2ー17:下る坂道と路面電車
「夏樹、まだ帰らないの?」
「うん、待ち合わせしてるんだ?」
「せっかくだから、お昼ご飯一緒にどうかなって思ったんだけど、先客がいるならしょうがないか」
「ごめんね。また誘ってくれると」
「うん。それじゃあまたね。慧ちゃん」
同じ部活で同級生の瑠璃宮慧ちゃんに声をかけてもらうが、今日は彼女に付き合えない
誘ってくれた彼女には申し訳ないが、また機会が来るのを待とう
彼女の背を見送り、私は待ち人を待つ
校門前で待っていると、汗一つかかず、面倒くさそうに歩く冬夜君と息切れを起こしている幸雪君がやってくる
・・・予感が当たった
「・・・夏樹、こいつ体力なさすぎ」
「早瀬・・・歩くペース早いんだよ・・・!」
「うるさいな。ほら、下るぞ」
「もう!?」
ノンストップで行動する冬夜君の体力に驚きながら、幸雪君は彼についていく
私もまた、彼らについて坂道を降りる
「幸雪君、大丈夫?水買っておいて正解だったね・・・どうぞ」
冬夜君のペースについていく幸雪君がどうなるかは大体予想出来ていた
あらかじめ買っていた水のペットボトルを彼に渡す
「ありがとう・・・」
「冬夜君はね、底なし体力なんだよ」
「見ればわかる・・・でも、なんで。あんな体力普通に生活して身に付くものなのか?」
「ううん。昔、元軍人さんに訓練してもらったんだって。どんな相手でも戦えるように。今じゃ負けなしだよ。最強だよ?」
「へ・・・?」
彼の手からペットボトルが滑り落ちそうになるが、落ちる前に幸雪君はそれを両手で支える
「そ、そんなに凄いのか・・・あいつ」
「私のお爺ちゃんもね、色々と武術を極めたお爺ちゃんだったんだけど・・・十歳の冬夜君に既に勝てなかったみたいだよ」
「十歳・・・」
「そう、十歳。破格の強さだったよ。私も凄いなって思った」
幸雪君にこれ以上言うと驚かれるから言わないようにするけれど・・・
あの時の冬夜君は自分の立ち位置から全く動いていなかった
それが今でも印象的で記憶に残っている
そのせいでお爺ちゃんは色々と自信を失ってしまい、しょぼくれてしまった時期が少しある
「私も槍術だけは極めたけど、得意な土俵でも傷一つ付けられないんだよね」
「へえ・・・凄いんだな。あいつも夏樹さんも」
「え、私は・・・」
「槍術極めたっていうことは強いのだろう?凄いと思うよ」
「そ、そう褒められると・・・嬉しいな」
このことで褒められるのは初めてだからなんだか照れくさい
「お前ら、そんなにのんびり歩いていると日が暮れるぞ」
「そこまではないでしょ」
「ないと思う」
「相良雪季だよな?待たせてるんだろ?早く行く努力をしろ」
そう言われるとぐうの音も出ない
「今回はバスで・・・・あ」
「どうしたの?冬夜君」
彼の動きが一瞬止まる
額には大量の汗が浮かんでいた
指先もなんだか震えている
・・・さっきまでは普通だった気がするのに、何かあったのだろうか
「いや、なんでもない。今回はバスで行くのか?」
「そうしようかなって。早く着くし」
「運賃的には路面電車・・・相良も路面電車は初めてだろうし、丁度いいと思うのだが・・・どうだろうか」
「幸雪君路面電車デビューでいく?」
「路面電車か・・・乗ってみたかったんだよな」
「本当にこいつ現代を満喫してるな・・・明治に帰っても大丈夫なんだろうか」
「それは自分でも心配に思っている」
「意識はあるのな・・・確か電停はこっち、だったよな?」
私たちが学校の長い坂を下り、路面電車の電停へと向かう
「そういえば相良は十八だって言ってたな?もう誕生日を迎えているのか?」
「いやまだ。次の誕生日で十九歳」
「誕生日は?」
「九月二十八日」
「じゃあ、その日は御馳走を作ってやる」
「いいのか?ありがとう。楽しみにしておくよ。早瀬は十九と聞いているが、次で二十歳になるのか?」
「ああ。次の十二月八日に二十歳だ」
「もうすぐお酒飲めるね!」
「そこまで楽しみにしてない」
「この時代ではまだなのか?」
「うん。お酒は二十歳になってからだよ!でも、今の冬夜君はタバコすでにふかしてそう」
「法律は無視してないからな・・・?」
冗談交じりだったのに冬夜君にはそう聞こえなかったようで凄い目つきで睨まれた
「も、申し訳ない・・・」
「わかればよろしい」
「歳は歳だし・・・大学というのには通っているのか?」
「一応」
「どこに行ってるの?」
「聖華学院大学の法学部法律学科」
「偏差値おばけ・・・」
そう言えば冬夜君は私と同じ永海中を出た後、お兄ちゃんと一緒で聖華高校に進学だった
まさか大学も通っていたなんて予想外にも程がある
「なんで法学部なの?」
「約束だったから。けど、専攻は変えた。俺にはもう必要ない」
誰との約束かは教えてくれない
・・・もしかして、あの写真の人かな?
