特記生物――人狼
[基本情報]
分類/呪い
基本等級/B
基本危険度/A
種別/生物
呪種/肉体変異型
主変異/肉体が狼に変化し、狂気が精神を支配する。(満月の夜のみ)
副変異/聴覚・嗅覚の強化、視力の低下、身体能力の向上、これらに伴う嗜好の傾向変化。(平時)
感染経路/満月の夜に転化した人狼による噛傷
感染対象/人間
感染率/100%
死亡率/85~90%(大人)
平均体長/2m~2.5m
弱点/銀
[概要]
〈魔力世界〉で最も有名な呪いの一つ。〈現世〉でも一定数の知名度がある呪いだが、この呪いは対処を間違えば一晩で国が滅びても不思議ではない特性を持つ。
この呪いを持つ人間は平常時は普通の人間と変わらず、外見で判別することはほぼ不可能。瞳孔が狼のものに変わるものの、一目見た程度では分からない。しかし満月の晩に彼らは変貌し、人間の大きさを上回る大型の狼に『転化』する。転化した人狼は正気を失い、満月の夜が明けるまで野を駆け家畜や人を襲う。
中にはその転化の能力を訓練によって自分の意思で行うことができる者も存在し、その場合は正気を失うことはない。自己転化を行う人狼はその優れた戦闘能力を買われることや、鋭敏になった感覚を使い諜報活動で頭角を表すことも珍しくない。しかし人狼の運用には一定のリスクが存在することから、やはり彼らを忌避する人が多いのは事実である。
弱点は銀。抵抗力はかなり弱く、急所を正確に狙えば銀の弾丸一発で倒れるのは有名な話。
[特性]
前述の通り満月の夜に転化し、家畜や人を襲う。
人狼の呪いは満月の夜、転化した人狼に噛まれることで「感染」する。満月に転化した人狼の血を浴びる、もしくは飲むなどしても人狼になることはないが、どのような防御策を取ろうとも噛まれた場合は100%の確率で呪いの感染が成立する。
噛まれた人間が大人だと85~90%の確率で死亡するが、子供の場合は年齢が下がれば下がるほど死亡率は低下することが分かっている。しかしこれはあくまで「低下」でしかなく、子供の死者も大勢出ている。解呪方法は成立しておらず、噛まれた場合は夜が明けるまで呪いに耐えるしか生き延びる方法はない。
大人の死亡率が極端に高いのは、人狼の呪いが肉体に細胞レベルからの変異を引き起こすものであるため。人間の細胞には寿命があり、それぞれの部位によって期間は異なるものの周期的に細胞は入れ替わる。しかし人狼の呪いは強制的に細胞の造り変えを起こし、「人間」の細胞から「人狼」の細胞へと変えていく。その負担は第二次性徴を終えた人間には負担が大きすぎるが、まだ成長途中にある子供は大人に比べ順応性を残しているという。そのため子供の生存率は大人に比べ高いというのが研究者の見解である。
しかしこの呪いで真に恐れるべきは死亡率ではなく、感染の拡大速度である。噛まれた人間は確実に人狼になることが判明しており、被害者は噛まれたばかりで姿が変わっていなくとも性質は人狼と変わらない。人狼への細胞変異は噛まれた直後から起こるため被害者はその激痛で狂乱し暴れまわり、また四つん這いになって獣のように動く。更にその時に被害者が他の人間を噛むことが大問題で、満月が登っている間は被害者に噛まれても人狼の呪いは感染することが判明している。そのため、被害者の生死に関わらず人狼の呪いは爆発的な感染拡大を引き起こし、小さな村の住民が連鎖的に噛み合ったことで全滅していた、というケースが過去の記録にはざらにある。
[変異による変化]
細胞が人狼のものに変わることで、周期的な転化が起こる身体になる。またそれによって身体能力が大幅に上昇、五感が実際の狼に近いものになる。代謝が非常に良く、爪や髪は人間よりも早く伸び、自己治癒力、再生能力も高い。ただし銀製の武器による傷は例外で、自力で治すには非常に時間がかかる。
細胞変性による最大の変化として、魔力の瞬間生産力が爆発的に増加する。人狼の尋常でない膂力及び身体機能の原理がこれにあたり、瞬間的に生み出した魔力がそのまま筋肉や神経を強化するため鉄の柱を簡単に折り曲げる、弾丸を直前で回避するなど並外れた能力を発揮する。
生殖については、それに関わる機能も狼に近いものになる。呪いは遺伝しないことが医学的に立証されており、生まれる子供は普通の人間。多くの人狼がパートナーの匂いを「かなり好ましい」と感じていることから微量に放たれるフェロモンを嗅ぎ分けることも可能らしい。
その他に、嗜好品などの変化が起こる場合がある。顕著なのが匂いや音に関するもので、それまで好んで身に着けていた香水が合わなくなる、匂いの強い食べ物を極端に嫌う、ロックやヘヴィメタルなどの激しい音楽を聴かなくなる、など、鋭敏になった感覚に応じた変化は表れやすい。
