Craftmanship-3
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自らの過去を離しながら猟銃の整備を終え、席に戻るとそこには店主の用意した野生の猪を中心に据えた無骨な料理の数々。ジンはそれらを貪るような勢いで食していた。
「ははは、若者らしい良い食いっぷりだ。飯代は奢ってやるからガンガン食いな!」
マイルズはそんなジンの様子を笑顔で眺めながら言った。隣のサラもナイフとフォークを扱いながら丁寧な作法で口に運ぶ。
「あ……意外と美味しいですね」
予想外の味わい深さにサラが一言。見た目からして正に男の料理! といった感じだが、裏を返せばそれは凝った味付けをしていないという事。素材の良さが引き立つ見事な逸品であり、不味いはずがなかった。
「なーに勝手なこと言ってやがるマイルズ。もう大した食材は残ってないから、これ以上は出せねえよ。それとお嬢さん、『意外と』ってなんだ『意外と』って。」
「す、すいませんつい……でも美味しいです」
「……ったく当たり前だ。俺が作ったんだからな」
店主は変わらず口は悪かったが、その表情や声には照れが見て取れる。マイルズがすかさず店主に突っ込んだ。
「お、なんだマスター、若い子に褒められて照れてんのか? こりゃ珍しいトコ見ちまったなァ」
「てめぇマイルズ……年甲斐も無くはしゃいでんじゃねぇ! てめぇこそその坊主と嬉しそうに話してたじゃねえか!」
「ああ……まぁ否定はせんさ、若いのと話すのはこの老兵にとっては楽しいもんだ。
――といっても肝心の話の内容は楽しいもんじゃないがなァ」
ジンはマイルズの言葉に一瞬ピクリと肩を震わせた。食事を一時中断し、テーブルの反対側に座る老兵を見据える。
「ジン、お前は確かに不幸な身の上だが、それで同情するほどこの世界は甘くない。この手の話なんざハウンドにいりゃ腐るほどに聞くからなァ。……だがお前さんはそれをキチンと分かっている。中々見所がある若造だぜ」
「……それはどうも。拳二さんにも開口一番に言われました」
「ランク5の喧嘩小僧か! 随分と久しいな、元気そうだったか?」
「それはもう。いきなり模擬戦をさせられて……思い出しただけでも打撃を受けた場所が痛む思いですよ」
「そうか……フフ、あいつらしい歓迎だな。
さて話が多少逸れてしまったが、俺がお前の話の中で気になったのはお前の異能力の源になったという、カテゴリーCの外見のまま異能力を行使した個体だ。俺は見た目通り長い間奴らと戦ってきたが、そんな個体と遭遇したことは無いし、話にも聞いたことが無い」
マイルズは難しい顔でジンを見つめる。老兵と自称するだけあって相応に老け込んだその顔には、よく見るといくつもの傷痕が刻まれている。ランク4の数字に加えてこの風貌、年の割にはかなり大柄な体格。歴戦の戦士であることはもはや疑いようがない事実であったが……そんなマイルズでさえもあの喰らう者は知らないと言う。
「悪いなジン、今の時点ではそんな事しか俺には言えん。ましてやお前に力が乗り移った事に関しては、まるでさっぱりだ」
(やっぱりあいつは特殊な個体だったってことか……でもそれなら益々分からない。あれは何処からやってきたんだ?)
ジンは思わず考え込んでしまうが、今考えた所で答えは出ないことも分かっている。感傷に浸りそうになる心を抑え、窓の外を視認した後に席を立つ。
「――いえ、あいつがただの喰らう者じゃないってことがより一層分かりました。この事は今後調べていくとして……天気が安定してきたみたいです。そろそろ行きましょうか?」
「お、そうだな。案内するぜ」
窓の外に見えるは勢い無く降る雪。今にも止んでしまいそうな美しい粉雪だった。
集落を後にしてマイルズたちの案内の下、2人はネイスミスの工房を目指す。ここから更に数㎞歩き、エリア2との境界ギリギリまで北上するようだ。降雪時間は短かったはずだが、低い気温のせいで薄く積雪している。
「……すごいな、初めてこんな自然を見た気がする」
大災厄前に使われていたと思われる荒れ果てたアスファルトの道路と朽ちた車、そして雪化粧し乱立する木々。ジンの今まで見てきた景色とはあまりにかけ離れた景色。人類などとうの昔に滅んでしまったと言わんばかりの静かな世界がそこにあった。
「この景色を見ていると、大災厄の爪痕の深さが分かるような気がします……っくちゅん!!」
サラがくしゃみをしながら辺りを見渡す。廃墟が自然に侵食されているような状態……道路のひび割れから植物の根が顔を出しており、積雪も合わさって足場が悪い。
「サラさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。店主さんから借りたコート、結構暖かいですから」
出発前に店主がサラに貸してくれたオーバーサイズのダウンコート。口は悪いがなんだかんだと面倒見の良い人だった。動き辛そうではあるが、気温の低さを省みても背に腹は代えられない。
「――しかしそれが例の力っスか。ちょっと目とか不気味っスけど、便利そうでイイっスね」
そう振り向きながらジンに話しかけてきたのはマイルズの部下の1人、少年と形容するのが正しいであろう兵士だった。ジンはさっきとと同様に焔を薄く纏い、寒気をシャットアウトしていた。
「ははは……まぁ確かに、便利に使ってるよ。ところで君も含めたマイルズさんの部下の人たちって、みんな数字持ちだったりするの?」
マイルズの部下は少年を含め4人。年齢はそれぞれ隔たりがあるが、みな肩に同じ狼の描かれたワッペンを付けている。
「あ、それは違いますよ。俺らはみんな元バーテクス正規軍の兵士で、戦いたくてマイルズ隊長にくっついて来たんス」
「くっついて来た……もしかして、マイルズさんは――」
しかしその時、ジンの言葉は真剣なマイルズの声に遮られた。
「――全員止まれ。敵さんのお出ましみたいだな」
「な……」
さっきまではそれぞれが和やかに会話をして歩いていたが、マイルズの一言で一瞬の内に殺伐とした空気になる。少年も含め部下たちの反応は早く、即座に銃を構える。アサルトライフルを短くし、より取り回しを強化したカービン銃が雪の白さに良く映える。
「ウォーウルフ隊、前方への警戒を怠るな。フォーメーションは2番で対応する」
「イエス・サー」
マイルズは部下たちを先行させ扇状に展開させる。マイルズを頭に統率の取れた4人小隊だということは、すぐに思い知らされた。
(……明らかに部隊での行動に慣れてる。やっぱり……)
一歩後退したマイルズも銃を構え前を見据えていたが、視線をそのままにジンに忠告する。
「ジンはそのまま後方を警戒しつつ、サラの保護を最優先に待機しろ。敵はこちらに任せておけ」
「……了解しました」
ジンは左手に散弾銃を構えながら右手でサラを肩を掴み引き寄せる。
「て、敵って……大丈夫なの!?」
サラは唐突な戦闘態勢に動揺しつつも拳銃を抜き、セーフティを解除する。
「多分大丈夫だと思う……ランク4、数字上は拳二さんを超えてるんだから」
ジンは辺りを見渡しながらも内心苛立っていた。抱いていたのは他でもない、自分自身への叱咤だ。
(俺は感知の能力を持っている。現に今、感覚を研ぎ澄ますことで前方に2体潜んでいるのが分かる。なのに完全に気を抜いて、警戒なんて欠片もしてなかった……なんて情けない)
――だが、そんな後悔は後回しだ。見覚えのある怪物……カテゴリーCの喰らう者が低い呻き声を上げながらゆっくりと姿を現した。




