Doubt-2
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ジンと刀也は森の番人・ジョンに連れられ、大森林の奥に向かって歩いていた。積雪に加えて起伏に乏しい地形、そして同種の針葉樹の幹が無数に立ち並ぶ。
「ここだな」
しばらく歩くとジョンが突然立ち止まり、ある1本の木を指す。その木には何やら大きな傷が付けられているようだが……。
「ジョンさん、その印は一体……?」
「これは俺の付けた目印だ。2人共、後ろを見てみな。どこから歩いてきたか分かるか?」
ジンと刀也はジョンに促されるまま振り返る。
「あ……あれ?」
「……なるほど。神隠しの正体はこの森の地形か」
ジンも刀也の発言を聞いてすぐに意味を理解する。360度、どこを見渡しても同じ景色が目に映るのだ。
「その通り。この森の神隠しの伝説には、遭難を容易にしてしまうカラクリがある。
まず一つは森を形作る、この針葉樹だ。ここまでの極寒に適応している植物は限られているからな、どこをどう見ても同じ種類の木しか生えてないのさ。結果、風景で道を判別するのが難しくなっているんだ。まだこれだけならいいんだが……
二つ目、この森は山じゃないってことだ。傾斜のある山だったら最悪遭難しても、下るか上るかすればたいていは何とかなる。しかしこの森はそうじゃない。地形的にはどこまでも続く広大な平地……一度迷ったら最後、無事に戻るのは至難の業だ。
もっとも今は積雪があるから、足跡を辿ればなんとかなるかもしれないが……まぁ、あまりアテにしない方がいい。些細なきっかけで簡単に消えてしまうモノだからな。
――そして、ここからが重要だ。さっき渡したタグを拾ったのが、ちょうどこの辺りになる」
刀也はジョンから受け取ったタグを取り出す。汚れの付着があるものの、失踪したランク6のものに間違い無い。
「ふむ……とにかく、ここから奥を探さなければ来た意味も無い。それに対策は考えてある」
「対策? 何かいい案があるのか、刀也」
「ああ。といっても単純なことではあるがな」
刀也はタグに続いてネクサスを取り出し、通信を始めた。すると――
『……あ、繋がりましたね。聞こえますか、刀也さん』
「成功だな。ノイズはあるが、会話に支障はあるまい」
刀也の端末から聞こえたのは、村に残してきたサラの声だった。ジンは慌てて自らのネクサスを取り出す。
「圏外……村と違ってこの森は通信圏外だ。刀也、どうやって?」
「これは電波塔経由の広域通信ではなく、端末間の直接通信によるものだ。エリア1で受信強化の機器を手に入れ、それをアールミラーに渡しておいた。これで通話は勿論、俺たちの位置情報もアールミラーが把握してくれる。試しにかけてみろ」
ジンはネクサスを操作し、サラの端末番号を指定して直接通信を試みる。すると、すぐに繋がった。
『あー、あー。聞こえるかな、ジン君』
「ええ……こちらもノイズは入りますが、問題無く」
『うん、大丈夫そうですね。こちらで簡易的ではありますが、位置情報を掴んでいます。しかし受信強化装置という仕様上、私からお2人にかけることは出来ません。そこだけ注意してください』
「分かりました。よろしくお願いします」
流石は刀也、オールドライブラリで下調べをしていただけはある。通話だけでなく位置情報の取得まで出来る、ネクサスの利点を生かした有効な遭難対策だ。村に残ったサラの端末を起点に、地図と照らし合せて位置関係を把握しているのだろう。
最新のテクノロジーを活かした先進的な対策に、ジョンは驚きつつも感心していた。
「ハウンドか……すげぇ組織みたいだな。にしても最近の電話は進化してるんだなぁ」
「はは……とにかく、そろそろ始めようか?」
「そうだな、時間を無駄には出来ん。手分けして奥へ進むとしよう。何かあれば連絡を。アールミラーは先の通りだが、無論距離の近い俺とも直接通信は出来るだろう。もっとも受信強化装置が無い分、位置情報は分からんがな。
よし、ではこれより捜索を開始する。ジョン、ここまでの案内を感謝する。後は――」
「――いや、俺も手伝おう。自分の位置を見失わない程度の範囲にはなるが、この件は番人として他人事ではないからな」
「そうか。改めて感謝を。どうかよろしく頼む」
「何かあったら俺は一度小屋に戻ることにする。……あんたらと違って連絡手段は無いからな。では、互いに幸運を祈るとしよう。くれぐれも迷うんじゃないぞ」
「ああ、承知している」
刀也はジョンと握手を交わし、互いの無事を祈る。そしてジョンが一足先に森の奥へと進んでいった。木の根が露出し足場が悪い中、いかにも歩き慣れた動きでどんどん遠くなっていく。
「……」
「……ジン? どうした、俺たちも行くぞ」
「……ああいや、何でもないよ。じゃ、刀也も気を付けて」
――捜索開始からおよそ2時間。
ジンは適当な倒木に腰を下ろし、一息つく。
「歩けど歩けど同じ景色、これといった発見も無し……か」
天気は快晴だが木々の密度が濃く、日の光がかなり遮られてしまっている。それ故森全体が薄暗く、積雪もあって中々痕跡を発見できない。
「……ん?」
ジンの耳が音を捉えた。何かの足音のような音だ。真っ直ぐにこちらに近づいてくる。
(……音が軽く、早いし多い。少なくとも人じゃない。なんだ……!?)
すぐに立ち上がり、戦闘態勢に入る。左手には散弾銃、右手には陽炎を構え、足音の主を待ち受ける。
「――ッ!!」
足音の主が姿を現した。灰色の毛並みを持った四足歩行の獣。低い声でこちらを威嚇する、イヌ科の動物だった。
しかしジンは喰らう者ではない、と気を抜くことはしなかった。何故ならその動物の口元には、真っ赤な血が付着していたからだ。




