2ー12:もう一人の時間旅行者
時刻は気がついたら五時になっていた
閉館時間を迎え、私たちは他にいたお客さんに頭を下げながら小影と呼ばれた少年と共に美術館を出た
そして近くのベンチに彼を座らせた幸雪君は少年の胸倉を掴む
「小影も、なのか・・・・?」
「あ、ああ・・・そうだ」
「小影も俺と一緒で時渡りをしてきたのか!」
「・・・そんなもんだと思う」
少年は幸雪君に揺らされながら、受け答えをしていく
「・・・被害者二人いたんですね」
「再会できてよかったね・・・ところで、彼は誰なのかな?」
「俺か?俺は「夜ノ森小影」。こいつに巻き込まれて時渡りとやらをしたという認識でいい」
夜ノ森小影・・・その名前は、幸雪君が明治時代で関わったもう一人の名前だ
しかし巻き込まれ時渡り・・・タイムスリップなんてあるのだろうか?
巻き込まれたなら、同じ場所で見つかったりしないのかな?漫画の見すぎかな?
よく見ると彼の姿は甚平だった
左目は眼帯と言うか布を巻いて目を覆い隠している
とてもじゃないが、普通には見えない
「じゃあ、夜ノ森さんも明治時代出身ということでいいんですね」
色々と聞きたいことはあるが、今は彼の話を聞くことにする
「ああ。そっちの二人は誰だ、幸雪」
「こっちは新橋夏樹。時渡りをしたばかりの俺を拾ってくれた」
「よろしくね、夜ノ森君」
「で、こっちが相良雪季。幸司の曾孫だから、俺の子孫にあたる子だ」
「・・・どうも」
幸雪君から紹介してもらいつつ、私たちはそれぞれ彼に声をかける
「へえ、幸司の。あいつもやる事やってたんだな」
「人の弟に、しかも曾孫を前にお前は何を言っているんだ」
「夏樹さん「やること」って何ですか?」
「さあ、私にはわからないな?」
雪季君相手に説明するのは申し訳ないけど嫌だ
ここはとりあえずとぼけておこう
「ごめんって。まあ、なるほどな。じゃあ今幸雪は新橋のところにいるのか?」
「そうだな。お前は?」
「俺は一人だけど?」
私と雪季君は顔を見合わせる
同じ境遇なのに、夜ノ森君は困っていなさそうだったからだ
「これまで、どんな風にしていたの?」
「ああ?明治時代から持ってこれたのが何個かあったから適当に骨董店で売ったら馬鹿みたいな額を手に入れたんだよ」
「そこまで詳しくはないのですが、明治時代の物となると・・・物次第で高値で売れたりするでしょうね」
「その後は戸籍を手に入れ、衣食住を整えて・・・今は普通に働いてるけど」
夜ノ森君はすんなり言うけれど、一人だけでそこまでしたのか
隣の雪季君も若干引いている
「俺と同時期に明治時代から来たんだよな」
「ああ。日付は、日付・・・すまん。色々と忙しくて覚えてないんだわ。ごめんな」
「これまで、どうしてきたんだ?」
「現代の知識が付く前に行き着いた骨董商の親父に相談したからかもしんないけど、記憶喪失疑われたんだよな・・・」
「・・・な、なるほど」
「で、なんだかんだで戸籍を手に入れて・・・就職先まで斡旋してもらった」
幸雪君は茫然として夜ノ森君の話を聞いている
「なんか、凄いな」
「行動力を褒めてくれると助かる」
「流石商人だな。物事は歩いて掴めって?」
「その通り!」
夜ノ森君は幸雪君に向かって指を指す
確かに、聞けば聞くほど行動力が為せた技かもしれないなと感じさせられる
「・・・物怖じしなさそうと思ったのですが、商人ですか」
「ああ。かつては自分の店も持っていたし・・・それなりにやってたと思うよ」
夜ノ森君が話を一段落させる
よく見ると彼の首元には「A‐LIFE」が装着されていた
「それ・・・」
「ん、ああ。職場の人があった方が便利だからって、給料先渡しするから買って来いって言われて「A‐LIFE」とやらも。便利だな、これ」
「・・・マジか」
同じようにタイムスリップしたのに、とんでもない差がついていたことに幸雪君は愕然としていた
「・・・小影が先に時代の最先端を行く」
「行っちゃ悪いのかよ・・・お前はちょっとゆっくりじゃないか?お前、今は何してんの?」
「衣食住は新橋家に保証してもらっている。その代価で新橋神社の手伝いを。バイト扱いで給金も出してもらっている」
「なるほど。じゃあ廃業か」
「・・・するしかないだろう」
元々、幸雪君は探偵だと言っていた
夜ノ森君もまた商人だったが、自分のお店は無くなり別のところで働いている
・・・現代を生きる上では仕方ない話なのかもしれない
「とりあえず・・・積もる話もあるし、飯でもどうだ?そっちの二人も。話を聞きたい」
夜ノ森君の提案に、幸雪君は少し困った顔をこちらに向けてきた
「俺は・・・」
「外食ね・・・お兄ちゃんに聞いてみるよ」
「僕も確認してみます」
