Craftmanship-5
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積雪が徐々に深くなり寒さも一層厳しくなってきた頃、廃墟の中で湯気が立ち上る1つの建物が見えてきた。外壁にはランダムにカットされた装甲板に金属製のトタン、一部ではベニヤ板なども使用されており、廃墟と遜色ないこのジャンクな印象の建物こそ、稀代の武器職人・ネイスミスの工房だった。
錆びた扉を開き、マイルズとジン、そしてサラの3人が中へ入る。マイルズの部下は工房の外を警戒するように待機するようだ。
「よう、スカーレット。俺のライフルは仕上がってるかァ?」
返事は無し。工房内は暖かく、深緑色のタンクトップ1枚の者が奥の方に設置されている作業台で何かををしているのが見える。
ジンは目を凝らしてネイスミスと思わしき者を観察した。タンクトップ故に肩から露出した腕は線は細いが仕事で鍛えられたしなやかさを感じられ、使い込まれたグローブが良く似合う。後ろに束ねられた長い髪も特徴的だった。
(あの人がネイスミスさんか……? いや、『スカーレット』って呼ばれてたし、弟子か何かかな)
呼びかけが耳に入らなかったのか、しばらくしても反応が無い。マイルズが少し声量を上げて再度呼びかける。
「ったく、おい! スカーレット!」
今度は聞こえたようだ。手に持っていた工具を置き、振り返る。
「――あれ、マイルズの旦那。そっかもう昼近いのか、ごめんごめん……ってあれ? 見慣れない人たちを連れてるね」
「ちと早いがライフルを引き取りに来た。そんでこいつら2人は俺の同業だ」
「へぇ、ハウンドの手合いか。名前は?」
マイルズに首で自己紹介を促され、ジンとサラは名を名乗る。
「俺の名前はジン。ハウンドの数字持ちです」
「私は代理人のサラ・アールミラーといいます」
「ジンにサラか、うんよろしくな。んで、うちには何の御用で?」
ジンは早速本題を話すことにする。マクスの書いた紹介状を手渡しながら言った。
「実はネイスミスさんの腕を見込んで武器の作成をお願いしに来ました。今はどちらに?」
しかしまたしても反応は無い。スカーレットと呼ばれたこの人はその場で紹介状の封を開け、中身を読み始めたのだ。
「ふむふむ……へぇ……ジン、お前面白い奴だな。その身体にべノムの力を宿してるのか」
「え、ええまぁ。というか、もしかしてあなたが……?」
ジンはこの瞬間全てを察した。
アームズの正体を知った時ほどの驚きでは無かったが、やはり優秀な職人と言うのはガンツのような剛健な男を想像していたので、それなりのサプライズではあった。
「っと、まだこっちが名乗ってなかったな。あたしがこのネイスミス工房の主をやってる。
名前は『スカーレット・ネイスミス』だ。頼みたいっていうその仕事、詳しく聞かせて貰おうか?」
ネイスミス……それは目の前にいるこのスカーレットという者のことだった。身長はサラよりも少し低く、太い眉毛が可愛らしい。言葉遣いからも快活な印象のある人で、なによりミシェルにも劣らない豊満なバストが女性であるということを証明していた。
「――とりあえず旦那、先に渡しとくよ」
そう言ってスカーレットが両手に抱えて持ってきたのは、一丁の大きなライフルだった。ジンはその銃を瞬時に狙撃銃だと判断した。高倍率のスコープに長い銃身、何よりもその銃のシルエットに見覚えがあったのだ。
(ただの狙撃銃じゃない、恐らくは対物ライフル……側面にネイスミスの刻印はあるけど、あの銃は俺が最後に整備仕事をしたライフルと同じ型のものだ)
「おう、確かに受け取った。試し撃ちいいか?」
「勿論。してもらわないと困るよ。そうだな……ジン、サラ、話の前にちょっと時間貰ってもいいかな? ライフルの仕上がりを見たい」
2人は顔を見合わせ頷いた。仕事を頼む以上異を唱えることなど出来る筈も無く、またランク4・マイルズの力の一端を知るいい機会でもあった。
『――隊長、ターゲットの設置完了です。いつでもどうぞ』
「おう、射線に入らないように注意しろよウォーウルフ4」
ネクサスのスピーカーを利用した通話により若者の報告が入った。どうやら一番年若かった兵士がウォーウルフ4のコードネームを使っているらしい。マイルズは咥えていた煙草を潰し、狙撃銃の準備を始める。
今から行うのは狙撃銃の実弾射撃試験。500m、1㎞、3㎞の地点に設置した緋色合金製の装甲板の的を順に狙撃していくという単純な試験だ。ただしその距離の長さは尋常では無く、特に最も遠い3㎞の距離は一般的には精密射撃を狙える距離ではない。
(見た感じ装甲板の的もほぼ人間大……そんなのを狙えるというのか、あの銃なら)
「――本当に当たるのか? って顔してるな、ジン」
不意にスカーレットが見透かしたように声をかけてきた。
「え……そ、そうですね、正直そう思ってます。あんなサイズの的に当てるのは難しい……銃に何か秘密が無い限りは」
「あはははははっ! 残念だけど、あの銃に大した秘密は無いよ。確かに緋色合金製ではあるけど、作られたのはもう10年以上前の代物だからね」
スカーレットの言葉にジンは耳を疑った。サラも同様に思ったのか、驚愕した様子でスカーレットの方を見ていた。2人が驚くのも無理はない。何故なら緋色合金はほんの5年ほど前に創られた新素材、というのが常識だったからだ。ジンはたまらず尋ねた。
「スカーレットさん、10年前って――」
「――おっと、話は後で。そろそろ始まるみたいだ」
質問は即座に打ち切られ、その瞬間この場には痛いほどの沈黙が訪れる。さっきまで騒がしく準備を進めていたマイルズたちはいつの間にか準備を終えたようで、既にマイルズが地に伏せて射撃の体勢に入っていた。
「……ごくっ」
唐突に訪れた静寂の中、マイルズからひしひしと伝わってくる刺すような集中力。隣のサラが思わず息を呑んでしまったことがジンにも分かる。
(これがマイルズさんの本気なのか……老兵だなんて、なんだか笑ってしまいそうだ)
――何も感じない。
こんなに集中しているのにも関わらず、マイルズからは何の殺気も攻撃的な気配も感じられない。まるで時が止まり、自分の心臓だけが動いているよう……ジンが本気でそう錯覚しそうになったその時。
ジンの持つ散弾銃など比較にならない、鼓膜を突き破るしまいそうなほどの射撃音が鳴り響いた。




