Old library-5
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バーテクス正規軍の兵士が門衛を務めている大きな建物。見るからに警備は厳しく、過剰なまでに武装した兵士が巡回している。
「凄い警備体制だ……本当に入れるのか?」
ジンはそんな警備の様子を目の当たりにし、思わず後ずさってしまいそうになる。見える範囲でも尋常ではない量の監視カメラが設置されており、一目で重要施設ということが分かる。
「大丈夫……これを見せれば入れる」
アームズがそう言って取り出したのはハウンドのドッグタグ。そのまま門衛にタグを見せにスタスタと歩いていってしまった。ジンも慌ててアームズに続く。
「確認しました。ランク3、並びにランク23。
――ようこそ『オールドライブラリ』へ」
何十にもロックされた重い扉が開いていく。大災厄前の人類の記録……ジンは高揚した気持ちを抑えつつ、建物内へ足を踏み入れた。ずっと知りたかった世界の真実。その一端はここにある。
思わず目を疑った。これだけ広い空間を狭いと錯覚してしまうほどの本棚の数。また壁にも棚が設けられており、数えきれないほどの相当な蔵書量であることが分かる。見た所保管されている物は書物に限らないようで、生物のはく製やミニチュアの建築模型、写真なども至る所に見受けられる。
(知りたいことはたくさんある……けど、何よりもまずは『大災厄』。その一点に絞ってみよう)
ジンは棚の隙間を縫うように歩き回り、展示物を流し見しながら気になる書物を手に取っていく。主に重視したのは時系列。手っ取り早く大災厄以前の時代の最も新しい記録と大災厄後の最も古い記録をかき集めた。
(これは……バーテクス正規軍が今までに収集した様々な記録の写しか、いい参考になりそうだ。それにこっちは大災厄以前の時事的な情報を記載した紙の束……新聞と言うのか。保存状態が悪いのは仕方が無い、少しでも読めればそれで十分だ)
こうして集めた有象無象の書物を抱えて閲覧スペースの机に持ち込み、席についた。ちらほらと他の利用者の姿は見えるが、座席を埋めるほど混雑している訳ではないので、その点は幸運だった。
「さて、かなりの量を持って来ちゃったけど……とりあえず読んでみよう。まずは――」
アームズはジンと一瞬別れ、借りていた本の返却手続きのために受付まで来ていた。顔を伏せながら、表紙を下にして本を手渡す。
「――確かに3冊、返却を確認しました」
司書の女性はそう言ってカウンター越しに本を受け取った。アームズはすぐに身を翻し、足早にその場を離れた。
基本的にオールドライブラリ内の代物は持ち出し不可の物がほとんどだが、一部の書物などは定められた期間内であれば借りることが出来る。たった今返却した個人出版のエッセイ本、他には娯楽作品などがそれにあたる。
(……ジン、見つけた)
ジンは机に山のように積んだものを1つずつじっくり読み進めていた。隣の席に座ってみたが、ジンの集中には鬼気迫るものがあり、まるでアームズに気付かない。あまり人とは目を合わせられないアームズだったが、ここぞとばかりにジンの顔を凝視してみる。
(とても真剣な横顔……)
特に何をするでもなく、机に伏せながらアームズはジンの横顔を見つめ続けていた。初めて自分から人に話しかけた1日、思ったよりも気を張り続けていたのだろうか。戦闘後の疲労とは違った疲れを感じる。
――勇気を出してみて良かった。人との関わりは思ったよりも悪いものではなかったのが分かった。ただ他人の横顔を眺めているだけなのに、こんなにも心地良い。それはきっと、こんな私を受け入れてくれたあなただからだと思う。だから本当にありがとう。
(……なんて、いつか伝えられたらいいな)
少しだけ、瞼が重かった。
「――……」
ジンは持ってきた記録を一通り読み終え、かつてないほどに思考を巡らせていた。
(……なるほど、色々と分かってきた)
大災厄以前の文明。人類の築き上げた文明は栄華を極め、その総人口は約70億人。歴史は2000年以上に渡って続いていたようだ。そこには無数の国や言語、宗教などの壁がありながら、大きな戦争の起きない平和な社会が作られており、まさしく理想的な時代が確かにあったのだ。
しかし、そんな時代に突如発生したのが大災厄だった。
