Spirited away 『神隠し』
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ジンたちは極寒のエリア2を北上するため、雪に覆われた山道を進んでいた。当面の目的地は、謎の失踪を遂げたランク6と、同行していた代理人から最後に連絡のあった地点。相当な北方の座標を示しており、そこまで行くとほとんど未開の地と言って良い程の地点だった。
幸い天気に恵まれ、ジンとサラは歩きながら刀也からの依頼の説明を受けていた。
「――先にも言ったが、今回は北方に逃げ込んだ喰らう者の追跡中、行方不明になったランク6の捜索・生死確認が主な仕事になる。
失踪した数字持ちの名は『サイモン・バークレー』。俺も良く知っている……古参の元正規軍兵士の男だ」
「ランク6……かなり高ランクの方ですね。追っていた喰らう者の情報は?」
「通称『スパイダー』。数年前からその存在は認められており、幾度と無くハウンドの手から逃げ続けている厄介な個体だ。カテゴリーはA、何人もの数字持ちを殺害している」
――スパイダー。ハウンド内ではそこそこ名の知れた、カテゴリーAの個体だった。名は変異体の姿からそう呼称しているほか、喰らう者自身が自称したのが確認されている。
特徴としては、変異体になると腕が左右各2本がそれぞれ胸部・腹部から生えてくる、というもので、通常の手足に追加の腕合わせて8本になるという。また眼球の追加も確認されており、視野角も広がって中々隙を作れない難敵のようだ。
そして何より特筆すべき点は、強靭な糸を生成する異能力を持っているという事。それを使って相手を拘束、その後生きたままの捕食を行う……というのが常套手段らしい。
(……なるほど、確かに『蜘蛛』そのものだな。アリゲイターといい、喰らう者はあまり自身の名には深い意味を持たせないらしい)
ジンはそんな感想を抱きながら、山道を進む。方面こそ違うが、マイルズたちと調査した研究所よりも更に北へ突き進んでいる。徐々に気温は下がっていき、木々の姿も少なくなっているのが分かる。
「奴自身、通り魔的犯行を繰り返す輩でな。引き際の良さもあって中々手を出せずにいたが……ランク6が遂に深手を負わせることに成功、そのまま追撃していたようだ」
「でも逃げ込んだ先は極寒のエリア2……ちょっとおかしくないですか?」
サラが難しい顔で言った。
ジンとしてもそれは思っていた。何故なら敵組織スティールの本拠地はエリア5にあると言われているからだ。であれば考えられることは一つ。
「……組織に所属してない個体、ってことになる。そうだろ刀也?」
「アールミラーも流石だが、お前も大したものだ。元々スパイダーの犯行は無秩序なもので、被害のほとんどが一般人ゆえ、目的もただの捕食と考えられる。数字持ちの殺害もただの反撃という訳だ」
「そうなのか……喰らう者の全てがスティールに参加している訳じゃないんだな」
「ああ。それに実際の所、スパイダーはそれほど直接の戦闘力が高くない。俺も一度やり合ったことがあるが……生き延びている最大の理由は、やはり引き際の良さだろうな。俺と二、三度打ち合っただけで奴は引いた。瞬時に勝てないと悟ったのだろう。俺が瞬時に勝てると直感したようにな」
「でも、スパイダーは今回深手を負っていた。それに追撃したのはランク6、とても逃げ切れるとは思えないけど……」
「ああ。そんな状況でこの失踪だ。何かあると思ってな。オールドライブラリで少し調べたんだが……嫌なことが分かった」
「嫌な事?」
「これから向かうエリア2の北方……10年ほど前から、何度か行方不明者が出ているようだ。表沙汰にはなっていないがな」
「それは……」
「何があるかは分からんが、あのサイモンが何らかの不覚を取ったのは間違いないだろう。念には念を入れ、お前たちに来てもらったという訳だ。マクスにも既に伝えてある」
向かう先は全くの未知。形容し難い不安の念を抱いていたが、ジンはそれほど委縮している訳では無かった。
――武器はある。頼れる仲間もいる。何が待っていたとしても、必ず打倒してみせる。
陽炎を少しだけ見つめて、ジンは険しい山道を進む。
時を同じくして、ジンたちの行った道を追いかける者がいた。
「――足跡は残ってるな。ボクでも何とか追えそうだ」
積雪に残るブーツの跡。レイザーはそれを見ながら、気取られないよう距離を空けて追跡していた。あの研究所から更に北方、正直どこに向かっているかは分からないが、とにかく今は追跡に専念する。
