Awake-3
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ナイフがジンの髪を削いでいく。
目元が見えない程に伸びていた前髪はバッサリ切られ、眉の上まで短くなった。
シンシアが言っていたことを思い出す。
『せめて目元が見えるくらいは前髪を切りなさいよ。そんなもさもさ頭の仏頂面じゃ、女の子にモテないわよ~』
髪を切るには大きすぎるナイフを器用に扱い、側頭部、後頭部の髪も切っていく。
暖かな人達との思い出を、辛くなる前に削ぎ落していくように。
『だから悩めよ、若造。こんな世界でも、お前の可能性は無限大なんだからよ』
いつも痛いくらいに頭を撫でてくれた。
嫌がっているように見せていたけれど、本当は嬉しかった。
ジンは髪を切り終え、ナイフの側面を手鏡代わりに使って仕上がりを確認する。
「はは……。これで少しはモテるかな……?」
ふと頬に残る火傷痕が痛む。顔を伝う雨には慣れたつもりだったが……。
涙を、流したのだろうか。
その頬の痛みはカガリの最期をを克明に浮かばせる。
「――やっぱり俺、喰らう者と戦う兵士になるよ。
最初はみんなを守れるように強くなる、それが1番の目標だったけど、少し遅かったみたいだ。
もう俺には何も無い。だからせめて、皆に誇れる死に方が出来るように、戦い続ける。きっと姉さんは怒るだろうけど……。
でもこの生き方は、俺が選んだ道だ。きっと誰かの未来に繋がっていく戦いにしてみせるよ。
だからまた会えるのは……意外とそう遠くは無いかもしれないな」
ジンは振り返り、歩き出す。これでもう忘れ物は無い。
目指すはエリア1――人類最後の抵抗の砦、バーテクス正規軍の総本部がある、その場所へ。
ジンは港湾区画へ辿り着いた時、思わずコンテナの陰に隠れ、目を疑ってしまった。
(あれは……見たことない船舶だ。船体に描いてあるあの印は……。まさか、バーテクス正規軍の?)
この港に停泊してくるのは巨大な貨物船か、小型ボートのどちらかだ。軍用の船舶などジンは見るのは初めてだった。
周囲には3人の兵士が船舶の警備をしている。
内1人の兵士がコンテナの陰で様子を窺うジンに気付き、走って近付いて来る。
「き、君! もしかしてここの生き残りかい!?」
まるで幽霊にでも話しかけているかのような様子、しかし笑顔で話しかけられる。
死体ばかり見ていたからか、ジンも何処か安堵した心地で兵士に応える。
「……よかった。生存者の救助に来てくれたんですね。他の生存者は船内ですか?」
しかしその質問をした途端、兵士の表情は曇る。
「いや……発見したのは君で最初の1人だよ。調査隊の報告でもまだ生存者は発見されていない。……でも、よく生き残ってくれた。詳しい話も聞きたいし、とにかく船内へ」
そう言いながらコンテナの陰から出て船内へ向かう。他の2人の兵士も歓迎してくれる。
「おお、ようやく生存者が見つかったか!」
「本当に良かった……。調査隊にも連絡を入れよう」
そう言って1人の兵士が小さな通信端末を取り出す。
――が、取り出した瞬間、その端末が音を鳴らした。
「おっと……丁度通信が入った。少し待っててくれ」
(へえ……あるのは知ってたけど、あんなに小型の携帯通信端末なんて初めて見たな。正規軍には標準装備なんだろうか)
ジンがぼんやりそんな事を考えていると、通話中の兵士が声を荒げた。
「なんですって!? はい……はい……。了解しました。すぐに警戒を強めます。では」
そう言って兵士は通話を切ると、険しい顔つきで告げた。
