Awake-2
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――SOSが発信されたのは、この近辺では1番大きな建物。世界最大の重工業会社、バーミリオン社の末端自動車工場であった。
こんなスラム街に建造されているだけあって、製造しているものは低コストで作られる旧式の自動車や、自動二輪車。そしてそれらに付随した部品類であり、軍用の物は見受けられない。
燃え残った生産記録等の資料を閲覧しても、それは明らかだった。
刀也は資料を棚に戻し、現場検証を続ける。
(少なくとも敵対勢力の作為的な攻撃ではなさそうだ。バーミリオン社をターゲットにしたとしても、ここの設備では攻撃対象になりえないだろう。やはり突発的な喰らう者の出現と考えるのが妥当か……)
焼け焦げた通路を進みながら、様々な可能性を頭の中で整理していく。
捕食痕の目立つ死体がいくつも転がっていた。
多数の死体を目にし、再び足を止める。刀也は不自然に感じていることがあった。
(……しかし、これだけの人間が喰い残されているのは妙だ。捕食されたならば死体は原型を残さない場合が多いが……)
通常喰らう者の行う人間の捕食は、痕跡が少ない。
奴らは肉だけでなく、骨やその身に纏う衣類すらも一緒に喰らってしまう場合がほとんどだからだ。
それ故に、刀也が見て来た捕食痕というと……血塗れになりその場に放置された武器、或いは喰い残された片腕やブーツを履いたままの片足、といった体の一部分のみであった。
しかしこの工場に転がっている死体は違う。
むしろ捕食された部分が一部分であり、どれも人型を留めている。
(ふむ……いずれにせよ、情報をもっと集める必要がありそうだ)
刀也は別の部屋を調査しているサラと合流すべく、再び歩き始めた。
「おい。そちらはどうだ?」
かがみ込んでその場の血痕を調査しているサラの背中に、刀也の声がかかる。
「……刀也さん、少しいいですか。ここの血痕です」
先刻までとは違う、真剣なサラの呼び声に内心驚きながら、刀也はその血痕を覗き込む。
「派手な血痕だが……人間の捕食痕か?」
「いや。この部屋には死体も、それらしき残骸もありません。人間の血痕だったら、この出血量は致命的ですからそれは不自然です。――恐らくは喰らう者のものでしょう」
……喰らう者の血痕だと?
刀也は不可解だ、と思った。
この街には正規軍の展開が無く、奴らと戦い血を流させるだけの手段が無いと考えていたからだ。
労働者が住まうだけの貧民街、ただ一方的に蹂躙されたのだと。
しかし刀也の思考を余所に、サラは痕跡を見逃さずに鋭い考察を淡々と述べる。
「床面にも多数の破壊痕があります。この部屋で何者かが交戦、喰らう者にダメージを与えて逃げ延びたのは間違い無さそうです」
床面をよく見ると、いくつもの小さなクレーターのような跡がある。
加えて喰らう者の血痕があるとすれば……成程、確かにこれは戦闘の痕跡だ。
「新人の割には大した洞察力だ。流石に代理人は伊達ではないか」
刀也は素直にサラに賛辞を贈る。ボスが優秀と言っていただけはある。
「いえ、このくらいは当然ですよ。それよりも喰らう者の足跡を追跡出来そうです。早速追ってみましょう」
サラは注意深く足跡を辿り、部屋を後にする。
(……成程、仕事となれば年上らしい所もあるものだ。船酔いには悪い意味で驚かされたが……聞いていた才女には違いないようだ)
刀也は苦笑を浮かべながら、サラに続く。
床に倒れ、一面に散乱した姿見を踏まないように跨ぎ、部屋を出た。
サラは喰らう者足跡を辿り、工場の外まで出て来た。
(結構長距離を移動しているなぁ……。歩幅も広く空いてるし、走って自分を傷付けた『誰か』を追っていたに違いないわね。……ん?)
足跡が途切れた。
大きく横方向に踏み込んだ跡があり、その方向へ視線を移すと真横の建物に大穴が開いている。
サラは建物の穴を潜り、隣の道に出る。そこには散乱した大量の瓦礫と、大部分が雨に流されているが、やはり血痕が残っていた。
(恐らくはここで追いつかれてもう一度戦闘を……しかしこれ以上は分からないわね。雨の影響か、喰らう者の足跡は完全に途切れてしまっている)
周囲を注意深く見渡すが、ここで喰らう者の痕跡は途切れている。
遅れて刀也がやってきた。
「ここでも戦闘が行われていたようだな。察するに痕跡が途絶えたか」
「はい……。追えるのはここまでです。しかしこの場には人間の死体はありません。もしかすると追われていた『誰か』は上手く逃げ切って、生存しているかもしれません」
不意に刀也の持つ通信端末が音を鳴らす。通信が入ったようだ。
刀也は素早く端末を取り出し、サラにも会話が聞こえるようスピーカーをオンにする。
「――こちら『11』。どうした」
『こちらはバーテクス正規軍調査隊、ミハイルです。こちらの調査報告を簡潔に行うので、そちらも報告願いたい』
聞き覚えのある声がノイズ交じりに端末から響く。
(ミハイルさん……出発前、刀也さんに話しかけていた兵士の人かな)
サラは船酔いしながらも遠目に見ていた場面を思い出す。
「承知した。まずはあなた方の報告を聞こう」
『了解しました。我々は生存者を捜索していたのですが、こちらは収穫無し。発見した死体の半数以上が焼死体でした。また港湾区画には自殺したと思われる死体も確認しています。……あまりの恐怖からか、或いは隣人の死に耐え切れず狂ったか……。そんな所でしょう。
次に喰らう者の痕跡。こちらは捕食痕の残る死体を幾つか確認しています。ただ……妙なことに捕食されたと思われる死体はいずれも原型を留めています』
(やっぱりか……でもこのミハイルさんの話を聞く限り、何故か捕食自体そんなに積極的に行われていないみたい)
サラはミハイルの報告を聞いて、疑問が増えたような……。
とにかく、現れたのはただの喰らう者ではないと確信した。
「……ではこちらの報告を。死体の状況や捕食痕に関してはあなた方同様だった。しかしSOSが発信された工場にて何者かと喰らう者が交戦した痕跡を発見した。しかし双方共に死体は発見できていない。引き続き用心して捜索を」
――刀也の言葉を聞いた瞬間、サラは戦慄した。
そうか。交戦した誰かの死体も無ければ、喰らう者の死体も無い。両者共に生存している可能性があるのだ。
サラは自らの思慮の浅さを痛感し、一層気を引き締めたその時であった。ミハイル側の通信が騒がしくなる。
『了解しました。引き続き捜索を……なんだどうした! 敵襲だと!? 落ち着いて陣形を……こ、こいつらは一体どこから……うわあああああああ!!!』
断末魔を残してミハイルとの通信は途絶した。
「ま、まずいですよ刀也さん! 早く救援に行かないと……!」
サラは慌てて拳銃を取り出し、走り出そうとする……が、ミハイル達の現在位置を把握できていないことに気付き、立ち止まる。
刀也は落ち着いた口調でサラに指示を出す。
「……彼らの現在位置が不明な以上、救援は不可能だ。俺達は港湾区画に戻り、船の防衛に向かう」
どこまでも冷静に、しかし表情には確かに怒りを浮かべている。
「ミハイル氏の発言から察するに、恐らく敵は複数体いるようだ。とにかく急ぐぞ。船が無ければ脱出も出来ん」
2人は港湾区画へ引き返した。
一面に広がるこの廃墟に降り注ぐ雨が、心なしか強くなった気がした。