2ー13:また少し、距離を縮めて
時計を確認すると、針は七時を示している
先程の鐘は、七時を知らせる鐘だったようだ
「七時だ!」
「ワンリーフは?」
「もうすでに館内に忍び込んでるだろ?」
「早く、早く!」
お店のお客さんや、美術館周辺にいる人たちが騒ぎ出す
「・・・遂にお出ましって感じだな」
「だねえ」
美術館の周囲が光りだす
そしてその光が重なる屋上に、彼はすでにいた
本に出てくるような、黒い礼装と全身を包むマント
手には白銀の杖が握られている
そして、シルクハットをかぶった世間の「怪盗像」をそのまま出してきたような恰好をしている男性
彼こそが「怪盗ワンリーフ」だった
「宣言通り、魔狼伝説の巻物を盗みに参りましたー!」
「存在アピールすんな!?」
警察でも指揮を執る立場にいる人がワンリーフを指さし、部下を屋上に行くように促す
「・・・また貴方ですか、犬原警部」
ワンリーフは手に持った杖をくるくる回しながら屋上を優雅に歩いていく
それを追うように、光も彼を照らし続けていた
「俺がお前の担当だからな・・・!今度こそお縄についてもらうぞ!」
「お縄って・・・表現古すぎやしませんか・・・?」
「うるせえ!?黙って檻にぶちこまれろ!」
「嫌ですよ。家畜じゃあるまいし」
「・・・お前は俺との会話に文句を言い続けないと死ぬ病にでもかかっているのか」
「そんなわけないじゃないですか。私が構いたくなるようなことを言い続けないと死ぬ病の犬原警部ではありませんし・・・」
「ははは、そんな病気存在するわけがないだろう!?」
「・・・おや。やっとここまで来られたのですか」
ワンリーフの背後には、最初の会話の時に指示を出されていた警察官たちだ
「この人数相手に、盗みを働こうなんぞ・・・!」
『い、犬原警部ぅ!?』
「どうした、何があった!」
『ワンリーフがまた目の前から消えました!』
『ちゃんと奴の動きは追っていたのですが、瞬きの瞬間に消えました!』
「いつもの手品かあああああああああ!?巻物前、心してかかれ!物から目を話すなよ!」
大絶叫の中、警部さんは素早く指示を出す
「・・・消えたね」
「そうですね。鈴海からの流れ節・・・間違ってないかもしれません」
「・・・鈴海?」
「夏樹さんはご存じありませんか?この国のどこかにある、特殊な力を持った人たちが住まう島です」
聞きなれない単語に首をかしげていると、隣の雪季君が説明をしてくれる
「それこそ、魔法とか超能力など理屈じゃ説明できないような超常的な力だそうです。ワンリーフはここの出身ではないかと言われています」
「「瞬きの間に消える」・・・だもんね。手品なんかで説明できるものじゃなさそうだね」
そんな力が現実に存在しているなんて思わなかった
でもまあ、色々とあるよねそんなこと・・・
二週間の間で、特殊な状況の事も「あるもの」として受け入れられるようになってしまった気がする
「でも、こっちではそういう力を持つ人は見たことないよね。鈴海の人たちってもしかして隔離されてるの?」
「・・・実質。こちらに来るのも厳重な審査がいるそうです。能力を行使できないように術も施されるそうですから・・・」
でもまあ、こちらで能力を行使されたらこちらにいる人間は対抗しようもありませんからと雪季君は告げる
「けれどですね。例外もあるんですよ。暇なときに交易局のサイトを見てみてください」
交易局ってその鈴海と本土のやり取りを管理している場所・・・なのかな?