「……数字持ち殿からの連絡だ。ミハイルの調査隊が喰らう者の襲撃を受け、全滅した模様。各員襲撃に警戒してくれ、いつ来るか分からんぞ」
他2人の兵士が慌てて問いただす。
「馬鹿な、それは確かなのか!?」
「そんな……全滅なんて、ありえないぞ!」
場が一気に緊張する。
ジンは逸る気持ちを抑えながら、ある事に気が付く。
衝撃音と振動が確かに感じられる。それらは徐々に大きくなっていき、何かが走って近づいて来る音だと判る。
(まさか、これは――)
ジンが振り向いたその時には、醜悪な怪物が既に姿を現していた。兵士の1人がその剛腕に襲われ、上半身を吹き飛ばされる。
「イ、喰らう者!! まずい下がって!!」
「うわあああああああああ!!!」
兵士の1人がジンの肩を掴み、強引に引っ張って距離を取る。しかしもう1人の兵士は恐慌したのか、銃を怪物に向かって乱射する。
「落ち着け!! その銃では無理だ! いったん引くぞ!」
もう耳には届いていないのか、仲間の忠告を無視して銃を撃ち続ける。
しかし無情にも弾倉内の弾丸は底を尽き、空撃ち音が響く。
「うあ……あ……」
兵士は弾倉の交換も忘れ、ただ立ち尽くす。
怪物の剛腕が兵士の体を押し潰すその瞬間――
ジンは真っ直ぐに飛び出していた。ブレードを抜き、間一髪で怪物の一撃を受け止める。
「――こいつを下がらせろ、オッサン!! 喰らう者は俺がやる!!」
ジンは怪物の腕をブレードで抑えながら、怒号を飛ばす。
「わ、わかった!」
もう1人の兵士が無理矢理に彼を引きずって、大きく離れた。それを確認したジンは一旦怪物の腕を弾き、距離を取る。
ジンはブレードを構え、喰らう者を観察する。
焔を纏った奴に比べると形状は似ているが体が小さく、焔も纏っていない。
(……体は震えずに動く。今度は、誰も殺させずに殺してみせる)
怪物が襲い来る前に、ジンから攻撃を仕掛けた。
奴は剛腕を振り回したが、ジンにはそれが酷く愚鈍な攻撃に見えた。
難なく大振りの攻撃を躱し、左腕を肘のあたりから両断する。
怪物は大きな叫び声をあげ、鮮血を撒き散らす。
しかしジンは攻撃の手を緩めない。大振りばかりの攻撃を躱し続け、その隙に合わせて斬撃を叩き込んでいく。
(……ははっ、体がよく動く。このブレードも、こんなに軽々振り回せるものだっただろうか)
――今の自分の身体能力に、驚きつつも思い当たる節がある。
きっとあの時……胸を貫かれた時、流れ込んできたあの赤黒い焔。
あの時の喰らう者の力を俺が取り込んでいるなら、今の身体能力にも、あの時受けた致命傷の急激な治癒にも説明がつく。
(この仮説が正しいなら……どっちが化け物か分からないな)
一方的な戦況の中、遂に怪物が倒れた。
その大きな体には無数の斬撃の痕。左腕を切断されたのもあってか、出血多量で動けなくなったようだ。
弱々しい鳴き声で、ジンに威嚇する事しかできない。
しかしそんな姿の喰らう者を見てジンに沸いてきた感情は、ドス黒い怒りだった。
「まだ……声なんか出せるのか」
ブレードを振るう。その一閃は正確に怪物の喉元を切り裂き、声を奪う。
怪物の鳴き声は聞こえなくなり、代わりに喉元の傷口からヒュウヒュウと風の音を鳴らす。
「……何の慰めにもならなかったな。もう寝てろ」
ジンは倒れた喰らう者に何度もブレードを振るう。それが動かなくなった後も、何度も何度も振るい続けた。
兵士は恐慌した仲間を抱えながら、ジンの姿を見ていた。
あまりに一方的な蹂躙に、言葉を投げかけることすら出来ない。
大量の返り血を浴びながら、彼は無心に剣を振るい続ける。彼の横顔……右側の頬に痛々しく残る火傷の痕。
そして彼の瞳の色が、紅くなっていることに気付いた。