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針指す時の終末日  作者: 鳥路
夏樹編序章「明治からの客人と時間旅行」
12/83

2ー11:魔狼伝説

バスを降り、新鮮な空気を体に取り入れる

海に近い場所だからか、潮風の匂いがほんのりと私たちの間を過ぎ去っていった


「到着だね!」

「人、まだ多いって感じではないですね」

「五時までは通常で、それ以降は警察配備の為に閉館ってなるらしいよ」


出かける前に下調べした内容を告げると、雪季君は安心していた


「この様子だと、美術館も人が少ないかもしれませんね」

「そうだね。でも入ってみないとわからないよ。雪季君は人多いの苦手?大丈夫?」

「大丈夫です。お気になさらず」

「疲れたらすぐに言ってね。休むところ探すから」

「ありがとう、ございます・・・」

「でも、美術館周りの広場には人が多いな」

「ワンリーフを身に来た人たちでしょうね・・・美術館内は封鎖されますが、外は関係ないので事前に見やすいところを場所取りしているのではないでしょうか」


美術館前の広場には、たくさんの人がいた

マスコミや、一般の人まで様々だ


「行きましょう。早く展示が見たいです」

「だな。えっと、こっちだっけ・・・わっ」

「夏樹さん、振り返ったらあぶな・・・」


雪季君の警告の前に私は後ろを振り返ってしまい、丁度後ろにいた人にぶつかってしまう


「おや、大丈夫ですか・・・」


ぶつかって足取りが覚束なくなり倒れそうになるが、誰かから支えられる

目の前にいたのは淡い灰色の髪を揺らした、杖をついている男性だった


「はい。あ、ごめんなさい!怪我はないですか!?」

「私も大丈夫です。怪我がなくてよかったです」

「・・・今日は人が多いので、周囲に気を付けた方がいいかと」

「そうですね・・・ありがとうございます。気を付けます」


最後にふと耳打ちされたアドバイスにお礼を言うと、男性は柔らかく微笑む

その顔を・・・どこかで見たことがあるような気がしたが・・・どこでだったかな?


「では、私は失礼します」


男性は優雅な所作で立ち去っていく


「・・・夏樹さん、優しい人で良かったですね」

「だねー・・・」

「怖い人じゃなくてよかったな。でも、気を付けような」

「はーい」


後ろにいた二人と合流し、話しながら美術館へと向かっていく

美術館の中は、全然人がいない

入場券を買って、そのまま企画展示室へ向かう

・・・期間限定展示のはずの魔狼伝説の企画展にも、ほとんど人がいない


「・・・寂しいですね」

「・・・少しね」


私たちは人を気にせずのんびり展示を見ていく

はるか昔に、その存在が確認された人と狼の混ざりである「魔狼まろう

普通の魔狼は水色の瞳が特徴的だが、人に化ける際は茶色になる

力の強い魔狼は、目の色が分かれ・・・驚異的な身体能力と超能力のような力を使用できたらしい

魔狼たちは自分の意志で狼の姿になったり、人の姿になっていたそうだ


「自由気ままだったんですね」

「その時、着物とかどうなっていたんだろうな。変化する度に体格は変わるし・・・」

「ええっと・・・かつては変化するたびに着物を脱いでいた節が有力だったが、現存していた着物の繊維から未知の物質が検出されたって書いてある。だから、最近は着物を着たまま変化をしていた節が提唱されている・・・だって」