「何があるの?」
「鈴海から能力を行使状態にしたまま本土に入れる人たちが掲載されていますよ。たったの二十人ですし・・・一目でも」
「へえ・・・わかった。今度見てみるね。あ、それとさ」
「なんでしょう」
「雪季君って動物とお話しできるんだよね?それも、特殊能力?」
「おそらく・・・詳しいところはあまりわからないんですよね」
「そうなんだ」
「はい。気が付いたら、勝手にできるようになっていて・・・原因も不明なんですよ」
「なんかちょっと、怖いね」
「まあ、動物と話すのは楽しいので・・・別にいいやと気楽に構えています。そんなことより夏樹さん、料理が冷めちゃいますよ」
雪季君の指摘で食事に目を向ける
ワンリーフに気を取られてほとんど食べていない
そして、少し冷めている
「早く食べましょう。これ以上冷めたら、カチカチですよ?」
「そうだね。遅くなるのもダメだし・・・食べちゃおう」
茫然を続けている二人を正面に私たちは夕飯の続きを食べ始める
ワンリーフのことも気になるけれど、今は食事だ
それになるべく早く帰らないと雪季君のお母さんが心配してしまうだろうから
「犬原警部ぅ・・・あんなに人員を割いたのに、またまんまと盗まれたんですね?」
「お前が変な手品を使うからだろう!?通信が来ていたぞ!今度は睡眠爆弾だそうだな!」
「ええ。人が密集していましたし、暑苦しいし、むさいし、男ばっかりで汗臭いし・・・まあ色々言いましたが、結論としては、いいことなさそうなのでせめて夢だけでもいいものを見せようと、張り切っちゃいました!」
「そんなところで張り切らんでええわ!?お前が見ろよ!」
「せっかくですし、お集まりの方々にもいい夢を見せましょう!」
ワンリーフの手には、バスケットボールぐらいの大きさのものが握られている
会話的に、それが館内にいた警察を眠らせた睡眠爆弾なのだろう
「待てやワンリーフ!その爆弾をしまええええええええ!?」
「・・・本気でするとお思いですか。下手をしたら人が死ぬでしょうし」
「なんでそこだけは愉快犯に徹せず、常識的になるんだよ・・・」
「おや、やはり愉快なのを期待していらっしゃる?」
ワンリーフは先ほど投げようとした爆弾を再び投げる体勢を取る
「や・め・ろ!」
「はいはい。まあ、これは爆弾らしく見えるようにしたボールなので普通に無害ですよ。当たればそこそこ痛いですけど」
「投げるなよ?」
警部さんがそういった矢先に、ワンリーフは警部さんに向かってボールを全力投球
そのボールは顔面にクリーンヒット
凄く痛そうだ・・・
「そう言われて投げない人はいませんよねえ?」
「お前性格本当に悪いな!?」
「善人が怪盗なんてやるわけがないでしょうに。性悪だからできるんですよ?正義の怪盗なんて、世間がつけたただの「はりぼて」です」
「お前「義賊」怪盗だろう?」
「それもまた、世間がつけた「はりぼて」なんですよ」
杖を警部さんに向ける
「怪盗という顔も、私にとっては手段でしかありません。目的の物を探すための、ね?」
「お前に盗めないものがあるのか」
「盗みたくても盗めないものぐらいありますよ。例えば・・・」
「例えば・・・?」
「犬原警部の奥さんの心とか!いやぁ、夫婦生活十年。まだまだラブラブですね!」
「お前うちの家内のことまで把握してやがるのか!?」
ワンリーフは一応、魔狼伝説の巻物を盗みに来たんだよね・・・?
手に巻物を持っているし、盗み出す事には成功したみたいだけど、まだまだこの茶番は続くのかな?
