Doubt
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エリア1・ハウンド本部。
ランク2の到着により、1人を除いた全員が集結した。最高司令であるマクスを中心に、小さな長机に全員が座る。(アームドアーマーを纏ったアームズは立ったまま)
ここにいる者は対喰らう者戦闘における、人類の誇る最高戦力たち。所謂『トップランカー』と呼ばれる、5の数字までの上位数字持ちだ。
ランク5:竹内拳二。
格闘戦に特化したVウェポンを使用する、近接戦闘のスペシャリスト。その高い戦闘力は誰もが認めるところであり、本来危険な1対1の状況をむしろ得意とする戦闘狂。また5年前のハウンド設立当初からの構成員の1人であり、25歳という若さながら経験豊富なベテランと言える。
ランク4:マイルズ・カーター。
元バーテクス正規軍出身の兵士であり、高い指揮能力と伝説的な狙撃技術で名を馳せた老兵。ウォーウルフ隊として私兵を3人従えており、それぞれが高い専門技能を持っている。そのため高度で幅広く、安定した作戦遂行が可能。様々な方面に繋がりを持ち、喰らう者と戦う者たちの間ではかなり顔が利くのもランクの高さに影響している。
ランク3:アームズ。
兵器の名を冠する正体不明の数字持ち。バーミリオン社の実験兵器をその身に纏い、多種の重火器で対多戦闘に無類の強さを発揮する。音速を超える飛翔能力、徹底的に敵を殲滅する火力を備え持ち、あらゆる局面に強引な介入を可能とする。結果ハウンドに参加して、僅か1年でここまでの地位に上り詰めた。一説ではアームズは人間ではなく、機械であると噂されている。
ランク2:ファング・マクヘイル。
元代理人という特異な遍歴を持つ男。緋色合金製の短双剣を中心に、銃器や爆発物など手段を選ばず敵を殺害する、暗殺者のような戦闘スタイルが特徴的。マクスの腹心であり、通常の依頼は受けずマクスの指示でのみ動く特殊な立ち位置にある。
無論ハウンドの戦力はこれだけではないが、ここにいる4人は別格と言える。言わば組織の顔のようなもので、彼らの活躍があるからこそハウンドは、バーテクス正規軍をはじめとする各方面の協力を得られている。
そんな彼らが集った理由。それは総司令であり、彼らの雇い主でもあるマクスの口から話された。
「――『人間の喰らう者化』の実験施設だぁ……!?」
拳二の口から驚いたような、しかしどこか疑うような感情を混ぜた声が漏れた。マクスが話を続ける。
「ああ……これはマイルズの方から来た情報でね。内容が内容だから話すか迷ったが、やはり君たちだけには話すことにした。ハウンドが誇る、最高戦力の君たちには。
重ねて言うが、この事はくれぐれも口外しないように。調査の方は極秘裏に僕とマイルズで続行する」
「それはいいけどよ……わかんねえぜマクスさん。極秘裏に調査すんなら、俺やこの機械野郎に言う必要は無い気もするんだが……」
「いや、言う必要があると判断した。その研究を主導していた組織の名はエボルブという。知っての通り、医療機関の大部分を掌握するバーテクス正規軍傘下の公的機関だ」
「なっ! それマジかよ……!?」
拳二は驚きを隠せない。エボルブの名は良く知っていた。このハウンド本部と同じ第2層にある病院は、エボルブが運営する公的な病院だ。そこらの医療に心得のある個人が営業する医院とは比較にならないほどの設備・技術で、医療の最先端を走る有名な場所。
また設備だけでなく、この世界で一般的に流通してる医薬品は、ほぼ全てがエボルブで生産されている。それ故エリア1の外側であっても、エボルブのロゴマークに見覚えのあるものは多い。エリア1に住んでいるなら尚更の事だ。
ランク2・ファングが遂に口を開く。口元はマフラーに隠されているが、丁寧な言葉遣いが聞き取りづらさを感じさせない。
