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針指す時の終末日  作者: 鳥路
夏樹編序章「明治からの客人と時間旅行」
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2ー9:過去の面影、君が生きた過去

「・・・貴方が、冬夜さん」


無言のまま、どう話を切り出すか考えていた私の隣で相良さんが冬夜君のことを見つめていた


「そうだけど、お前は?」

「俺は相良幸雪・・・ええっと」

「夏樹、こいつお前の彼氏?」

「違うよ!相良さんは・・・相良さんは」


どう説明しようか非常に迷う

明治時代からタイムスリップしてきたなんて言っても信じてもらえないだろうし


「・・・訳ありな奴なのか?」

「あー・・・うん。そんな感じ。今はうちの神社で暮らしてる」

「とんでもなく訳ありみたいだな。しかし相良か・・・」


冬夜君は相良さんのことを隅々まで見定めるように見ていく


「な、なんなんだ・・・人の事をジロジロ見て」

「見覚えがあるんだよ。どこでだったかな・・・」

「や、やめてくれないか・・・」


「あ・・・桜彦」

「!?」

「お前、冬月桜彦の写真に映っていた奴に似ているな」

「・・・え」

「リボンのついた銀の懐中時計は持っていたりするか?」

「銀の・・・・たしかポケットに入っていた。これのことか?」


相良さんはポケットからそれを取り出す

銀色の懐中時計

それには白と黒のリボンが巻かれている小さな懐中時計だった


「それ・・・持ってたの?」

「ああ。制服の中に入り込んでいた」

まさかの新情報だ


「そういうのは、早く行っていただきたい・・・」

「言ったような気がするのだが・・・気のせいか?」

「気のせいだよ・・・懐中時計の存在なんて知らなかったよ」


その光景を見つつ、冬夜君は楽しそうに笑う

もちろんだが彼は光景に笑っているわけではないだろう

むしろ、予想通りに時計が出てきたことに笑っていると思う


「・・・お前、明治時代の相談探偵「相良幸雪」か?」

「その呼び名、どこで!?」


相良さんが興奮気味で冬夜君に問う

相談探偵というのは、彼が明治時代で呼ばれていた通称みたいなものなのだろうか


「どこでって、冬月桜彦の日記だけど」

「それ、一般公開とかされてるやつかな?」


意外な出典は、私たちでも閲覧できるのだろうかと気になったので聞いてみる

図書館とかに寄贈されてたりしないかな・・・新情報とか出てきそうだし


「されてない。冬月家に遊びに行った時に呼んだ」

「冬夜君は冬月家と関係があったり!?」


手がかりを掴むためにと思い、少し興奮気味で聞いてしまう

逆に冬夜君はいたって普通の対応で私の問いに答えてくれる


「俺自身にはない。義父さんが先代当主の友達で。その関係で読ませてもらった」

「・・・そうなんだ」


でも、弘樹さんか・・・

早瀬教会の神父様は冬月家の先代当主の友達だったんだ

・・・口とか利いてもらえないかな


「弘樹さんに頼めば経由で読ませてもらえるかな」

「無理」

「なんで」

