Credible progress
更新しました!よろしければ覗いていって下さい!
ジンたちは研究所を抜け出し、近隣の山道を移動していた。空の色は陰りを見せ、雪が降り始めていた。
「――合流ポイントまであと少しだ、気合を見せろよ……!」
「ぐっ……うう……」
ウォーウルフ2は激励の言葉をかけながら必死にジンを引っ張り、またジンも痺れてうまく動かない身体を引きずって何とか歩き続けていた。左手足の出血によって積雪に赤い足跡を作る。
殿を務めているアレックスは後方を警戒しながら、そのあまりの静けさに疑問を抱いていた。
「追撃が無い……どういうことだ?」
いくら奇襲が成功しスモークを使ったからといって、こちらの移動速度は遅い。加えて分かりやすい足跡も残しているのに一向に追手の姿は見えなかった。
「ウォーウルフ4、あまり遅れるな。……おいアレックス!」
「――は、はい! すいません!」
先頭を歩くウォーウルフ3からの怒号が飛んで来た。いつの間にか立ち止まってしまっていたようだ。アレックスはブンブンと首を振り、頭の中の雑念を振り払う。
(しっかりしろ! 追手が来ないならそれは好都合じゃないか。今の内に少しでも距離を稼がないと――)
そう思ってアレックスが前を向いた矢先の事だった。
――突如として響く轟音。地震でも起きたのかと錯覚するほどに辺り一帯を震わせたそれは、後にした研究所からのものだった。
その場にいる全員が思わず足を止めて振り返ってしまった。
「なんだ……あれは!?」
「雷……!? まさか、あいつの……」
遠くからでも確かに視認することが出来る凄まじい放電。雷鳴と共に施設を破壊し尽す青き閃光が視界に焼き付く。サラとアレックスにはすぐに分かった。あの放電がジンを一撃で戦闘不能に陥らせたあの青年の……いや、喰らう者の異能力であると。
(……そうか。あの雷に俺は……)
ジンは身体の痺れの理由をようやく理解した。バスターの持つ異能力、それはあの青い雷を操る能力であり、自分はその雷に一撃で倒されたのだと。
(あいつは変異体にすらなっていなかった。次元があまりにも違い過ぎる……くそっ……!)
悔しさのあまり、血が出るほどに唇を噛んだ。何の攻撃に倒れたのかも理解できず、未だに満足に歩くことも出来ない無様な己の姿に。
「――ようやく来たな、ここまでよく辿り着いた」
そう言いながら前方に姿を現したのは、この緊張した状況にも関わらず穏やかな表情をしたマイルズだった。どうやら合流ポイントから足を延ばして迎えに来てくれたようだ。
マイルズはジンの肩を支えに入りながらウォーウルフ2に交代を促す。
「ウォーウルフ隊各員、よくやった。オリバー、後は俺が代わろう。アレックスと殿を頼む」
「イエスサー、隊長」
とても老兵とは思えない鍛えられた身体の感触。ウォーウルフ2と遜色無い力強さで、しっかりと支えてくれた。マイルズは続けて先頭のウォーウルフ3にも指示を出した。
「このまま俺たちはエリア3に向かう。……が、この移動速度では吹雪に捕まる。よって出来るだけこの場から離れ、適当な地点でひとまずキャンプだ。モーリス、引き続き先駆けは任せた。雨風凌げる所を探しながら進んでくれ」
「イエス・サー!」
こうしてマイルズとも無事に合流し、誰一人欠けること無く一行は雪山を下っていく。鉛色の空の下、雪が徐々に勢いを増していた。
「……」
揺らめく焚火を目の前に、ジンは鎮座していた。
その後は結局マイルズの予想通りに吹雪が訪れ、夜間というのも合わさってこれ以上進めなくなってしまった。夕暮れギリギリの時間に発見した洞窟で、暖を取りつつ一夜を明かす事となった。
入口の警戒はマイルズの部下3人が引き受け、交代で睡眠を取りながら行っている。
「――ほれ、2人共。美味いもんじゃないが、食えるもんは食っときな」
マイルズがそう言って手渡してきたのは、この世界ではお馴染の加工食品。ブロックタイプの分厚いクッキーのような形状で、人間が生きるのに必要な栄養素が固められた優れものだ。スラムにいた頃はジンもこれにお世話になった。
「……ありがとうございます」
「すいません。頂きますね」
ジンは並んで座っているサラと共にそれを受け取り、炎を眺めながらゆっくりと口に運ぶ。とても不味いと食べ慣れたはずのこの味、消耗したこの状況ではどうしようもなく美味に感じる。
身体の痺れはほとんど治まり、また左手足の傷も塞がりつつある。明日の朝には問題無く動くことが出来るだろう。
「……なぁジン、サラも。済まなかった」
「え?」
焚火の向かいに腰をかけながらマイルズが言った。声のよく反響する、小さな入口の割には随分と広い空間のある洞窟だ。お陰で窒息の心配をせず焚火が出来る訳だが……。
ジンには分からなかった。窮地を救ってくれたはずのマイルズが、改まって謝罪した理由が。
「まさかあんな連中に出くわすとは予想外だった。本来なら代理人が受けてもおかしくない、新人を育てるための安い仕事のはずだったんだ。お前たちには苦労をかけたな」
「それは……そうですが、ちゃんと助けて頂きました。別に恨んじゃいませんよ」
確かに『簡単な調査』と聞いて、武器の完成を待つ合間に仕事を手伝うという話で同行した。しかし何事にも突発的なアクシデントは起こるものだ。それに関してマイルズに文句を言うのは筋が通らない。救われたなら尚更だ。
「はは……そうか。なんにせよ、生き残ってくれててホッとしたぜ。流石はマクスが認めた『期待の新人』だ、こりゃランクを抜かれるのも遠くないな!」
「いやいや……流石にそれは無いですよ。まだ俺の数字は23ですし……それに、あの狙撃を見て正直壁を感じました。本物の実力者との壁を」
マイルズの表情に笑顔が戻った。彼の抜かしている冗談はさておき、アリゲイターを仕留めた狙撃には本気で驚いた。1対2だったとはいえ、あんなに苦戦した高耐久を誇る個体を一撃、それも退却の指揮を取りながらだ。決して老兵だからと疑っていた訳ではないが、素直にランク4の凄さを認めるしかなかった。
まだまだ自分は及ばない。刀也や拳二、アームズにマイルズも……上位ランカーとの間にある高い壁。いつかは乗り越えねばならないと、自戒の思いを新たにする。
「ま、そう謙遜するな。アレックスから聞いたが、カテゴリーAを2体も相手にして時間を稼いだんだろ? 実力的には十分一桁に値すると思うぞ。今回は大した成果は得られなかったが、犠牲は出なかった。なら――」
「――いや……大きな成果はあります。ジン君のおかげで得られました」
サラがマイルズの言葉に割り込み、自らのネクサスの画面を見せつけながら言った。その画面に記されている文字は『project reversi』。あの悪趣味な水槽の前の端末に表示されていた計画の名称だった。




