Samurai edge
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「――なあ刀也、これは一体……??」
ジンは模造刀を手にネイスミス工房の外にいた。同じく模造刀を持った刀也と対峙しながら。
「簡単なことだ。お前の得物が仕上がるまで間……せっかくの機会だ、稽古をつけてやろうと思ってな」
「――!」
それはジンにとって願っても無い話だった。実際今まで身に宿した異能力だけで戦ってきた故、まともな戦闘訓練を受けたことが無い。しかもその相手は各上のランク11、拳二と並ぶ評価を受ける近接戦闘のエキスパートの刀也なら文句など出るはずも無い。
「それは……とても有り難い話だ。是非お願いしたいけど、いいのか?」
「フ……俺としても今のお前の実力を見ておきたい。それに――……」
「刀也?」
「……いや、とにかくまずは模擬戦だな。純粋な近接戦闘の力を計るため、銃も使用は禁止とする。
――さぁ、かかってこい」
そう言って刀也は構えを取る。初めて会った時に感じた、無形の刃でこちらを斬り裂いて来るような殺気は健在だった。
あの時は少なからず怖気づいていたが、今は違う。
(刀也が強いのは知ってる……けど、俺だってあの時のままじゃない。どこまで届くか、試してみたい)
ジンは後ろで2人を見守っていたサラに散弾銃を預ける。
「ジン君、頑張ってね」
「ええ、どこまで行けるか……全力でやってみます」
サラからの激励も貰ったところで頭を戦闘モードに切り替える。一瞬だけ目を閉じて、意識を集中させる。
「――じゃ、刀也。本気で行くぞ!!」
両瞳を真紅に染め、焔を纏う。出し惜しみ無しの全力全開、最大限の身体能力強化で剣聖を継ぎし者に挑む。
目の前に立つ、赤黒い焔を纏う者の姿。その者の人となりは知っている。とても優しく、他人を救うことを第一に考える男だ。
――そのはずなのに、本物の喰らう者と遜色無い強い殺気を感じる。
(ジン本人は無自覚なのだろうが……ふむ……)
勘が告げる。あいつは俺を喰い殺そうとしている、と。そんな事はありえないと分かっているはずなのに、本能が警告してくる。
――思えばジンの人となりは知っていると思ったが、その力は未知数そのものだ。この際あの焔は置いておくとしても、刀也が気にしていたのはそこではなかった。
(ずっと思っていたことだ。なんの戦闘経験も無かったただの技術者が、実力を付けていくのが早過ぎる。
それすらもべノムの力が関わっているのかは分からんが……改めて戦えば、見えて来るものもあるかもしれん)
「――じゃ、刀也。本気で行くぞ!!」
「……ああ。来い!!」
――2人の踏み込みはほぼ同時。互いの刀が火花を散らし、目にも止まらぬ斬撃の応酬が幕を開けた。
刃を持たない形だけの刀。ジンは拳二と戦った時とは違い、一切の容赦無く刀を振るっていた。今の自分に出来る最速の連撃。しかし刀也にはことごとくその全てを防いでくる。
(やっぱり速いだけじゃ駄目か。なら――!)
ジンは刀に焔を纏わせる。爆炎を用いてガードを崩すいつものやり方だ。
「おおッ!」
体重を乗せた渾身の袈裟斬り。自分としても中々の、良い一撃だった。
しかし刀也には通じない。刀で受け止めると思いきや、半歩引くように身体を縦にして袈裟斬りを紙一重で躱す。刀は空を切り、そのまま勢い余って地面に衝突。爆炎が積雪を蒸発させ、白煙のように湯気が辺りに拡散する。
(ガードのフェイント!? しまった……!)