「――なるほど。真の敵は身内かもしれない、ということですね? 正規軍は裏で喰らう者と繋がっている恐れがある」
「その通りだ。あれだけの施設、正規軍が無関係とは思えない……繋がっているとしたら、十中八九スティールの存在があるだろう」
マクスの一言に、場の空気が淀む。人類最後にして最大の拠り所に対して、疑心暗鬼にならなければならないのだ。
少しの間の沈黙をマイルズが明るい声色で破った。
「まァ、お前らはくれぐれも後ろに注意しろってことだ! この件は俺の方でも探ってみるから、お前らはそこまで気にしなくても――」
「――いや、後ろだけでなく横からも注意するべきでは?」
マイルズの声を遮った、殺気立った声。ファングのものだった。
「……どういう意味だ、そりゃ」
「言った通りですよ。横に並び立って共に戦う者にも警戒を……ハッキリ言うと、最近入った妙な力を持つ新人の事です」
「……それは、」
「話は聞いていますよ。べノムの力をその身に宿し、焔の異能力を行使すると。ボスが認めた人材ですから、口を挟むつもりはありませんでしたが……あまりにも符号が揃い過ぎてはいませんか?」
あくまで客観的に、冷淡にファングは述べる。
「――てめえ!! ジンが裏切者だって言いてぇのか!? 表に出ろやコラァ!!」
拳二が怒声を放ちながら、机に乗り出して殴りかかろうとする。ちょうどファングは拳二の向かいに座っており、今にも殴られそうになったが――
「おおっとォ!! 落ち着けよ小僧。別にファングの意見はズレちゃいねぇだろうが」
隣に座っていたマイルズが間に割り込み、拳二を強引に抑える。
「オッサンまでそんな事言ってんのか!? アンタはジンと一緒に戦ったんだろ? なら――」
「勿論分かってるさ。だから落ち着けよ、ここで喧嘩しても何にもならんだろうが」
激昂した拳二をなだめるのは難しく、マイルズがどうしたものかと首を傾げたその時。不意に機械音声が場に響いた。
『――戦闘モード起動』
アームズが動いた。
手に持ったマシンガンを凄まじい速さで真横に向ける。銃口の先にはファングがいた。
――が、発砲は無い。ファングに突き付けた銃口に、危険な異物を逆に突き付けられたからだ。ファングは目にも止まらぬ動きで、手榴弾を盾にするように構えていたのだ。
『……』
「……流石に驚きました。まさかあなたも新人君に入れ込んでいるとは。何があったかは知りませんが、噂は所詮噂……ちゃんと人間でしたか」
『……』
「やれやれ、だんまりは変わらずですか。しかし、別に僕は間違ったことは言っていません。その恐れも十分にある、と仮定の話を言っているだけの事です」
とても会議とは思えない、まるで戦場のような空気が張り詰める。アームズもファングも正に一触即発……いつ殺し合い始めてもおかしくない状態にあった。またアームズが動いたのが余程意外だったのか、拳二とマイルズはすっかり動きを止め、唖然とした表情で2人を見ていた。
ここでマクスが呆れたように言った。場の緊張感を一気に解く、柔らかな声だった。
「――はぁ……2人共、もうやめてくれ。ここで君たちがやりあったら本部が台無しだよ。これでも結構高いお金を使って作ってるんだから」
鶴の一声、とはまさしくこの事。ファングから迸っていた殺気は一瞬で消え、またそれにならってアームズも渋々銃を下す。
「分かっています。本気でやろうなんて思っちゃいませんよ、ボス」
「ハハ、どうだか。……とにかく伝えたかったことは伝えたから、正規軍と合同の本会議がある夕方まで一時解散にする。裏が取れるまでは口外厳禁、しかしどうか気に留めておいて欲しい」
「――さーて小僧、昼飯にでも繰り出すとするかァ! たまには付き合えよ」
「痛てっ! 分かった、分かったから肩組むのはやめろオッサン! 歳考えろ!」
