Old library-6
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「あ、いたいた。ジン君」
不意に聞き覚えのある声が耳に入り、ジンは本から目を離して顔を上げた。するとそこにはいつもの黒いスーツ姿ではない、普段着のサラの姿があった。
「あれサラさん……もういいんですか? 今日は休んでいた方が……」
「あはは……流石にこの時間まで寝てたら目が覚めちゃって。部屋を訪ねたらまだ戻っていなかったようなので、様子を見に来てしまいました。しかしジン君……昼からずっとここにいたんですか? 学生も顔負けの勤勉さですね」
周りを見渡すとちらほらいたはずの他の利用者の姿は消えていた。壁に掛けられた時計の時針は10の数字を指し示しており、かなりの時間書物を読みふけってしまったことが分かる。
「いえ……ただ夢中になっていただけですよ」
ジンは席から立ち上がってまだ読んでいない資料を集める。閉館時間は午後11時、読み残した分で借りられるものがあったら借りてしまおうと思ったのだ。
「――ところで……隣で座りながら寝ているのはどなたですか?」
サラは微笑みながら言った。そういえば昼に会った時にはアームズとちょうど入れ替わりになったので、今日行動を共にしていたことはサラには知られていない。
「ああ……彼女は――」
ここまで言いかけてジンは口を閉ざした。ミシェルの時と同様に、アームズの正体を他人の口から話すのは抵抗があった……というのもあったが、それよりサラの表情を見て思わず固まってしまった。
(お……怒っている? 表情は笑顔のはずなのに……何故かそう感じる)
その笑顔にはややマッチしない、いつものサラとは違う少しだけ冷ややかな声色。そのギャップにジンには怒りの感情を直感した。理由はまるで見当がつかないが故に、どうしようもない焦燥に駆られる。
「あーっと……えー……彼女は……その……」
実はランク3・アームズなんだ、と言ってしまえば楽なのだろうが、ジンの中の信念がそれを許さずついあたふたとしてしまう。
しかしその時アームズがピクリと動いた。
「……ん……ジン、もう読書は終わったの……?」
アームズはゆっくりと身を起こしながら、肩にかけられていたブランケットを不思議そうに手に取った。
「あ、ああ……そろそろ閉館時間でさ。ごめん、長くなった。そろそろ帰ろう」
「……うん、了解」
「これだけ借りられるか聞いて来るからここにいてくれ。サラさんも少しだけ待ってて下さい」
そう言ってジンは数冊の本を抱え、アームズの持っていたブランケットも預かって受付カウンターに向かった。なおその場しのぎになるとはいえサラの追求を逃れるために早足だった、というのは誰の目から見ても明らかだった。
サラは少し困惑していた。
この女性が目を覚まし立ち上がってから、視線は女性に釘付けになってしまうのだ。フードを深くかぶっている上に長い前髪が邪魔をして暗い印象を受けるが、美しい銀髪と自分と同じか少し高めの身長、前髪の僅かな隙間からでも分かるほど整った顔立ち。一目で凄まじい美人というのが分かる。
(綺麗な人……この人、ジン君とは一体……)
サラはこの女性を見ていると何故か胸が締め付けられるような気持ちになる。人とのコミュニケーションは得意、ジンとの関係や女性自身の事を聞こうと思ったが……結局話しかけることは出来ず、ジンの戻りを気まずい沈黙のまま待った。
3人はオールドライブラリを後にし、すっかり日が落ちた夜道を第3層の自室前まで歩いた。しかし至る所にある照明は未だ点灯しており、昼とはまた違った明るさを感じさせてくれる。色彩豊かな光が煌びやかに摩天楼を照らし、吹き抜けを通して最下層の喧騒が響いてくる。仕事を終えた後の開放的な空気……街並みはあまりに違うが、この空気はエリア3のスラムと大差無いな、とジンは思った。
「――まさかこの人お隣さんだったなんて……そっか、お昼は彼女を待っていたんですね」
「ええまぁ……では2人共、とりあえず俺はここで。サラさんはまた明日の朝に」
「ふふ、寝坊には気を付けて下さい」
……その言葉、そっくりそのままお返しします。と言わんばかりの苦笑を浮かべてジンは自室の扉を開く。
――しかし一歩部屋に足を踏み入れたその時、後ろから服を引っ張られた。歩みを止めて振り向くと、そこにはアームズの姿があった。
「待って……その……」
まるで今日初めて会った時のよう。しかし今のジンには彼女が何を言いたいか、どんな思いがあって自分を引き留めているのか分かっている。
「――そうだ、ネクサスを少し貸してくれないか?」
「え……う、うん」
ジンは慣れないタッチパネルを操作し、自分のネクサスにも一緒に数字を打ち込んでいく。この数字はネクサスの端末固有IDであり、これ一つ交換しておけば電話やテキストメッセージのやり取り、通信圏外における端末間の直接通信が可能になる。ミシェルから譲り受けたネクサスは初期化されており、ジンにとってはアームズが初めて登録された連絡先になった。
「これで良し! じゃまた、今日はありがとうアームズ」
ネクサスをアームズに返してジンは自室へと姿を消した。
(……今の名前は)
サラはたった今ジンが口にした名を知っている。
「あ、あのっ、もしかしてあなたは――」
すぐさま女性に声をかけようとしたが、女性は全速力とも言えるダッシュでサラの横を通り過ぎ、自室に戻ってしまった。サラはその場にポツンと1人残されてしまう。
「――まさかお隣さんで、女性だったとは……少し信じられないけど……まぁ詳しい話は明日ジン君に改めて聞いてみよう。
……それにしても夕飯、誘おうと思ってたけど……うん、今日はやめとこう」
サラは自室に戻ることなく第4層へ向かう。実のところ、こんな時間だというのにまだ一度も食事を取っていなかった。
(もう11時近い……こんな時間に営業してるのは、『キングス・バーガー』だけかな)
真夜中、暗闇の中で光るネクサスの画面。その画面に表示されているのは、たった1件しか登録の無い連絡先一覧だった。
(……ジン)
アームズはベッドの中でネクサスを胸元に近付け握り締める。初めて出来た人との繋がり、初めて抱いた喜びの感情に心を震わせ、深い眠りに就いた。
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