Spirited away 『神隠し』-2
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「……ん……」
目覚めて早々に耳に届く、遠い剣戟の音。ジンと刀也の声も一緒に聞こえる。窓からは眩しいばかりの日光が差し込み、暖炉の火は下火になっていた。
サラはソファーの上で身を起こし、身体を伸ばしながらネクサスの画面を確認する。
(時間はまだ早いけど……準備、始めようかな)
音は遠いが、聞こえる音の間隔が短く、激しい戦いであることが分かる。にも関わらず、ジンと刀也の声はどこか楽しそうに聞こえた。
「はぁっ!!」
ジンは気合の乗った声と共に陽炎を振るう。身体には焔を纏い、実戦さながらの身のこなしで激しい斬撃を連続で繰り出す。
もっとも刀身には焔を纏わせず、訓練故に峰打ちであったが。
「ふむ……攻撃はこんなところか」
対する刀也は防戦に徹している。神薙をジンと同じく峰で構え、熟練の剣術で簡単に斬撃をいなしていく。最小限の回避を可能にする見事な体術、強力な力を流すようなその動きに、ジンはただ体力を消耗させられるのみ。
「今度はこちらから参る!」
刀也がそう言い放った途端、一気に戦況はひっくり返った。防戦に徹していた刀也が、突如として攻撃的な動きを見せる。結果として今度はジンが防戦一方だ。
――だが、防御は出来ている。
刀也が繰り出したのは、普段の攻撃とは一風変わった連撃。基本に囚われない、変則的な舞の如し斬撃だった。しかしジンはその攻撃を見切り、しっかりとガードを重ねていく。
峰打ちというのもあるが、それ以上に慣れてきているのだろうか。神薙の軌道が昨日よりも良く見える。
(よし……! 何とか対応できてる! これなら――)
刀也の繰り出した片手のみでの横薙ぎ一閃。一見して高速の連撃の中の一振りに過ぎないが、若干タイミングを外している。今までの攻撃とは違うリズムで届くように計算された、熟練の一閃だ。
しかし、それが見えていれば恐れることはない。分かってさえいれば、ただのぬるい攻撃に過ぎない!
「ここだっ……!」
「むっ……!?」
ジンはここぞとばかりに、横薙ぎに合わせて強く陽炎を衝突させた。完璧にタイミングを合わせた斬り上げは、刀也の神薙を大きくカチあげた。
「――貰った!!」
刀也が刀を戻す前に、踏み込んで斬撃を入れる。遂に訪れた千載一遇のチャンス、絶対に逃せない大きな隙だった。
――が、その瞬間視界が塞がれる。冷たい何かが飛んできて、ちょうど顔面に直撃したのだ。
「わっぷ!?」
「――斬ッ!」
視界が塞がれたその一瞬に、決着が着いた。ジンの額のコンマ数㎜前、神薙の刃が既に寸止めの状態で止められていた。
「――あ……」
いや、よく見るとこれは峰だ。
刀也の振るう渾身の上段斬り。寸止めされた神薙が峰だったと気付かないほどの、研ぎ澄まされた一閃だった。仮に峰ではなく刃だったとして、しかもこれが実戦だったとしたら……脳天から縦一文字、ジンの身体は寸分狂わず2つになっていただろう。
「――ここまでとしよう。アールミラーも起きたようだし、少し早いが天気もいい。出発としよう」
「あはは……流石は刀也さんですね。おはようございます、ジン君も」
サラが苦笑交じりに歩み寄ってきた。いつから見ていたのか、戦いに集中するあまり見えていなかった。
「しかし刀也さん、見てましたけど……目潰しなんて卑怯じゃないですか?」
「フハハ、何を言う。その場にあるものの有効利用は、戦闘において重要な要素だ。なにはともあれお疲れ様だ、ジン。朝から良い汗をかけた。例を言うぞ」
「え、ああ……うん、こっちこそ手合わせありがとう」
そう言って笑いながら刀也は廃屋に戻っていった。
「全く……ジン君、大丈夫ですよ。私はアレは卑怯だと思いますから!」
「あ、ああ……そうです……かね。とにかく、おはようございますサラさん」
ジンはサラに挨拶を返しながら、顔を拭った。あの時視界を奪ったものの正体、それは刀也の蹴り上げた雪……そう分かったのは、刀也とサラの会話を聞いてからだった。
(昨日よりはまだやれた……気がするけど、やっぱり遠いな……)
徐々に遠ざかる刀也の背中を見つめる。
ジンは負けに対する悔しさと、手合わせしてもらったことへの感謝を胸に抱きながら、刀也の背中を追いかけるように歩き出した。すぐには難しくても、いつかあの背中を任せて貰えるようになりたい。
夜中の素振り中にふと自覚した、自分の願い。幾度も苛烈な戦いを越えてきて、道がようやく見出せたのだと。そう刀也に伝えたかった。
しかしジンには……刀也に話すことが出来なかった。
一行はこうして山道を再び進み始めた。北上していくにつれ、徐々に道がなだらかな平野になっていく。気温は低くなっていく一方だったが、歩きやすくなっていくのは有り難い、とジンは思っていた。
この近辺は既に正規軍の占領圏外だったが、意外にもいくつか現地民の集落があった。喰らう者の出現が少ないと言われているだけあって、自給自足で暮らす者も所々に点在しているようだ。刀也曰くは戦いから逃げた世捨人、とも言えるらしいが。
意外に思ったことがもう一つ。ここまで来てもネクサスに電波が届いていることだった。繰り返すようだが北方には喰らう者の出現が少なく、お陰で電波塔の建設が広い範囲に及んでいるらしい……が、恐らくは研究所が各地に存在するからだろう。あんな実験をやっている場所が他にもあると仮定すれば、その場所は人目に付かない場所であると考えられる。であればこの広範囲の通信圏も説明できる。
……しかし、あくまでそれも仮定の話。今考えるべきことではないというのは、よく分かっている。
集落から集落へ渡り歩いて数日間。目立った問題も無く、ようやく一行は目的地に辿り着いた。
平野ながら木々の多い土地に位置する、とある小さな村。そのすぐ近くにある、神が宿ると噂される大森林。その森林こそが、『神隠し』の伝説を孕む未知の領域だった。




