Messiah-5
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現状としてジンはほぼ無傷であり、かつ体力的にも何の消耗もしていない。そしてスカーレットから受け取った模造刀の強度は今まで使用してきたブレードたちと一線を画す。それらの条件が合わさり、刀に纏わせた焔の出力は過去最大、爆発の威力は凄まじいものだった……が。
殺せていない。叩き付けた刀を押し返してくる手応えが確かに存在する。
爆炎の引き起こした煙が晴れ、刀を両腕で受け止めるレイザーの姿が現れた。
「耐えるのか、この威力を! だけどこのままっ……!」
驚愕ではあったが、ジンはそのまま刀に力を入れ続ける。上から押し潰す形での鍔迫り合い、体勢的にはこちらの方にどう見ても分があった。
「簡単に行くと……思うなよ!」
しかしレイザーの膂力もかなりのもので、下から支える不利な体勢にも関わらず押し潰されまいと耐えている。結果としてジンはレイザーを押し切ることが出来ず、鍔迫り合いは再び完全に拮抗していた。
(ならこれで……!)
ジンは左手の散弾銃をスピンコッキングして次弾を装填する。この至近距離ならば全弾命中は確実、仕留められるかは分からないが、無傷では済まないはずだ。
しかし銃口を向けたその時、レイザーの表情には焦りの色は見えず。
「――やっぱり1人じゃ厳しいか。アリゲイター!!」
「……!」
壁を突き破って跳躍した大男が、ジンを目がけて猛スピードで降下してくる。見覚えのある深緑色の鱗を纏った人型の怪物。
(やはり潜んでいたか、アリゲイター……!)
互角の戦いの中で上から急襲するこの戦術。最初に遭遇した時と全く同じやり方であり、ジンは容易にアリゲイターの踏みつけを躱すことが出来た。が、敢えてここはアリゲイターの落下軌道を見切り、着地の隙にカウンターで銃撃をを叩き込む。
ジンは奇襲への対応を瞬時に決定し、実行へ移す。鍔迫り合いを弾いて少しだけ後方へ下がり、アリゲイターの踏みつけの回避を試みた。
しかし、再び散弾銃を構え直す暇も無く吹き飛ばされた。アリゲイターは着地と同時に軽快な身のこなしを見せ、素早く蹴りを繰り出してきたのだ。
「がっ……!!」
これにはジンも対応できず、蹴りはノーガードだったジンの胴体に直撃した。床を滑りながらも体勢を立て直す。少しの間呼吸が止まったが、それほど深刻なダメージは無い。
「ふむ……咄嗟に繰り出した蹴りでは決め手にならんか。済まんなレイザー、しくじったようだ」
「別に。こんな見え見えの不意打ちでやれるとは思っていないさ」
ジンはゆっくりと立ち上がり、新たに現れたアリゲイターの姿を観察する。レイザーとは真逆の印象を受ける有機的な見た目であり、鰐の意匠はそのままこちらもやはり人型を留めている。あの軽快な体術から分かるように、奴もまたカテゴリーAに進化を遂げているのだろう。
「ジンさん……どうすれば……!?」
後ろのアレックスが焦りに焦った様子でジンに尋ねた。いくらマイルズの部下だからといっても彼はまだ若い。目の前の異常な殺気に委縮してしまうのは当然であり、寧ろ変に取り乱さないだけまだマシだ。
(……部屋の入口は奴らの背後でとても突破は難しいだろうし、後ろの穴から逃げてもレイザーのスピードから逃げ切るのは不可能だろう。なら……)
なら、ここが正念場だ。マイルズ頼みなのは正直情けないが、もう選べる手段が無い。ジンは自分の身を焦がしてしまうほどの更なる焔を纏い、全神経を目の前の2体に向ける。
「――引き続きアレックスはサラさんの守りを頼む。俺が戦う」
「で、ですが……! 1対2では――」
ジンは少しだけアレックスに振り向いて言った。燃え上がるような真紅の瞳を前にし、アレックスは思わず言葉を呑み込んだ。
「マイルズさんが来るまでの時間稼ぎだ、考え無しの突撃って訳じゃない。それに、そんな震えた足じゃ前には出せないさ」
対峙する2体に聞こえないように小声で言った。
アレックスはここで初めて自分の足が恐怖に震えていることに気付いた。カテゴリーAの個体と遭遇したのは初めてだったが、ウォーウルフ4となって半年、それなりに喰らう者との戦闘経験は積んできたつもりでいたのだが……。
「まぁ……ランク4のマイルズさんに比べたらちょっと頼りないだろうけど。だからこそ万が一突破されたら頼んだぞ、アレックス」
ジンはそう言い残して無謀とも言える戦いを挑む。アレックスには焔を纏った背中が大きく見えた。