しかも警部さん、手に巻物がすでにワンリーフの手の中にある事気が付いていないみたいだし・・・なんなんだろう、この現場
「奥さんには愛妻弁当を毎日作ってもらい、愛する息子さんには「パパ大好き、将来僕もパパみたいな警察官になる!」と言われた犬原警部」
「前の文は非常に余計だ。まあ、その隙に残りの人員を再びお前の周囲に配置した!今度は逃がさないぞ!」
「・・・と、ここまでテンプレです」
「うるせえ!?待ってろ、俺が直々に・・・」
「・・・待てと言われて大人しく待つのは犬しかいませんよ。犬原警部?」
「人の名前馬鹿にしてんのか!?全国の犬原さんに謝れや!」
「犬原警部以外には謝りますよ?不快な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ございません」
「総員!あれを捕まえろ!」
「捕まる前に逃げますよ」
「ふん。巻物を盗み出せていないのに」
「いや、盗み終えて暇だったので犬原警部と遊んでいたのですよ」
「失礼極まりないなクソ怪盗!巻物を返しやがれ!」
「それでは、魔狼伝説の巻物は確かに頂いていきます。また、会いましょうね。犬原警部―!」
ワンリーフは楽しそうな笑みを浮かべ、一瞬のうちに闇に消える
「・・・消えた」
ワンリーフらしき影はどこにも全くない
本当に、一瞬で消えたのだ
それこそ、瞬きの間に・・・
「・・・どうなってるんだ、あれ」
「遠目からは正確な判断はできないが・・・確かに消えたと思う」
幸雪君も夜ノ森君も目を見開いていた
「「ごちそうさまでした!」」
ワンリーフと警部さんの漫才が終わったと同時に、私たちの食事も終わる
その声に反応した幸雪君と夜ノ森さんは、自分の目の前にある食事を見て・・・
静かに、箸を持った
二人は目の前にあるご飯を素早く食べ始めた
「・・・雪季君、美味しかった?」
「はい。美味しかったです!」
「よかったね。あ、二人とも絶対まだだろうし、食後のデザートでも頼む?ここのアイスクリーム美味しいんだよ」
「本当ですか!?食べたいです!」
慌ててご飯を食べる二人を横目に、私たちは食後のデザートを頼もうとメニューを開く
結果的に二人が食べ終わったのは、私たちが注文したデザートを食べ終わってからしばらくした頃だった
・・
二人が食べ終わった後、お店を出てバス停まで歩く
そこで帰り道が反対方向らしい夜ノ森さんと別れ・・・私たちは帰りのバスを待った
その間に雪季君は家に連絡して、もうすぐ帰る旨を伝えていたようだ
「二人とも、気が付いていたのなら声かけてくれよ・・・」
「考え事してるみたいだったから」
「止めなかったんですよ」
幸雪君は食べすぎたようで若干きつそうだ
いつもの食事は「各自、好きなだけ食べる」といった感じだったのでなかなか気が付かなかったが、幸雪君は割と食が細い人のようだ
私は雪季君に問わなければいけないことを問う
「雪季君、お薬は?」
「飲みました。ばっちりです。母にも飲むまでの様子を動画にして送っています」
「それじゃあお母さんも安心だね」
「はい。先ほどの件も母に伝えているので・・・明後日ぐらいには渡せるかと」
「そっか。待ってるね」
「薬って・・・雪季、体調でも悪いのか?」
「雪季君」
「あの、幸雪さん。聞いて頂きたいお話があるんです」
雪季君は幸雪君に抱えていることを話していく
全てを聞き終わった後、幸雪君は重い溜息を吐く
「おい、雪季」
「・・・何ですか、幸雪さん」
「そういうのは詳しくないのだが、もっと早く言うべきことではないか?」
「・・・ごめんなさい」
「迷惑とかそういうの考えないから、もっと俺たちを頼れ。二週間そこらの関係性だけど、話してくれたってことはそれなりに信頼してくれているんだろう?」
「・・・はい」
「だから、なんだ。俺たちにできることはあるか?気を付けることとか・・・」
幸雪君の言葉に雪季君は何かが吹っ切れたように笑った
「・・・夏樹さんと同じことを言うんですね」
「そうなのか?」
「うん。ほぼ一緒」
「・・・嬉しいです。夏樹さんに母から聞いたことをまとめたものを後で送るので・・・それを参考にしてください」
「了解。今後も何かあればすぐに言えよ」
「はい!」
幸雪君も受け入れてくれたことに雪季君は安堵していた
そして帰りのバスがやってきて、私たちは乗り込む
帰り道はワンリーフを見に来た人が帰るのに重なったようで渋滞ができていた
雪季君は安心感で眠ったのか、私の肩を枕にして眠る
手は幸雪君の方に伸びており、幸雪君はさりげなく手を握っていた
最寄りのバス停に着く頃には流石に起こさないといけないけれど、それまではゆっくり眠っていてほしい
私はそう思いながら、最寄りのバス停を通り過ぎないように注意しつつ真夜中の帰路を眺めていた
・・・また、奇妙な感覚がした
何かが変わった感じ
それが何かはわからないけれど、とても大事なことのような気がする
けれど、その感覚はすぐに消えていって私は何を感じたのか忘れてしまった