[対策と背景]
国によって対処方法は異なるが、近年では【警邏隊】が主導する人狼を番号で識別化し登録するシステムを採用している国が多い。
人狼対策が最も進んでいるのはイギリスで、人狼に対する徹底した監視と情報管理が行われている。背中に区分を表すアルファベットと番号、コードを特殊な技法で彫り入れる。満月が近付くと人狼専用のシェルターを解放したり、専用の鎮静薬を投与するなど支援も充実している。しかし人狼は犯罪率が高い傾向にあり、故意に満月の夜に転化し人々を襲う人狼も存在し、イギリスでさえ【討伐隊】の活動が一向に減少しないのは事実。
人狼に対する世間の風当たりは強く、迫害を受け負の連鎖が起こるケースも少なくない。国によっては人狼だと判明するとそれだけで投獄・処刑され、動物同然、あるいはそれ以下の扱いをされる地域もあった。
専用の鎮静薬である『睡狼薬』の製法が確立されてからはそういった非人道的な扱いに疑問を抱く声が増えたが、明確に人狼の人権が認められるようになったきっかけは皮肉なことに第一次魔力世界伝播大戦という「戦争」だった。人狼の戦闘能力は軍が見ても一兵卒以上のものであり、「人狼一匹で兵士十人以上の戦力」と評価された。それによって人狼は少しずつ地位を上げていき、その存在を各国の上層部に認めさせる。戦後多くの人狼が世界に「自分達は理性を持った『人間』であり、望んで理性を失い獣に成り果てているのではない」と訴えた。
そういった経緯から現在人狼は「人間」だと認められ、人権を獲得した。各国の都市部では政府が課す規定を遵守するなら一般人と変わらない生活を送ることができるようになっているが、末端には行き届かない部分もあることが課題点。森や山で生活したり、獣人のコミュニティに加わる人狼もいるという。
終転人狼
基本等級/B
基本危険度/S
(以降の基本情報に変化無し)
人狼の呪いは満月の夜以外に広がることはないが、その例外が終転人狼。終転人狼は満月の夜以外でも噛み傷によって呪いを広げる存在で、討伐隊や警邏隊がどのような手を使ってでも狩らなければならない人狼である。
終転人狼は人に戻れなくなった人狼で、完全に正気を失っている。母数は少ないがその九割以上が大罪人ないし重度の精神疾患患者だという。終転人狼が何故平時でも呪いを広げることが出来るのかは分かっていないが、一説では終転人狼になる人物の歪んだ精神が、本来「満月の夜しか呪いを広げられない」という人狼の性質を歪ませ、「噛めばいつでも誰にでも呪いを感染させる」というものに変えているのではないか、と云われている。精神の在り方は〈魔力世界〉の人間にとって大切なものではあるが、それについての研究は進んでおらずまた終転人狼を研究することはほぼ不可能であるためその真実は明かされていない。
睡狼薬
英名/Wolfsbane Potion
種別/鎮静薬
材料/トリカブト、ヒプノスネム、バレリアン、クレーテビーン、大蛟の酒石、新月草の球根、アルビノのヤモリの尻尾
製法/(開示不可)
必要資格/第一級魔法薬調合師 区分“夜”及び“魔女”
現時点で唯一、人狼の無力化を可能にする薬。満月が登る前にこれを飲むことで人狼は満月が登っている間に転化はするものの目覚めることなく眠り続け、次に目が覚める時には人間に戻っている。
効果は強力な生命活動の鎮静。呼吸や脈拍を大幅に落とすことで服用者を冬眠に近い状態にする。
調合が非常に難しい魔法薬で、少しでも誤りがあれば服用者は鎮静過剰で呼吸や心臓が止まるか、効き目が薄く途中で覚醒し暴れるかのどちらかになる。製法を学ぶには『契約』を結ぶ必要があるが、僅かな誤りが未曽有の災厄の引き金になりかねない人狼の性質を考えれば当然のことである。
開発したのは『幽暗の森』に住むとある高名な魔女。元々幽暗の森には少なくない数の人狼が追手から隠れ住んでおり、彼らに完全な安眠を提供するため睡狼薬は作られた。幽暗の森には魔女の学校があり、睡狼薬の調合試験もそこで行われる。外部から試験を受けるには十年以上の調合歴を持つ資格所持者か、幽暗の森出身の魔女もしくは魔法使いの推薦が必要。
獣血剤
魔獣の血から作られる液体。興奮剤の類いで、魔獣を故意に暴走させる他、人狼を強制的に転化させる場合にも使われる。脳によるストッパーを外すため理性は当然無くなり、本能のままに暴れ回る。人狼がこれを使った場合はかなりの確率で完全に理性を失い、人間に戻れなくなり『終転人狼』へ移行する。当然ながら製造・所持及び使用を禁止されているが、今でも裏のルートで取引が行われている。




