>人族は持ちたがり
>人族は持ちたがり
↓
現代の先進国では忘れられがちですが
例えば現実の日本や世界でも
農民文化と都市部の軍人文化は別の系譜を持つ文化だったように
近代の資本主義と民主主義による武装商人の征服統治が行われていない社会は「金権社会」ではないので
この特性は「金銭」を使った経済
特に紙切れに権力が価値を持たせた信用経済が普及した
軍人によって征服統治された産業革命後の文化や
武装商人主体によって征服統治された現代文化で
構築される社会の人間の特性ですから
多くの金銭を持つ事ができなかったり持つ意味のない
自給自足の農民の共存文化や狩猟民族の原始文化はこの異世界には存在しないという事なのでしょうか?
そうすると奴隷やカースト構造がどう造られたかで
現実とは別の歴史がありそうですね
何れにしろ
「欲望」をテーマとしているからこその台詞なら
「持ちたがり」を「資本主義文化のミーム」でなく「人間の特性」としてしまうと
「足る事を知る≒欲望の制御」というミームを否定すると同時に
「人間の変えられない本能」という印象によって
「資本主義文化のミーム」を絶対視した
「他のミームの否定≒人類の可能性の否定」に繋がるので
↓
街に住む人族は持ちたがり
とか
貴族に従属した人族は持ちたがり
とかにしたほうがいい気がしますね
まあ
あくまで
資本主義の悪徳である「扇情的コマーシャリズム」や「利権のための戦乱誘導」を否定して
現代の資本主義社会を至高と考えないならで
あくまでも一読者の無責任な感想なんですが




