Messiah-7
更新しました!よろしければ覗いていって下さい!
『こちらウォーウルフ2。配置についた』
『ウォーウルフ3、こちらもOKだ。いつでも行ける』
スピーカモードにしたネクサスからノイズ交じりの声が届く。狙撃銃の準備を終え、スコープを覗きながら部下の報告に応える。
「――ウォーウルフ1了解。着弾と同時に突入、その後は2人を連れて撤退するぞ」
『了解。……ランク23はどうしますか?』
ライフルのスコープを覗く。そこには倒れたジンの姿が映っており、明らかな致命傷を胸に刻んでピクリとも動かない。恐らくさっき鳴り響いた雷鳴はジンへの攻撃だったのだろう。
(あと少し到着が早ければ、助けられたかもしれんな……済まない、ジン)
とはいえ後悔をしている暇は無い。まだウォーウルフ4とサラは生き残っている。2人だけでも助けなければ。
「……死体を引きずって離脱できるほどの時間は無い。この場に捨て置くしか――」
言葉を止める。それだけのことが視界に映った。
『……隊長?』
「――前言撤回だ。3人共連れて帰るぞ」
どういう理屈か分からないが、致命傷を受けてもなお起き上がろうとする不屈の男がスコープに映った。自覚はまるでなかったが、マイルズはニヤリと笑い、引き金に指をかけた。
「さて、とりあえずあの鰐頭から潰すとするか。派手に吹き飛んでくれることだろう」
風、重力、そして銃の設置状態……。様々な条件を超人的な勘で計算し、照準を極める。半壊した研究所の隙間から覗く敵を狙う。距離は1㎞未満、マイルズにとってこの距離は、必中と言って良い距離だった。
「……うっ……ぐうう……」
ジンはほんの数秒だけ意識を失ったが、すぐに意識を取り戻して立ち上がる。気付いた時には身体は倒れており、胸部に焼けるような痛みがあった。
「ぐぅっ……!?」
バランスを崩し、立ち上がるのに失敗。身体全体に強い痺れがあって身体が思い通りに動かない。
(一体何をされた……奴の異能力は……?)
一瞬の事で何が起きたか理解できていない。膝を付きながらバスターを見上げると、そこには目を見開いて驚愕している喰らう者たちの姿が映った。変異していて表情は読みづらいがレイザーとアリゲイター、そして人間体のレイヴンが、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「――こいつは……」
表情こそそこまで変わらないが、バスターもそう呟いてこちらを見ていた。
(まずい……これじゃ何の抵抗も――)
バスターが異能力を使って攻撃してきたのは、気を失う直前の記憶で分かる。こちらに手を掲げ、真紅に瞳が変色したからだ。察するにその一撃で仕留められなかったことにを驚いてるのだろうが、ジンとしてもなぜ生きているのかは分からなかった。
周りの天井や床にも損壊が見られ、無茶苦茶な破壊力だったことが分かる。サラとアレックスに被害が無かったのは奇跡と言っていいだろう。
何でもいい。とにかく今は、奴らが驚いている間にこの状況を打開する方法を……と必死に考えようとしたその時、思考を一瞬で白紙にしてしまうことが起きた。
何の前触れも無く、何が起きて何故そうなったのか。
突如としてアリゲイターの頭が吹き飛んだのだ。
破壊力、貫通力、どう形容すべきかは分からないが、それは変異した強靭な鱗をまるで意に介さず、ただ吹き飛ばした。血液、頭蓋骨、脳……そんなものを派手に飛ばしながらアリゲイターの身体は糸の切れた人形のように倒れた。
その直後にマイルズの部下2人が隙を突いてスモークグレネードを投げ込み突入してきた。敵の視界を奪いつつ牽制射撃を繰り返し、時間を稼いでくれたのだ。アレックスは作戦を察したのか、一歩前に出て牽制射撃に加わる。
「ランク23、掴まれ……! サラちゃんも付いて来な!」
「は、はい!」
店で初めて彼らと会った時。扉を開いた時に酔いながら絡んできたこの男、ウォーウルフ2が肩を貸してくれた。水槽横の穴を通ってこの場を離脱する。
穴をくぐる直前に散弾銃で撃ち殺した少女の……『イヴ』の死体が視界に入る。無残に欠損した頭部を目にし、そこでようやく気が付いた。
(ああ、そうか……アリゲイターをやったのは……)
ランク4、マイルズ・カーター。あれはあの人の狙撃によるものだったのだと。
「ごほごほ……まったく、やってくれるなぁ」
煙に咳き込みながらレイヴンが呟く。翼を丸めて射撃から身を守ったが、大した攻撃は来なかった。
「そんな……アリゲイター……アリゲイター!!」
煙が徐々に晴れていき、視界がクリアになっていく。真っ先に目に入ったのは円柱形の水槽。敵は案の定煙に紛れて逃げたらしい。人間体に戻ったレイザーが頭部の吹き飛んだアリゲイターの身体を揺する。
(……一撃か。狙撃だろうけど、もう追えないな。あの煙は狙撃手の位置を探られないためでもあった訳か)
完全にデザインされた奇襲。狙撃手の腕も驚異的だが、それ以上に作戦勝ちだろう。一撃であのアリゲイターを仕留めるほどの威力を持った狙撃、それによって兵士2人が突入し、煙幕を張る隙を作った。アリゲイターを狙ったのも的が大きくより長距離から狙え、着弾時に多くの血肉を撒き散らすためだろう。現にレイヴンは銃声には気付けず、気も引かれてしまった。
(相当厄介な相手だ。姿を見れなかったのは痛いな)
涙を流すレイザーの姿を後に、レイヴンは水槽に向かって歩き始めた。驚異的な狙撃が敵にある以上、迂闊に飛んで追う訳にはいかない。レイザーはこんな状態だし、使い物にならないだろう。ならばここはひとまずプロフェッサーからの仕事を優先するとしよう。
すると不意にバスターが声をかけてきた。
「いいのか。俺ならまだ追えるが」
「……ああ。君にはまだここでやってもらいたいこともある。ひとまずはこのアダムを回収しよう。一応そこにあるイヴの死体も持ち帰ろうか」
「……」
「どうかしたかい?」
「いや……俺の雷に人間が耐えたのは、少々予想外でな。奴は何者だ? 俺たちに近い気配を感じたが……」
どうやらバスターはあの赤目の青年に興味を抱いた様子。確かにあの雷撃を耐えたのには驚いたが、まさかこの戦闘マシーンのような男が特定の個人に興味を持つとは。
「彼は例の組織……猟犬の数字持ちの1人さ。確かランクは23、べノムの力を宿している不思議な奴さ」
レイヴンはジンに関する情報をバスターに伝える。情報収集役として集めた情報は、例えメサイアが相手でも重宝されるものだ。それ故レイヴンの組織内での立ち位置は、他の喰らう者に比べて高い場所にあった。
「ランク23……? 驚いたな、あれ以上の強者がそんなにいるとは思えんが」
「いや……なんでもまだ資格を得たばかりの新人らしいからね。次に会う時は数字が変わってるかもしれないな。力の事に関しては分からないけど……変異体にならない以上、僕ら喰らう者とはまた違う存在じゃないかな。
――名前は確か、『ジン』って言ったかな」
「ジン……」
バスターは確かめるようにその名をポツリと呟いた。