ジンはすぐに後退し、ホワイトアウトした視界で刀也の姿を探そうとするが……。
「どうした、隙だらけだぞ」
斜め前方から喉元に突き出された切っ先。刀也はジンを見失うことなく、正確に捉えていたようだ。
「くっ!」
ジンは刀也の刀を弾き、更に後退することで白煙から脱出する。白煙の中から飛び出してくるであろう刀也の追撃に備えた。しかし煙が徐々に晴れると、そこに刀也の姿は無かった。
「いない……!? どこに……――上っ!?」
刀也は大きく跳躍してジンの頭上から奇襲をかけた。気付いた時には既に回避は間に合わず、受け止めるしかなかった。
「――斬ッ!!」
膂力では勝っているはずだったし、刀也の一撃に備えて普段は右腕だけで扱う刀を両手で持ってガードを作った。それでも刀也の斬撃は止められない。
「うあッ……!」
結果的にガードこそ間に合ったものの、衝撃を相殺しきれずジンの身体は吹き飛ばされた。模造刀は手から離れ、受け身も取れずに地面を削りながら減速していく。
何とか体勢を立て直そうとして模造刀の位置を確認。そして立ち上がろうと考えたが……刀也は一瞬たりともそれを許さない。
地面に仰向けになっていたジンの頬を、強烈な刺突が掠める。
「……」
ジンは思わず言葉を失い、硬直してしまった。模造刀であっても確実に殺すことの出来る攻撃が、無慈悲に叩き込まれた感覚。生きた心地がしない、というのはこの事だろうか。
「……ここまでだな。少し休憩とするか」
刀也はそう言って刀を手放し、工房に向かって歩いていった。
ジンはゆっくりと上半身を起こし、呆然としながら深々と地面に突き刺さったままの模造刀を見て、初めて自分が冷たい汗をかいている事に気付く。
(これは……)
冷たい汗が肌の上を走るこの感覚。全てを奪われた焔を纏うあの喰らう者と対峙した時以来の感覚だった。
この感覚の名を知っている。『死への恐怖』に他ならない事を、よく知っている。
離れていく刀也の背中を見ながら、ジンは歴然たる力の差を思い知る。本来のスタイルである散弾銃を封じられていたとはいえ、焔の力は全開で使用した。一方刀也の方はそもそもの戦闘スタイルの根幹であるVウェポンを封じている。また散弾銃があの激しい接近戦で役に立ったとは思えない。
どちらのハンデが大きかったかと言われれば、それは刀也の方だっただろう。
(ここまで……差があるなんて……)
徐々に悔しさと、己への落胆が込み上げてくる。『どこまで届くか、試してみたい』……なんて考えていた時点で、驕っていたのかもしれない。
気落ちするように考えてしまっていたジンだったが、ふと頬に痛みが走った。手で触れると指先に血が付着した。どうやら頬に刺突を掠めた小さな傷が出来ているようだ。
頬の痛みがジンの記憶を呼び起こす。頭痛と共に脳裏をチラつくのは、声を失ったカガリの姿。最期に頬を優しく撫でてくれたその瞬間だった。
「……そうだ、落ち込んでる暇は無い。俺はまだまだ強くなる……ならなくちゃいけない」
死ぬまで戦う。姉の墓前にそう誓ったのだ、死への恐怖など捨て去れ。
ジンは拳を強く握り締めた。
刀也は呆然とするジンを背中に、模擬戦の感触を心の内で反芻していた。
(身体能力や焔の力は驚異的だが、身のこなしや刀の扱い方は素人同然……しかし)
思い返したのはジンの驚異的な反応と選択。刀也はその点において驚愕にも近い感情を持っていた。
(爆炎を伴う斬撃を外した際に、墓穴を掘って自らの視界を奪ってしまったが……それはいい。あれは俺がフェイクを入れた故に起きたことだ。
問題はその後。唐突なホワイトアウトにジンは冷静にすぐさま後退した。その後の攻撃が防げなかったのは多少の動揺があったのかもしれんが、足を止めなかったのは良い選択だ。その後も視界の確保を優先していたのは良い立ち回りと言えるだろう。不利な状況で戦わないのは重要なことだ。
そして次に上方からの奇襲に対する反応も良かった。あのタイミングでガードが間に合うとは俺にとっても誤算だったし、吹き飛ばされた時も手放した刀を位置を確認していた……)
体術的な面では素人のジンが、これだけの強さを持っている理由が分かった。戦闘においての思考と判断、それらに直感的に長けているのだ。ジンのような浅い戦闘経験でその思考・判断を身に付けるのは不可能。
(なるほど、所謂『天才』だったか……これはべノムの力は関係が無いな。
――言わば今のジンは原石だ。鍛えればいずれは……師や『ランク1』を上回るかもしれない)
刀也の口角が僅かに上がる。自分も修行中の身ではあるが、その未来を想像するとどうしても表情が緩む。
もしそうなれば、この上無く心強い仲間になる。
共に伝説や最強を追う者として。背中を任せる相棒として。