「先代当主は十年前に亡くなっている。今の当主は義父さんと関わりがない。伝手は使えないから、無理だ」

「そっか・・・せっかく手掛かりになると思ったのに」

「残念そうだな」

「残念だよ」


「・・・俺も読んだのはガキの頃だし、あんまり覚えてないから助けにはなれないな」

「その気持ちだけで充分だよ・・・ありがとう、冬夜君」

「別に、何もしてないし。ところで・・・そいつのことに話を戻しても?」

「あ、うん・・・相談探偵って何なのかな?」


話が再び相良さんのことに戻る


「日記に書いてあった内容だと、依頼方法が相談みたいな感じだったから相談探偵と言われるようになった・・・と」

「・・・その通りだ」


冬夜君の回答に相良さんが頷いた


「その方法で持ち込まれた依頼を解決するのが、俺の明治時代での仕事だった。メインは桜彦さんのところの従業員だった」

「冬月印刷所の派生として生まれた冬月書店のほうか?」

「そうだな。そこの従業員は俺が消えた後はどうなったかわからないけど、少なくとも俺と桜彦さんの二人でやっていた」


「記憶にある日記通り・・・本当に明治からタイムスリップしてきたのか」

「ああ。俺は確かに明治時代からこの時代に来た。その日記にどんなことが書かれているかわからないが・・・冬月桜彦と関りのある相良幸雪は、俺しかいないと思っている」

「・・・にわかには信じられんが、目の前で起きていることなんだよな」

「タイムスリップとか、信じてくれるの?」

「信じてやるよ。信じるしか、ないんだろう?」

「ありがとう」


相良さんは嬉しそうに笑う反面、冬夜君は無表情のままだ


「・・・適当に言ったら当たるんだな」

「え」

「何でもない」


私の耳は聞き逃さなかった。適当に言ったって

・・・当てずっぽうと持っていた情報だけで、相良さんが明治時代の人間だって当てたのかこの人

まあ、それでも、相良さんが明治時代から来たって知っている人が増えたことには変わりないし、結果的にはいいのかな?


「・・・で、これからお前はどうすんの?行く宛あんの?」

「新橋家にお世話になりつつ、この時代に来た意味を探そうと考えている」

「・・・妥当だが、新橋家で世話になるのか?」

「ああ、新橋家に居候だ」


相良さんの言葉に冬夜君が固まる


「お前、いくつだ」

「十八だが・・・」

「育ち盛りか。なるほど」

「そ、それはどういう意味なんだ?」


冬夜君の目がこちらに向けられる

視線だけで人を射殺しそうなその目に私は全身の血の気が失った感覚を覚える


「夏樹、お前・・・手が荒くないな」

「・・・はい」

「洗い物もしてないみたいだな?」

「・・・き、気のせいでは」

「もしかして台所、俺がいない二年間、一度も使っていないのか?」

「・・・誰も、料理をしませんので」

「呆れた。そろそろ包丁の一つ、使えるようになってくれないか」

「・・・はい」

「今日は作りに行ってやるから。冬樹にそう伝えておけ」

「本当!?」


冬夜君の料理はとても美味しい

とてもじゃ済ませられない。レストランで出てくるレベルだ

この二年間、ご無沙汰だったので凄く楽しみ!