聞きたいけど、何と聞けばいいかわからない
「司法試験受かっても、やりたいと思えることは消えてるし・・・卒業後は神父でも目指そうと思ってるよ」
「なんで神父なんだ?」
「あー・・・そこから説明?夏樹から相良に何も言ってないのか?」
「他人から言うわけない。ちゃんと自分でいいなよ・・・」
「別に言ってもいいのに」
「家の事、勝手に言っていいことじゃないと思ってるから」
冬夜君は面倒くさそうに頭をかく
「・・・俺は孤児なんだよ」
「・・・・え」
「生まれた日の数週間後に親が死んだらしくて、親の友達だった義父さん・・・早瀬教会の神父でもあった早瀬弘樹に育てられた」
「・・・そんなことがあったのか」
「別に気とか遣うなよ。親の顔は見たこともないし会ったこともない。墓参りにすら行ったことないんだからな」
「友人なら墓の場所ぐらい―――」
知ってるんじゃないのかと幸雪君は続けようとしたのだろう
横断歩道を見て立ち止まった冬夜君が、重ねるように言葉を繋いだ
「墓、建てる金すらなかったみたいなんだよ。先祖代々の墓も壊されてたそうだ」
「なんて罰当たりな。他人の墓を壊すような輩がいることの方が衝撃だ」
「そうだな。そこにあった骨は全部無事だったから、どこかの寺の納骨堂に全て収められたって聞いた。どこに収めたのか教えてくれないから・・・遺体になっても会ったことはない」
「・・・寂しくは、ないのか?」
「さあ。ずっと義父さんが家族らしいことはしてくれたから、寂しくはない」
「ただ、羨ましいとは思う」
電停へ向かう横断歩道の信号が青になる
冬夜君の目は、前の道を歩いていた仲のいい親子に向けられた
「実の両親と暮らす日々はどんなものなんだろうなとか、昔は想像していた」
両親の間ではしゃいでいる子供は、かつて彼が夢見た姿だ
冬夜君だけじゃない
その姿に憧れたのは、私も・・・・
「私も冬夜君と同じだな。私の両親も私を産んでから半年後に事故死しちゃったから。少し憧れる。会ったことがないからどんな人かはわからないよ。でも、生きていたらあんなことができたのかなって何度も思ったことはあるかな」
私たちは親子の横を通り過ぎて、横断歩道の中間にある電停へと曲がる
そして目的の路面電車が来るのを待った
「・・・辛気臭い話ですまないな」
「いや。話してくれてありがとうな」
「・・・別に」
「それはそうと、早瀬が神父を目指す理由は?」
「神父を目指す理由は・・・そうだな。なんだと思う?」
「そうだな・・・義父への恩返しとか?」
「妥当なところだな。でもそれは義父さんが神父を目指した理由だ。惜しい」
「え、じゃあ・・・なんだろう」
幸雪君が考え出す
すると、時間切れを告げるようにショッピングモールを経由する路面電車がやってきた
「時間切れ。ほら、乗るぞ」
「今回はそのまま通るだけでいいから」
「わかった」
A‐LIFEを使って公共交通機関を使うのも初めてだろうから一言声をかけておく
乗り込んで席を確保した後、幸雪君はこちらの顔を向けて何かを聞きたそうにしていた
「画面に出ている承認ボタンを押せばいいんだよな?」
「うん。もう乗車登録されるから、降りた時に勝手に電子マネーが引き落とされるよ」
「なるほど」
「電子マネーはチャージしてる?」
「ああ。買いに行った時にしてもらった」
「それなら大丈夫だろうね」
電車が動き出す
「で、早瀬が神父になった理由は・・・」
「時間切れって言っただろう?教えないよ」
「酷いな!?」
幸雪君の抗議を無視して冬夜君はなぜか安心したように息を吐く
路面電車に揺られている間、私たちの間には会話一つなかった
・・
ショッピングモール最寄りの電停に到着する頃
私は雪季君にもうすぐ到着する旨の連絡を入れておいた
その間に電車は目的地へ到着し、私たちは道なりに歩いてショッピングモールへと向かう
「・・・色々な店が入っているのか。便利そうだな」
「待ち合わせ相手は本屋にいるんだよな」
「うん」
冬夜君は再度確認してから少し考える
「・・・ついでに歴史年表でも買うか」
「私も買っておこうかな」
時間旅行だし、歴史とか簡単に調べられるものがあれば便利かもしれない
その地方の小さな村で起きた事とかは流石に書かれていないだろうけど、教科書で書かれているような何年にこんな事件があったとか、災害があったとかわかるような資料があれば・・・動きも考えられるだろうし
「夏樹はどっちにする?」
「私は電子かなあ・・・持ち運びが楽だし。冬夜君は紙でしょう?」
「ああ。書き込みが楽だし」
「・・・」
