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――朝。
ジンは壁面に寄りかかって座りながら寝ていたが、ふと目を覚ます。焚火は既に鎮火しており、赤く燃え残った炭が僅かな光を放つのみ。付近には横になって休んでいるマイルズと、アレックスの姿があった。
(入口から日の光が差し込んできてる。早朝か……一度外の空気を吸うのもいいかもしれないな)
ジンは自らの肩に寄りかかって眠るサラの姿勢を、起こさないようにゆっくりと正して洞窟の外に向かった。少しだけ肌寒いが、風が吹き込んできていないことから天気は落ち着いていると推測する。入口に近付くにつれて光量も増していき、暗がりに慣れ切った目を刺激してくる。
「っ……」
目を細めながら洞窟から出る。するとそこには昨晩の降雪が嘘のように、雲一つ無い青空が広がっていた。またこの洞窟は高台にあったようで、空だけでなく歩いて来たこの地を見下ろすことも出来た。見渡す限りの大自然とそれを覆う純白の雪が視界に焼き付く。
「…………あ……」
ジンは思わず気の抜けた声を上げてしまう。
行きは空の陰りもあって意識していなかったが、改めてエリア2の景観を見渡すと、それは絶景と形容する他無い。ただ圧倒された。
今まで住んでいたのは鉄の街エリア3。新たな拠点となるのは大都市であるエリア1。そして初仕事をしに行ったのが荒野のエリア5。それらがジンの知りうる世界の全てであり、いずれも草や木とは程遠い土地ばかりだった。
(思い返せば『自然』というものを感じたのは、初めてかもしれない。今は雪に覆われているけれど……針葉樹の深緑色が雪の隙間から見える。……本で読んだけど、大災厄の前はこんな景色も珍しくなかったのかもしれないな)
そんな思いを巡らせながら景色を眺めていると、後ろから声をかけてくる者が現れた。交代で見張りをしていた筈のウォーウルフ2と3の2人だった。
「――お、随分早起きじゃねぇか、ランク23」
「ふむ、その様子だと傷は癒えているようだな。噂通りの治癒能力だな」
「あなた方は……えっと……」
「そういやコードネームだけで自己紹介がまだだったか。俺はオリバー。『オリバー・キッド』だ。
そんでこっちの堅物眼鏡が――」
「――誰が堅物眼鏡だ。コホン、私はコードネーム・ウォーウルフ3の『モーリス・ジェファーソン』という。改めてよろしく頼む、数字持ち」
オリバー・キッド……あの研究所から動かない身体を支えて歩いてくれた、ウォーウルフ2の本名だった。クセ毛とピアス、無精髭が特徴的な中年の男性で、口調通り軽そうなイメージの風貌だ。
もっともその風貌とは裏腹に、優秀極まる兵士だということはジンもその身を以って知っているが。
そしてもう1人がウォーウルフ3のモーリス・ジェファーソン……不真面目そうなオリバーとは正に真逆の眼鏡をかけた男性で、見た目だけでなく言葉遣いからも理知的な印象を受ける。雰囲気はどことなくシンシアに似ており、装備や服を着崩さないところやキチンと剃られた髭、整った髪からもオリバーに比べて少し若く見える。
「俺の名はジン、と言います。その、オリバーさん、モーリスさん。改めてありがとうございました。あんな状況で俺を見捨てないでくれて」
「ははは、礼なんか要らねえよ。そういう指示だったから、俺たちはそれを遂行しただけさ」
「その通りだジン。それにこちらも……アレックスをよく守ってくれた。礼を言う」
「そうですか……? そう言って貰えると、こちらもありがたいです」
時刻はまだ日が昇って間もない早朝。出発までの短い間、ジンは彼ら(主にオリバー)との談笑に付き合うことにした。
その後出発の準備が出来た一行は移動を再開、特に何の問題も無く無事エリア3の廃墟群に辿り着いた。
ここで一行は二手に別れることを決めた。ジンにはこの任務とは別に、本来の目的が残っている。
「よし……とりあえず俺たちは一度エリア1に戻る。この一件の報告は任せておいてくれ」
「分かりました。マイルズさん、どうか気を付けて」
マイルズたちはそのまま港へ、ジンとサラは別の道でネイスミス工房へと戻る。ちょうど分かれ道の地点に来ていた。互いに別れの挨拶を済ませて廃墟の街を行こうととしたその時、ジンとサラはマイルズに呼び止められた。
「そうだ、重ねて言うようで悪いが……『あの情報』のことは俺が裏を取るまで誰にも口外しないように。バックの組織が組織なだけに、下手に広まると混乱は避けられんからなァ」
アレックスら部下3人とは少し離れた場所、かつ囁くような小声。当然だ、『あの情報』はジンとサラとマイルズしか知らないのだから。
「……分かっています。俺たちも今後、何か分かれば連絡します」
「身内を疑うようなものです。その、マイルズさんも気を付けて下さい」
昨晩の取り決めたこと。それはこの情報を、一旦3人だけの秘密にすることだった。具体的な実験内容はデータの復元が必要だが、現場を見れば分かるレベルで非人道的な手段で人体実験をしていたことは明白だった。
そして何よりも『人間の子供を喰らう者化』させる、という禁忌を人間側の公式な医療機関が行っていたのだ。これが世間に知れればエボルブ、ひいてはバーテクス正規軍の存在を揺るがす大問題になる。
故にこの事は口外禁止、3人の中だけに留めて調査はマイルズに預けることとなった。既にデータも渡している。
「分かってればそれでいい。この事を忘れろ……ってのは無理だと思うが、ひとまずは置いておけ。最優先は敵組織スティールへの対処だ。この件はその後でいい。
――じゃ、またな。次に会うのを楽しみにしてるぞ」
ジンとサラはマイルズたちと別れてネイスミス工房へ向かっていた。こちらでも雪が降ったのだろう、積雪が出発前に比べて厚くなっている気がする。
サラが溜息をつきながらぼやく。
「いやー、ハードなお手伝いでしたね……色々とあり過ぎて、頭の中がごちゃごちゃです」
「そう、ですね……」
「……」
……会話が続かない。2人きりになって気まずいとかではなく、単に互いに考え事をしているのだ。エリア5で戦った敵との再戦に例の情報。バスターという更なる強敵の出現。マイルズに念を押されたことで、なんとなく深く考え込んでしまった。
(バスター……計り知れない強さだったけど、あのレベルの敵がまだスティールにいるとしたら……いやでも……)
(『人間の喰らう者化』……そんなの学校じゃ聞いたこともないし、倫理的にも明らかにおかしな実験だよね……何の意味があってそんなことを……?)
そうして歩みを進める内に2人はネイスミス工房へと辿り着く。
「あれは……?」
ジンは工房の前に異常を見つける。小型のヘリコプターが1台停まっていたのだ。機体の横には飽きるほどに見たことのあるロゴマークが入っていた。
赤色の太文字で堂々と描かれたお馴染のロゴマーク。バーミリオン社のものだった。