どこか不機嫌そうな拳二を、半ば強引にマイルズが連れ去った。騒がしくしながら本部を後にする。
『……』
アームズも少し遅れて本部を後にした。相変わらず無言のまま、1人でどこかへ行ってしまった。
本部にはマクスとファングだけが残っており、静かな時間が訪れた。
「……ボス、僕は本気でジンとやらの事を疑っています。なぜあのような得体の知れない者を、ハウンドに参加することを認めたのかは分かりませんが、疑わしきは殺すべきだ。指示さえあれば、今すぐにでも」
「やれやれ、ホント物騒だねファング。そこが長所でもあるんだけれどね。とにかく彼は大丈夫さ。ある程度信用はできると思っているし、既に監視は付けてる。問題無いよ」
「そうですか、ボスがそう言うのであれば、僕もこれ以上は何も言いません」
「ああ、そうしてくれ。それはそうとファング、実は君に頼みたいことが――」
会話の途中、マクスのPCから音が鳴り響く。ビデオ通話が入って来ていた。
「おっと……ゴライアスからだ。
――やあゴライアス、僕の招集サボって何してるんだい?」
『ああ悪い。ちょいやることができちまってな』
PC越しに届いたのは、低い男性の声。電波状況が悪いのか、映像はうまく映らず音声もノイズが強い。
「やること? また現地の依頼を好き勝手に請けてるのか、君は」
『そうじゃねえよ。それより聞いたぜマクス。最近新人を入れたそうじゃねえか。俺には連絡が来てなかったが』
「そのことか。済まない、忙しくて忘れてしまっていてね、中々の有望株だ、すぐに――」
『クク……とぼけてんじゃねぇよ。ファングから聞いたぜ、喰らう者もどきの胡散臭い奴なんだろ?』
「――! ファング……何故……!」
「いえ、僕はただ情報共有をしただけですよ。これといって他意はありません」
ファングは無表情のまま言った。
他意は無い、とはよく言ったものだ。ゴライアスという男がどういう存在なのか知っている癖に。
(そうか、『やること』っていうのは、そういうことか。だが……ファングが言わずとも、どの道こうなっていた。遅いか早いかの違い、いずれはジン君が超えねばならない壁だ)
マクスは覚悟を決めたような、或いは諦めて開き直ったような心持ちでPCに向かって言葉を放った。
「なあゴライアス、彼は仮にも僕が認めた戦力の1人だ。出来れば殺さずに――」
『ハッ、そりゃ難しい相談だな。いつも言ってんだろ、喰らう者は皆殺しだってな。それにもう向かってんだ、今更引き返せねえし、引き返すつもりもねぇ』
「……そうか。なら一つだけ頼みがある。総司令官としての命令だ。
ゴライアス、少しの間だけでいい。彼の戦いを見てやってくれ。そこに少しでも『人間』を垣間見たのなら――」
『くどいぜ、マクス。……だがまぁお前にそこまで言わせるとは、少し興味は湧いた。気が乗ったら死体くらいは持ち帰ってやるよ。じゃあな』
男はそう言い残して通話を切った。
男との通話を終えた瞬間、マクスはガクリと肩を落とし、深くため息をつきながらファングの方に向き直った。
「はぁ……全く、やってくれたじゃないか、ファング」
「何のことだか分かりません。ですが彼の意見はもっともです。喰らう者は皆殺しにしなくてはいけません。そのためのハウンドでしょう」
そんな事は、分かっている。
そう口に出したかったが、今の自分がやっていることは、その考えからは逸脱する。
すなわち限り無く喰らう者に近い存在を仲間に迎える。これは一種の裏切り行為とも取れる、そう2人に言われている気がした。
マクスは窓の外に視線を投げる。
(それでも、僕はあの瞳に『人間』を見た。誰よりも強い、復讐の意思を見たんだ。だから君を信じよう。君とゴライアスの向いている先は、きっと一緒のはずだ)
通話相手の名は『ゴライアス・オニール』。
ランク1に君臨する、人類最強の男だった。