私たちは「A‐LIFE」を操作して、家族に連絡する
お兄ちゃんにその旨を伝えると『いいぞー』と軽い感じで帰ってきたと思えば
『同じ境遇の人間から何らかの情報を聞き出してみろ』と真面目なメッセージが送られてきた
それに対して「了解」と送る
さて、雪季君はどうだろうと思いながら見ると、彼は通話で聞いているようだった
「うん・・・帰りは遅くならないようにするから。大丈夫、夏樹さんも幸雪さんもいる。心配はいらない」
「大丈夫。持って行ってる。守るから、迷惑かけないようにするから・・・お願い」
「うん。うん・・・」
「ワンリーフなんて追わないよ・・・え、話すこと?それならいい?本当に?」
「終わったら連絡。わかった・・・じゃあ、また後でね」
通話が終わり、雪季君は肩の力を抜いて息を吐く
「終わった?」
「僕も大丈夫です。あまり遅くなりませんよね?」
「大丈夫と思うけど、遅くならないように調節するね。幸雪君、私も大丈夫だったよ」
「そうか」
「全員大丈夫か。それじゃあ行こうぜ」
夜ノ森君は返事を確認した後、すぐに歩き出し、私たちはその後をついていった
・・
夜六時
ワンリーフの予告時間が一時間前になったためか、先ほどよりさらに人が増えていた
店に入れたのは運がよかった
・・・しかも美術館が間近で見られるテラス席なんて奇跡に等しいと思う
「・・・なんか、周りはカメラ、だったか。そんな機材を持ってるな」
「最前でワンリーフ見たくて予約でもしたんじゃね?」
メニューを覗いているのが場違いな気がするほど、周囲にはカメラを持っている人しかいない
「僕、この御魚定食がいいです!これにします!」
雪季君は若干興奮気味にメニューを指さす
魚好きなのかな?
「私は・・・そうだな、焼き肉定食・・・」
「本当によく食べるな・・・俺は日替わりで」
「俺は唐揚げ定食にしようかね。店員さん、注文お願いします!」
夜ノ森君が店員さんを呼んで、全員分の注文をする
ついでにドリンクバー付きだ
説明を受けた後、雪季君が無言のまま目を輝かせ、私の服の袖を小さく引く
「わかった。ドリンクバー行こうか」
そう言った瞬間、顔が凄く明るくなった
「そうですね!そうですね!」
「じゃあ行ってくるよ」
さりげなく繋がれた手は、早くと急かすように腕を引く
弟がいたらこんな感じだったのかなと思いつつ、雪季君についていく
「夏樹さん、これ・・・どうするんですか?」
「飲みたい飲み物のボタンを押せばいいんだよ。冷たいの?暖かいの?」
「暖かいのがいいです」
「じゃあこのカップに入れてね。ほうじ茶?」
「はい」
「一回押せばカップの目安分出るから。少し待ってね」
私はその間に自分の分のアイスティーを注いで、雪季君の様子を見守る
「あ、それと夏樹さん・・・お水もここですか?」
「うん」
「・・・ちょっと必要なんです」
「注いでおくね。スープは?」
「そんなものも!?飲みたいです!」
注ぎ終えたほうじ茶のカップを大事そうに持ちながら雪季君は嬉しそうにはしゃぐ
「雪季君元気だね?もしかしてドリンクバー初めて?」
「外食自体初めてです。なので、はしゃいじゃって・・・中学生にもなって恥ずかしいですよね・・・」
「私は思わないよ。「はじめて」にはしゃぐ気持ち、凄くわかるもん」
スープを二人分、そして飲み物をミニトレーの上に置く
幸雪君たちはわからないからとりあえず保留だ
「今日は初めてだらけだね」
「そうですね。はじめてだらけです」
「席に戻ろうか。幸雪君たち待ちくたびれるかも」
「そうですね。戻りましょう」
私たちは人ごみの中を通り、自分たちの席に戻る
「おまたせ、二人とも」
「じゃあ今度は俺たちの番だな。行こうぜ、幸雪」
「ほいよ。じゃあ行ってくる」
二人は私たちと入れ替わるように席を立つ
「・・・あの、夏樹さん」
「どうしたの、雪季君」
彼は申し訳なさそうに顔を下に向けていた
「・・・僕、外食は初めてだと言いましたよね」
「そうだね。珍しいなって思った」
「・・・事情があるんです。これを話すのも、母から外食を許されるための条件なので、話させてください」
「・・・わかった」
彼の真剣な声に応えるように私は彼の方を向いて話を聞く
「・・・僕は、生まれつき心臓に疾患があるんです」
「・・・心臓疾患」
「はい。学校にあまり行けていないのも、そういう関係で・・・」
「今は落ち着いているの?」
「五年前よりは落ち着いています。今は様子見で退院・・・移植のドナー待ちです」
それは、言い換えれば「移植が必要なほど酷い」と言うことではないだろうか
「なかなか順番が回ってこなくって待ちの状態です。そこまで持てばいいんですが」
諦めきった表情で彼はそう告げる