二人でどんな本を買うか相談していると、幸雪君がいないことに気が付く
少し離れた距離で、何かを見ているようだ
「・・・あいつ、どうしたんだ?」
「声かけてくるよ」
私は道を引き返して立ち止まった幸雪君の元へ行く
「幸雪君、何見てるの?」
「・・・あれ、なんだろうって思って」
ビルのモニター前に、たくさんの人が集まっている
女の子ばかりのようだ
モニターを見ると、納得の人物が映っていた
最近、可愛いと評判で売り出し中のアイドルだ
『甘く、とろけるようなご褒美を貴方に』
『クリーミーまろやかプリン。全国のななストアで発売中です』
「新発売のプリンの宣伝広告だね」
「ああ。彼女たちはプリンが好きなのだろうか?」
「違うよ。あのモニターに映ってる子、星月悠翔君っていう最近話題のアイドルだよ。あの子たちは彼のCMを見るためにあそこに集まっているんじゃないかな」
「・・・CMだよな。家でも見られるんじゃないのか?」
「ええっと、確か・・・ニュースで何か言っていた気が・・・先行うんたらとか、言ってた」
「・・・つまり、どういうことだ?」
「ごめん。アイドルとかあまり興味がないからね・・・申し訳ないけど、今回は何一つわからないかな・・・」
「意外だ」
「何が?」
幸雪君が凄く驚いた顔で私を見ていた
「夏樹さんにもわからないことがあるんだな、と。今まで俺に色々と教えてくれたから」
「そりゃあ、私だってわからないこともあるよ」
「そうだよな。うん。これからはわからないことがあれば一緒に勉強しよう」
「それいいね。賛成だよ」
わからないことがあれば、誰かと調べる
凄く楽しそうだ
「では、早速・・・アイドルの事だが、夏樹さんはアイドルとやらに興味はないのか?」
「うん。なんか、カッコいいなとか・・・思えなくてさ」
「・・・彼は歌とかどうなんだ?歌番組でよく歌手が歌を披露しているが、彼は出たことがあるのか?」
「あるよ。見たことも聞いたこともある。星月君の歌は凄く上手なんだけど・・・なんか、もう少し欲しいというか」
「具体的には、何が?」
「もう少し低音だといい」
「・・・それは、夏樹さんの好みでは?」
「だね・・・」
「二人とも、遅いぞ」
冬夜君がなかなか来ないものだから、元来た道を戻ってきてくれる
そして彼もまた、モニターへ目を向けた
「・・・」
「ああ。早瀬も好きなのか?あのアイドル」
「そんなわけない」
「・・・幸雪君。冬夜君はプリンが好きでね、よく買ってくるんだよ」
幸雪君に小さな声で耳打ちすると、横から軽いげんこつが飛んでくる
「夏樹、言わなくていい。好きというよりは、風邪引いた時のお決まりだ」
「え、早瀬は風邪を引くのか」
「人並み以上に引くよ。俺を何だと思っているんだ」
「なんだか、強そうなイメージがあるんだよ」
「・・・夏樹?こいつに何を吹き込んだんだ?」
「何も吹き込んでないよ!?」
「じゃあ冬樹か」
「お兄ちゃんは幸雪君に目視で銃弾を避けられると言っていたかな・・・」
「・・・目視できないものを避けられるわけないだろう」
「ごもっともで」
「・・・後、俺はコンタクトだ。日常生活に支障がないぐらいに矯正しているだけで、視力はあまり良くないからな?」
「目、悪かったの?」
「昔から。小学生の時は眼鏡だったけど、それ以降は寺岡さんに稽古をつけてもらう都合上、眼鏡でやるわけにはいかないからコンタクトにしたんだ」
物心ついた時から裸眼の冬夜君しか見たことなかったから意外だ
「・・・それでも俺は弱いままだ。まだ、強くならなきゃいけないんだ」
「・・・早瀬?」
「・・・・話はそれぐらいでいいだろう?そろそろ行かないと、待たせるぞ」
「そうだな。雪季も待っているだろうし」
「そうだね。早く行こうか」
私たちは話を切り上げて再び本屋へ向かって歩き出した
「・・・・・・?」
「どうしたの、幸雪君」
「い、いや・・・なんか、見られているような寒気が・・・」
「気のせいじゃない?ここ、人多いし」
「そう、だよな・・・うん」
「こんな人ごみの中だし、誤解するのも・・・仕方ないか」
彼は青ざめた表情を浮かべて後ろを向く
そして気のせいだと思って、再び歩き始めた
・・・・
「なる・・・なる!」
「一応、カウントも確認しておこうかな」
「・・・あれ、2001になってる」
「・・・ああ、バスの事故か。これに巻き込まれたんだ」
「それに・・・あの「探偵君」」
「・・・これはとんでもないのを連れてきちゃったね」
建物の影で、青年は三人の動きを見守る
彼を見ていた影は確かに存在したと知るのは、もう少し後の話