「本当だ。お前ら兄妹のことだからこの二年間冷凍食品と総菜で乗り切ったんだろうけど、あんまり褒められることじゃないからな?栄養バランスも、家計にも」


なぜわかるのだ・・・この人はもしやエスパーか


「滅相もございません・・・」

「せめてお前が自炊を覚えればな・・・。まあお前のことだし永海高校で槍か、薙刀でもやるんだろうから無理だろうな」

「本当になんでわかるのさ・・・」

「そんなことどうでもいいだろう。とにかくお前と相良は先に戻れ。俺は材料買ってから向かうから」

「はーい」

「わかった」


私たちは冬夜君の指令通りに先に家へと戻る

彼が買い物をして新橋家に来たのは、六時の事だった


・・


どんな持ち方をしているのか全くわからないぐらいの買い物袋に、肩に乗せられた米袋

彼が新橋家に来た時の様子はこんな感じだった


「あのー・・・冬夜さん?」


それを出迎えたお兄ちゃんは、その光景に少々驚いているどころか怖がっていた

そりゃあそうだろう。二年ぶりに戻ってきたかと思いきやイメージが百八十度違うし、性格荒くなっているのだから当然といえば当然か


「久しぶりだな、冬樹」

「だいぶイメチェンしたなお前・・・」

「半分持ってくれ。入れない」

「重いからじゃなくて入れないからかよ・・・意味わかんねえ」


お兄ちゃんは冬夜君から荷物を半分受け取る

やっと家に入れるようになった冬夜君は廊下を歩いてそのまま台所に直行した


「台所使うからな」

「あ、ああ・・・夏樹から聞いてる。好きに使え」

「・・・掃除ぐらいはしてるんだろうな?」

「お前が満足するかもしれないような掃除じゃねえかもだけど、一応掃除はしてるからな」

「どうも」

そう言いつつ、二人は台所へ向かいしばらくするとお兄ちゃんだけが戻ってくる


「・・・掃除込みで七時頃に完成させるってさ」

「・・・左様で」


どうやら台所は彼が満足するような綺麗さではなかったようだ

確かに今はシンクが多少・・・いや、かなり曇っているよ

冬夜君が掃除していた時代は鏡みたいに輝いていたから、それに比べたら満足いかないのかもしれない


「しかし夏樹。よくあれで冬夜だってわかったな。俺わかんねえよ」

「リボンなしじゃ私もわからなかったよ」

「確かに・・・俺もリボンなしじゃ自信ないわ」

「・・・どういうことなんだ?」

「幸雪にはアルバム見てもらった方が早いよな」


お兄ちゃんは仏壇の隣にある小さな棚から一冊のアルバムを取り出す

私たちはそのアルバムを覗き込む

叔父さんが撮ってくれた私とお兄ちゃんの小さい頃の写真もあった


「写真・・・色がついているんですね」


幸司さんに見せてもらった写真は白黒だったし、これが相良さんが見る初めてのカラー写真になるようだ


「今は色付きなんだよ」

「・・・昔にも欲しかったな」

「で、これなんだけど・・・」


お兄ちゃんが指を指した先にあったのは、泣いている少年とそれを宥める少年の写真


「この子は冬樹さんか?」


相良さんが宥めている方を指さしながら問う


「ああ。で、この泣いてるちびっ子が冬夜」

「え」


相良さんの頭の中では泣き叫んでいる少年とあの冬夜君が一致しなかったみたいだ


「もっとあるぞー」


アルバムの中の写真に写る冬夜君は基本的に泣いている

けれど、二枚だけ笑顔で写っている写真があった


一つは中学の卒業式の時に撮ったと思われる写真

中学校の制服を着たお兄ちゃんと見慣れない少女の胸元には花飾りが、手には卒業証書が入っている筒を持っている

冬夜君は少女に寄り添うように立っていた

彼のその腕には永海中生徒会の腕章が付けられている


「中学の時の?」

「そうそう。あいつ生徒会長だったからさ、壇上で在校生送辞読んだんだぜ」


なんかしっくりくる

昔の冬夜君は今の冬夜君とは全然違う

乱暴な言葉は一切使わないし、いつもニコニコしているけど、人見知りが激しい優しい人

何か目的があるようで人見知りを克服しようとか、料理の特訓を頑張っていた

その中でも特に紅茶と茶菓子の力の入れようは半端なかった

泊まり込みで特訓するほど、頑張っていたのは印象深い

今は、近づくのはちょっと怖いけど・・・昔みたいに優しいところは変わらないと思う

・・・口は悪いけど


「まだ優等生。あいつがああなるのは一ヶ月後だな」

「一ヶ月で劇的に変わりすぎではないか・・・?」

「そうなる出来事があったんだよ」


もう一つの写真は、お兄ちゃんなしで撮られた写真

二つの写真の共通点は、私が知らない足元近くまである白い髪を降ろした少女がいること

彼女の左耳の近くには、彼が身に着けているリボンによく似たものを付けていた


「・・・この人、は」

「ねえ、お兄ちゃん。この人は・・・?」

「その人は・・・冬夜にとって、とても大事な人だった。万年筆の事を教えてくれたのも彼女だぞ」

「・・・だった、なのか」