(――さて……)
一度は戦ったことのある相手とはいえ、1対2の数的不利に加えて2対ともカテゴリーAに進化している。さっきは運良くレイザーを追い込むことが出来たが、実力ではこちらが劣っていた気がする。
だが、それでもやるしかない。マイルズの合流まで時間を稼いでこの場を凌げれば――
――いや、そうじゃないな。
口ではアレックスにそう言ったが、ジンの心は既に決まっていた。どうすればこの場を切り抜けられるか……逃げるのか、味方を待つのか。
そうではない。こいつらはここで殺す。この手で殺す。喰らう者と力の限り戦って、死ぬまで殺す。そう誓った日を忘れてなどいない。実力が足りなければ、この想いを以ってその差を埋めよう。
そんなジンの心に応えるように焔は勢いを増していく。疎ましく感じる一方で、これが無ければ戦えないのもまた事実。実に忌々しい焔だ。
「行くぞ……喰らう者アアアアア!!!」
自らを鼓舞する意味も込めてジンは叫び、爆発的な加速で2体に迫る。
「来るぞレイザー!!」
「見れば分かるよ!」
ジンの突進に対してアリゲイターが前に立つ。真紅の瞳に纏う焔、そしてこの獣のような殺気は喰らう者そのもの。
「ムゥン!!」
振るうは自慢の剛腕。ジンの持つ模造刀とアリゲイターの拳がぶつかり合う。衝突の瞬間に爆炎が巻き起こり、2人は互いに弾かれた。
(なるほど……この爆炎がロゼのツタを破壊していたのか。確かに強力な威力がある。レイザーが苦戦するわけだ)
互いに体勢を崩し一瞬の隙が生まれた。その隙をレイザーは狙って凶刃を振るう。ジンは身を捻って刃を掠めながらもなんとか連撃を躱す。
「1対2で勝とうなんて……ボクらも随分舐められてるなぁ!」
「くっ……!」
ジンはレイザーの連続攻撃を回避しつつ、散弾銃をレイザーの足元に向ける。本来なら直接狙いたいところだが、散弾銃を真っ直ぐ構える隙が無い。
「!?」
レイザーは脚部を床に突き刺して急減速をかける。
重く響く銃声と共に足元の床材が飛び散る。狙いの甘い銃撃は先程のように運良く当てることは出来ず、回避された。当たったとしても全身を硬化させているレイザーの変異体には散弾ではダメージを期待できないが、それでも連続攻撃に隙間を作れる。その瞬間をジンは欲していた。
(外した!? けどこれで……!)
ジンは模造刀を振りかぶり、大振りの叩き付けを狙う。レイザーの減速によって、連続攻撃に少しの隙間は出来た。
しかしこの足を狙ってからの刀による一撃は先程と同じ流れ。見え透いた攻撃なのに加えて弾丸が当たっていない分レイザーの隙は小さく、動き出すのも早かった。
「そんなのに当たるかよ!」
持ち前の素早さを活かした高速のバックステップ。まだ模造刀を振り上げた段階だったが、そこには既にレイザーの姿は無い。ならば――
「ラアッ!!」
ジンは叩き付けを中断、焔を纏わせたまま模造刀をそのまま投げつけた。
レイザーにとっては予想外の攻撃だったが、アリゲイターが冷静に対処する。レイザーの盾になるよう前に入り、両腕で模造刀の投擲を自慢のタフネスでガードしたのだ。
「苦し紛れの投擲など……むっ!?」
ガードした瞬間に爆炎が発生し、2体を包み込む。アリゲイターの影にいたレイザーにも爆炎は波及し、有効打にならないまでも視界と動きを奪う。
「うわっ……投げても爆発するのかよ!?」
(ちっ、厄介な異能力だ。しかしこれであいつの剣は……)
模造刀を手放した以上あの爆炎は使えない。奴にはアリゲイターの剛腕を止める術も、レイザーの刃から身を守る手段も無いのだ。回避に徹したとしてもスピードで勝るレイザーがいるため、限界は必ず来る。
アリゲイターは勝ちを確信し、硝煙が晴れるのを待った。次にジンの姿が視界に入った時、猛攻を仕掛ける……そう考えていた。しかし。
――重い銃声、弾け飛ぶ体の一部。
アリゲイターの肩の部分が大きく抉れ、鮮血を撒き散らしたのだ。
「な……アリゲイター!?」
「……これは……」
硝煙が晴れると同時に現れる散弾銃を構えたジンの姿。その銃にはロゼの分身体を一撃で倒し、レイヴンの硬質化した翼にも穴を穿つ単発弾を、模造刀の投擲で怯ませた隙に装填していた。
「まだまだ……ここからだ……!」
1対2の、しかもそれぞれが互角かそれ以上の強敵。
しかしどんなに不利な状況でも諦めはしない。
戦う手段が残されているのなら諦めはしない。
死ぬまで……絶対に諦めはしない。