「未知の物質って何でしょう」

「未知の物質・・・なんか凄いんだろうな」


私たちは次の展示へ進んでいく


魔狼の性別は女ばかりだったそうだ

男の魔狼は滅多に生まれない

そして、力の強い魔狼が産まれてくる可能性は男の方が高かったと言われている


男の魔狼は、幼少期は女として育てられる

これは、魔除けによく似た風習だと考えられる

男の魔狼は、長としての所作を身に着けるのが仕事である

成人後は長としての役割を果たし、魔狼の血族を残すのが仕事となる


記録によれば、最後の魔狼の長以外は一夫多妻だったそうだ

最後の長は、長就任後に行方知れずになったという記録が残っている


魔狼は必ず長を据える風習がある

その為、最後の長が消えた後は、先代の長が再び長に就任したと考えられている

魔狼の寿命は不明だが、当時の長は八百歳を超えていた記録が残されている


「長生きなんだな・・・」

「凄いね・・・八百年とか想像つかないや」

「次、行きましょう。次」


雪季君が興奮気味に私と幸雪君の手を引きながら、次の展示へ向かう


魔狼たちは山奥で静かに暮らしていた

採取や狩猟を行い、食料を手に入れていたそうだ

狩りは狼の姿で、そして複数人で行っていた

得た食料は、村の住民で分け合っていたそうだ

魔狼同士の関係は良く、いざこざも全く起こらなかった


「平和な場所だったんだね」

「喧嘩のない共同生活・・・理想ですね」

「協力しないと生きていけないからかもしれないよな・・・」

「あぶれたら、死と同義だったかもしれませんからね・・・」


歩きながら、先ほどの展示で思ったことを言い合いつつ次の展示へ


次の展示は、魔狼伝説の巻物だった

それは電子化され、タッチパネルで見られるようになっていた

私たちはそれを覗き込んで、巻物を読んでいく


・・・これは現実にあった物語である

魔狼たちは人間たちに恐れられていた

彼らが人に危害を加えたことは一度たりともなかったが、それでも力のあるものを弱き者たちが恐れるのは仕方のなかったことかもしれない


ある日のことである

臆病な猟師が今後の魔狼の危険を感じて・・・魔狼を狩ることを決意した

臆病な猟師の提案に、他の猟師たちは賛同した

魔狼たちがいる山は、魔狼の餌場だ

大物はすべて魔狼に掻っ攫われ、猟師たちもしびれを切らしていたのだ

そして猟師たちはある日の昼に、山狩りと称して魔狼の狩りを始めた

魔狼は夜行性だ

昼間だとうたた寝をしていたり、油断をしている時の方が多いため狩るタイミングとしてはちょうどいいのだ


そして猟師たちは下調べした魔狼の苦手なものを用意した

鏡と炎

数日かけて、魔狼の村を囲むように作られた鏡の柵

猟師が罠の紐を切り落とした瞬間、その鏡は一気に村を囲み

猟師は、山へ火をつけた


そして、数日かけて猟師たちは魔狼を皆殺しにした

その際に、猟師たちは魔狼の一族の首を持ち帰り・・・首を街中に晒した

「魔狼、ここに果てたり」と看板を立てて


そこに、長になった直後に行方不明となっていた若い魔狼が通りかかる

若い魔狼は・・・今後、魔狼は狩りだけでは生きていけないと先見を見出したため、各地を旅して魔狼が人として生きる道を模索していたのだ

皆殺しが行われたのは、彼が生きる道を見つけてきた帰りだった


「これをやったのは誰だ」と若い魔狼は問う

その者が魔狼だと知らない臆病な猟師は「俺が先導してやった」と告げる


若い魔狼は、仲間の為に嘘をついた

酷く屈辱的な嘘だ

「魔狼の危機は俺も理解していた。素晴らしいことをしてくれた。そうだ、これに関わった者を皆集めてくれ。勝利の祝いとして、俺が酒を御馳走しよう」


猟師は喜び、魔狼の狩りに参加した猟師を集めた

そして、その日の晩・・・臆病な猟師の家に魔狼を狩った猟師が全員集合した

小さな家で、大の男が十人も集まれば狭いものだった

けれど、そんなものは関係ない


猟師の一人が声を出す「酒はまだか」と問う

若い魔狼は「今持ってくる」と立ち上がり、家の外に出て酒樽を持って帰ってくる

その時に、扉に細工を施し・・・扉を開かないようにしたのだ


「酒を開ける前に、私から一言よろしいですか?」と言う若い魔狼の提案を、臆病な猟師は受け入れる

その瞬間、若い魔狼は本性を現した

「・・・よくも、我が一族を皆殺しにしてくれたな!」

若い魔狼は叫びながら狼の姿になり、集まった猟師を皆殺しにした

そしてすべてが終わった後、若い魔狼は人の姿に戻り、手に着いた猟師らの血を舐めた


その瞬間だった

若い魔狼に変化が訪れたのだ

一見しても何の変化はない

気のせいだと思い、若い魔狼はそのまま猟師の家を後にした


若い魔狼が、身体の変化に気が付いたのはその二十年後

いくら経とうとも、若い魔狼は若いままだったのだ

力の衰えも何もない


そして試しに自分の心臓をナイフで突き刺した

それでも魔狼は死ぬことはなかった

そして、彼は自分の犯した罪を知る


魔狼と呼ばれているが、半分は人間なのだ

人間を食し、道理から外れた彼は禁忌に触れてしまった

人の血を舐めた魔狼は、その代価に不老不死を得てしまったのだ

魔狼は泣き叫び、仲間を想い吠えた

そして、魔狼は闇へと消える

無限の時間を生きることになった魔狼の行き先は誰も知らない


「・・・・」

一通り読み終える

何とも言えない、悲しい物語だ

何と言えばいいんだろう・・・言葉が見つからない


「・・・悲しい物語でしたね」

「恐れただけで殺すって、理不尽だな」

「山奥に暮らしていたんなら関わり合いにならなければよかっただけの話なのにね」


胸につっかえを残して、私たちは次の展示へと進む


そして、次の展示は最後の展示

そのさらし首の光景を絵にしたものだった

そこには、少年が一人立っていた


「・・・適当なことぬかしやがって」


私と雪季君にとってはお客さんがいたんだなと思った程度だ

しかし、幸雪君の様子がおかしい

その少年の姿を見た瞬間、幸雪君が急に走り出す


「どうしたの、幸雪君!?」

「幸雪さん?」


幸雪君は止まらず、少年の肩を掴む


「小影!?」


彼は名前を呼ぶ

その名前は、彼が明治時代にいた時の知り合いの名前

少年は面倒くさそうに顔を横に向ける

そして幸雪君の顔を目にした瞬間・・・・


「・・・んあ?お前誰だってえええええ!?ここここ、幸雪ぅ!?」


美術館中に響き渡るような声で、幸雪君の名前を彼は叫んだ

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