相良さんの指摘で私も意味に気が付いてしまう


「ああ。彼女は・・・この写真を撮った一ヶ月後に亡くなったから」

「あいつの死をキッカケに、冬夜はおかしくなっちまった」

「お兄ちゃん、この人の名前って」

「ああ。彼女は――――――――――」

「・・・何を話しているんだ」


居間の襖が開けられる

そこには両手に食事の載ったお皿を持った冬夜君が立っている


「・・・なんでもねえ。できたのか?」

「ああ。運ぶの手伝え」

「了解」


お兄ちゃんは先に台所へと向かっていく

けれど冬夜君はまだ動かない


「・・・・貸してくれ」


差し出された手の上に、私はアルバムを乗せる

そして彼はアルバムに入っている、二人で写った写真を指でなぞる


「・・・もう、五年か。綺麗に写っている」


その目は非常に寂しそうで、何かを懐かしむようで

とてもじゃないが見ていられなかった


「その写真、持っていっていいよ。お兄ちゃんには言っておくから」

「・・・いいのか」

「うん」

「・・・ありがとう」


私がそう声をかけると、彼は使い込まれた分厚い手帳を取り出して、その写真を挟む


「・・・少し待っていてくれ」


彼はそのまま、居間を出ていく

しばらくした後、相良さんが口を開いた


「・・・大事な人、か」

「・・・うん」

「・・・彼女はどんな人だったんだろう」

「そうだね・・・いつか、聞いてみようか」


名前すら聞きそびれた少女と彼の間に何があったのか私たちは知らない

いつか、聞こうとは言ったけれど

その「いつか」は、来るのだろうか・・・と疑問に思う

けど、きっと彼は

彼女の事を、話すことはないだろう・・・そんな予感がした


・・


二年ぶりの豪勢な夕飯を食べ終えた後

私たちはせめて、洗い物だけでも考えて相良さんと共に洗い物をしに行った

流石にご馳走になったんだからこれぐらいはしないといけないだろう


その間にお兄ちゃんが冬夜君を丸め込んだようで、今日、彼は泊まる事になっていた

それから順番にお風呂に入って、もう寝るだけという頃


「・・・・」

「夏樹か」


居間にいるであろうお兄ちゃんと冬夜君に布団の準備ができたと言うことを伝えに行く

相良さんは客間で、すでに就寝中だ

今日は色々なことがあったし、疲れているだろうと思っていたのでゆっくり休んでほしい

居間には眠る冬夜君と、字幕でテレビを見ているお兄ちゃんがいた


「布団の準備できたって言いに来たんだけど、こんなところで寝ちゃったんだ」

「そうだな。疲れてたんだろな・・・」


眠る顔はなんだか憑き物が晴れたように安らかで、子供っぽい顔だった


「・・・可愛いとか、子供っぽいとかこいつには禁句だからな?」

「わかってるよ・・・お兄ちゃんも気を付けなよ?」


昔、それで痛い目に遭ったことがあるから、絶対に言わないようにしている

五年前もそうだったのだが、彼に可愛いは禁句のようで・・・うっかり言ってしまえば一週間は話してくれなかった


呆れた目をお兄ちゃんに向けると、ふと視界の端が光る

その先にあるのは、冬夜君が常に身に着けている十字架と分厚い手帳

十字架は今、首から外されており机の上に置かれている


「この十字架・・・弘樹さんのお下がりだっけ?」


この十字架に関して、私は以前から気になることがあった

弘樹さんというのは、近所にある小さな教会の神父をしている早瀬弘樹さんのことだ

冬夜君の育て親に当たる人

彼は生まれて数週間後に両親を失い、両親の友人だった神父様に引き取られたという過去を持っている

小さい頃は教会の子供ということで、色々とあったそうだが・・・詳しい話は知らない


「そのはずだが・・・それがどうしたんだ?」

「小さくない?」

「言われてみればだな・・・間近で見ても普通に小ぶりだし、装飾も男ものって感じじゃないし」

「確かに、女ものって言われたらしっくりくるかな」


悪いと思うが、その十字架を手に取る

そして「それ」の存在に気が付いた

十字架の裏に、小さな筒状のものがあったのだ

よく見れば白い砂の入った砂時計のペンダントだ


「・・・それは」

「なんだろうね、これ」

「・・・夏樹・・・それ以上はやめておけ」


お兄ちゃんの形相に私は少し恐怖を感じて、十字架をそっと置きなおす


「・・・それは、触らない方がいい」

「わかった」

「そろそろ寝ろよ。明日も早いんだろ?」

「そうだね。お休み、お兄ちゃん」


お兄ちゃんにお休みを告げてから、そっと居間を出る

部屋を出てから少しした後のことだ

お兄ちゃんの声がうっすらと聞こえた


「・・・そんなんじゃ、あいつは喜ばねえよ」


十五年間の中で初めて聞いた、お兄ちゃんの悲しい声は私の耳に酷く残った

色々なことが起きた四月八日の夜は緩やかに、過ぎていく

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