その表情で、彼はドナーが見つかる前に死んでしまうのを覚悟しているように感じた
「薬で抑えていますが、どこまで持つかは流石にわかりません」
「・・・」
さっきの水は・・・薬を飲むためのもの
私は彼にどう声をかければいいかわからなくて、口淀む
「夏樹さん。これを預かっていてほしいんです」
雪季君は「A‐LIFE」でデータを、そして手書きのメモを一つ渡した
「うちの連絡先と、僕の専属医の連絡先です」
私はそれをすぐに記録し、ワンタッチ通話に登録する
もしものことがあれば、すぐに連絡できるように
メモは受け取った後「A‐LIFE」のアクセサリー収納エリアに収めた
「A‐LIFE」は手放さないし、もし充電が切れていても・・・ここに収納したことを忘れてなければ周りの人の手を借りられるだろうから
「これからも、きっと僕は夏樹さんや幸雪さんと行動を共にすると思います。曾お爺様は籠りがちな僕を外に出歩かせるために・・・この協力の提案をしたと思いますから」
「僕自身もお二人と行動を共にしたいと思っています。自分勝手、ですけど」
震える彼の手に、そっと手を重ねる
安心させるように、大丈夫だよと伝えるために
正直言うと、私は今でも動揺している
移植をしなければいけないという意味が重く圧し掛かって、このまま彼と共にいていいのかと思う
・・・私たちの配慮が足りなくて、彼の命を危険にさらしてしまったらと想像してしまう
けど、それは違うんじゃないのか
・・・一番つらいのは、目の前にいる彼だ
そんな彼が、私たちと一緒にいたいと言ってくれた
私を、私たちを信じて打ち明けてくれた
私は、それに・・・その想いにきちんと応えるべきだ
・・・絶対に、無理をさせないようにしなきゃ
「私は雪季君のこと自分勝手だって思わないよ。話してくれてありがとうね」
「え・・・」
彼が予想していた答えではなかったようで、彼は少し嬉しそうに戸惑いを見せる
「これからは雪季君の体調が第一だね。私たちにできることある?気を付けないといけない事とかは?」
「ええっと、疲れを感じたら休ませてほしいとか、運動はダメだとか・・・こ、今度母に聞いてまとめてきます・・・!僕にもわからない部分があるかもしれないので」
「ありがとう。できたら送ってくれる?」
「はい・・・わかりました」
「後で幸雪君にも話そう。力になってくれるよ」
「・・・いいんですかね?嫌がったり、しないですかね?」
「大丈夫。絶対に協力してくれるよ。それとね、雪季君。聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか」
「これからも誘ったら遊んでくれる?」
「・・・ぜひ、お願いします」
繋いだままの手に少しだけ力が籠められる
嬉しそうに微笑んでくれる彼の顔を見ていると、私もなんだか嬉しくなってきた
「ありがとう」
「・・・これからも、よろしくお願いしますね。夏樹さん」
「こちらこそよろしくね、雪季君」
出会ったのはたった二週間前・・・彼とまた少し仲良くなれたと思う
「ただいまー」
「人多いな。そろそろ七時だし・・・妥当かな?」
話が終わったぐらいのタイミングで丁度二人が戻ってくる
時計を確認してみると、もうすぐ予告時間の七時だ
外もとても人が増えている・・・もう少しでワンリーフが来るのだ
「お待たせしました!」
遂に食事もやってきた
店員さんがテーブルに全員分の食事を並べてくれる
凄く美味しそうだ
私たちはそれぞれ、いただきますと言ってから夕飯を食べ始めた
「なあ、ワンリーフってどんな奴なんだ」
「話によれば現代の義賊ってらしいぜ」
「義賊・・・では、ワンリーフは盗まれたものしか盗まないのですか?」
「そういうこと。あの魔狼伝説も調べたら盗品の噂が出てた」
ネットの情報をどこまで鵜呑みにしていいかわからないけどな、と夜ノ森君は笑う
ふと、私の頭に変な考えが流れた
桜彦さんって、時渡りを扱えなかったんだよね
変な懐中時計は幸雪君が持っていたし、夜ノ森君が時渡りをするには、幸雪君と同じタイミングじゃないとできないんじゃない?
そう考えると、二週間ぐらい・・・だよね
幸雪君は何を見ても最初は驚き、今でも操作に難航している時が多い
しかし、慣れとか適正とかあるかもしれないけれど、同期間でこんなにも現代に馴染むのは早いものなのだろうか
商人だから、適応力が高い・・・そんな理由もあるかもしれない
現時点では私が頭を回したところで一緒だ。けれど・・・気には留めておこうかな
幸雪君の友達だが・・・この人はどこか胡散臭い
ほんの少しの疑念を、出会ったばかりの夜ノ森さんに抱きながら食事を摂る
それと同時に、鐘の音が周囲に響いた




