」
足取りがおぼつかない状態で私たちの後ろを歩く幸雪君
それを見かねた雪季君が幸雪君の隣に立つ
「か、肩貸しますよ・・・・!」
「さんきゅーゆきぃ・・・」
「お疲れ様、幸雪君・・・」
「さて、そろそろ帰るか。ところで雪季」
「なんでしょう」
「ふと思ったんだが・・・お前、荷物の持ち出しはどうするんだ?」
「・・・曾お爺様に協力を頼んでいます。当日、学校帰りに荷物を受け取る予定なので安心してください」
「・・・用意周到だな、お前」
「これぐらいはしますよ。永海山の車が入れるところまでは送る・・・とのことなので、当日は現地で合流になりますね」
「私たちはどうしようか」
雪季君の当日の計画を聞いて、私たちはまだ何も考えていないことに危機感を覚えた
それに冬夜君は溜息を吐きつつ、答えてくれる
「お前たちは二人まとめた荷物を、夏樹が七時半前に当日俺の家に持ってくればいい」
「いいの?」
「構わん。スペアキーを相良に預けるから、夏樹が学校終わるぐらいに相良が俺の家に寄って荷物を回収。荷物を持った相良と夏樹が合流して永海山に向かえばいい」
「冬夜君は?」
「俺はその日、用事があってぎりぎりになりそうなんだ。だから、荷物を持って大学に行く。俺も現地集合になるな」
当日、二人とは永海山で合流することになるのか
「幸雪君。私たちは当日の打ち合わせを帰ってからしよう!」
「ああ。山に登らないといけないし、色々と考えないとだな」
私たちは帰路を歩いていく
「・・・?」
まただ
また、この感覚
何かが変わった感覚だ
でも、今回はいつものと違う
『・・・どうして』
『・・・どうして、置いていってしまったの』
今度は、誰かが泣く姿が思い浮かぶ
巫女服を着た少女が部屋の隅で泣く光景
何だろう、見ているだけで悲しくなる
「・・・・・・ちゃん」
「夏樹?」
「え、あ・・・どうしたの、冬夜君?」
「大丈夫か?意識飛びかけていたぞ」
「え・・・大丈夫だよ。何でもない・・・気にしないで」
私は荷物を持ち直して歩き出す
「・・・・本当に大丈夫なのか、あいつ」
冬夜君の心配の声は聞こえない
先ほど見た光景は何だったんだろうと思いつつも、時間が経てばその記憶は薄れていく
雪季君を家まで送り、神社に帰る
そして、冬夜君のお手伝いを幸雪君としつつ夕飯を作り・・・
それを食べ終わる事には、変な光景を見たことなんてすっかり忘れてしまっていた
時間旅行まであと二日
お兄ちゃんに時間旅行の事を悟られないように幸雪君と当日の流れを相談し、荷物をなるべく少なくなるようにまとめていく
鍵を預かったことも確認した
二日のうちに一通り終わらせ、六月三日を普通に過ごし・・・・
そして、時間旅行当日
六月四日を、私たちは迎えた