(寝首を掻くのもいい。戦闘になるなら、隙を突いて横槍を入れるのもいい。もう手段は選ばない……選んでられない)
あの時、目の前に無残に散った親友を思い出す。尊敬し、姉のように、いや母のよう思っていた人も死んだ。最期を見届けることすら出来なかったけれど。
「必ず殺してやる……半端者に、負けたままではいられるか……!」
復讐に憑りつかれたレイザーの姿。激情のままに動き、エリア3と2の境にある小さな港町の人間には、もはや興味も抱かなかった。
喰らう者の人を喰らう、という本能を超え、レイザーは前に進む。全ては復讐のために。その在り方は、奇しくも『人間』に似ていた。
すっかり日が落ち、夜になった。ジンたちは既に山道を抜け、集落の跡と思われる場所にいた。そしてそこに並び立つ木造の廃屋で夜を明かす事になった。
廃屋にはほとんど損傷が無く、古いが建物としての形をそのまま残していた。一行は不審に思ったが、流石に屋外では夜を明かすのは厳しい。警戒しながら屋内に入る。
屋内とはいえ気温は極寒。防寒具を着たまま廃屋内に危険が無いかを調べ回る。
そんな中、サラがあるものを見つけた。
「あ……ふ、2人共来て下さい!!」
サラの大声にジンと刀也は急いでサラの下へ向かう。……が、危険を発見した訳ではなかった。
「どうした? ……む、暖炉か。薪も残っているようだな」
「はい。早速使ってみましょうか」
当然ながら電気は来ていないので、暗闇を炎の暖かな光だけが満たす。人心地着いた、とは正にこの事を言うのだろう。
その後はジンと刀也で室内をもう一回りし、安全を確認した後に暖炉の前に戻った。携帯食料を口にしながら、長時間の雪道で疲労した体を休める。
その時、ふとジンは刀也に尋ねた。少し気になっていることがあったのだ。
「そういえば刀也、拳二さんは? 同行してたと思っていたけど……」
「拳二か。俺がこの依頼を受けることになったのは、拳二がエリア1に呼び出されたのがきっかけでな。何でも高ランクの数字持ちと一部の代理人、そしてマクスを交えた会議を行うらしい」
「会議……もしかして」
ふとサラが呟いた。
「? 何か心当たりがあるのか、アールミラー」
「あ……いえ、何でもありません!」
サラは慌てて前言撤回する。呟きは無意識に出てしまったものだろう。
気持ちは分かる。このタイミングでの会議……それも人の限られた、言わばハウンドにおける首脳陣会議のようなものだ。刀也と入れ替わるようにマイルズがエリア1に戻っていったことからも、研究所で得た『例の情報』の話が出ないとも限らない。
(極秘裏に、しかも個人的に調べるとは言ってたけど……)
ジンはマイルズとの別れ際を思い出した。いずれにせよここは信用するしかない。会議の内容は分からないが、あのマイルズなら心配ないだろう。
ジンが思い出したのは、もう一つ。ネクサスを取り出した。
(高ランクか……アームズも参加するのかな? 会議とか苦手そうだけど……あ、メッセージが来てる)
研究所での戦闘以来ロクに確認していなかったが、アームズからメッセージが来ていた。といっても連絡先はまだ少なく、アームズとサラとマクス、そしてマイルズとその部下だったオリバーとモーリスだけだ。(アレックスはまだ持っていないらしい)それ故頻繁に確認する必要性は薄いが……よりによってアームズからメッセージが届くとは。
『今日昼食に誘おうと思って部屋を訪ねたら、いなかったから総司令に行先を聞いた。帰ってきたら、また私と会って欲しい。ジンが良ければ、また一緒に食事に行きたい。……連絡待ってる』
「……これは……ははっ」
ジンは思わず口元を緩めてしまう。きっとこのテキストを送るのに、長い時間悩んだのだろう。送信時間は午後4時頃……昼食に誘うには遅すぎる。
ギリギリ通信圏内のようだ。ジンはアームズへの返信を打ち込みながら、帰りを望んでくれる人がいるのは良いものだと、そう思った。
エリア1の第4層。キングスバーガー店内に、フードを深くかぶった銀髪の女性がいた。女性は山ほど積まれたハンバーガーを黙々と食べていたが、ふと鳴ったネクサスの通知音で、一旦食べるのをやめた。
『返事、遅くなってゴメン。帰ったらまた会いに行くよ。アームズの方も忙しいだろうけど、今度はまた違うものを食べてもいいかもしれないね。一緒に探してみよう』
画面上に映ったテキストメッセージ。女性にとってその文字列は何よりも嬉しいものだった。頬は紅潮し、口元は緩み、心臓が高鳴る。
「……待ってる」
ポツリと1人、ほんの小さな声で呟いた。