大災厄によって当時の人口の7割が死滅したと言われているが、どうやら確かだったらしい。大災厄後、生き残った人類が初めて総人口を調査したところ、判明した総人口は約20億人。約50億人もの犠牲はこの世界をかつてない大混乱に導き、国や社会という概念を簡単に消失させた。
しかし人類の試練はまだ終わってはおらず、人口の減少はこの数字で留まらない。
次に喰らう者の登場。大災厄を機にその存在は出現し、あろうことか人間を好んで捕食する習性がある生物学上の天敵。そいつらは非常に強靭な表皮と身体機能を持ち、並みの手段では打倒は敵わなかった。加えて医療技術を筆頭に様々な技術の衰退もあり、総人口は急激な減少を繰り返す。15億人、12億人、8億人……そして以前マクスに聞いたカテゴリーSの喰らう者が出現した年の大量虐殺を最後に総人口の算出は行われていないようだ。
最期に算出された数字は約1億人、これはもう10年以上前の記録だ。サラの言っていた通り、現在の総人口は1億人を下回るだろう。
(そんな苦難の時代の中、人は図らずとも一丸となって生き延びた。バーテクス正規軍という、持てる力の全てを集めた軍隊を結成して。……しかし……)
そう。総人口の急激な減少の数字が指し示す通り、文明の崩壊した人類では喰らう者に対抗することは困難だったのだ。兵士の数も足りなければ武器も足りない。特に装備の供給は深刻で、武器の製造などは知識ある個人が行っていたためどう足掻いても供給は不足する。ほとんどの兵士が大災厄以前のものを再利用し続けるという、今以上に厳しいものだった。
明らかに不利な戦況は続き、気付けばバーテクス正規軍はたった1つの街に追いやられていた。それが今のエリア1の都市区画の原型になったようだが……。
(しかしここでようやく人類に希望の光が見えてくる。……今から約5年前の『緋色合金』の登場か)
ある1人の男が正規軍の資本を提供してもらうことで興した企業『バーミリオン社』。その企業が開発した新たな金属素材の登場により戦況は変わり、まともに喰らう者と戦えるようになったのだ。
また正規軍は新たに各地でそれぞれ生き残っていた3つの集団と合流し、この3つの集団が拠点としていた場所が後の各エリアとなったようだ。
1つは現在のエリア3に相当する広大な山岳地帯を拠点にしていた住民たち。莫大な鉱物資源と労働力を保有しており、正規軍の後ろ盾を条件にそのほとんどがバーミリオン社に吸収されたのは言うまでもない。
次に合流したのは現在のエリア5に相当する荒野を拠点にしていた戦闘集団。しかし緋色合金製の装備を提供できるのは正規軍傘下の企業であるバーミリオン社のみだったため、彼らは皆喜んでバーテクス正規軍の軍門に下った。
その次は現在のエリア2に相当する極寒の北方を拠点にしていた集団。気温の低い北方は喰らう者が比較的現れず、厳しい環境と引き換えに安全を選んだ者たちがそこに集まっていた。現在では当然正規軍の占領下になっており、主に喰らう者の生物学的研究を進める拠点となっている。
(――こうして『エリア』の概念が作られて、人間は勢力を伸ばしていって現在に至る訳だ。エリア4と6に関しては、元々人のいなかった場所にゼロから築いた拠点みたいだな)
こう見ると人類は莫大な犠牲を払いつつも奮起に成功したかのように見える。しかしその実態は違う。各地の戦力を統合した結果、己の保身に走る者たちが現れたのだ。エリア1という正規軍の大元にして人類最大の拠点、その防衛を大義名分にして。
(各エリアの人員配置図……確かにエリア1だけ過剰もいいところだな。正規軍のおよそ8割が詰めている)
ジンは資料を眺めながら表情を曇らせる。早い話、正規軍は合流した各地の人間を仲間ではなく手下のように捉えているのだ。一部の人間をスケープゴートにしているこの現状、腐敗と言わず何と言うのだろう。
前線に駆り出されるのは元々エリア5を拠点としていた戦闘集団の者たち中心で構成されている部隊と一部の志願兵のみであり、あとはひたすら防衛のために待機、待機、待機……。あまりに消極的なその姿勢、ハウンドが設立されるのも納得できる。
「……ま、大災厄前後の情報としてはこんなところか。後は大災厄以前の技術についてだな、とにかく他に資料を――」
再びジンは大量の書物を抱え、棚に向かおうとしたその時。いつの間にか隣に座っていたアームズの姿に気付く。アームズはジンの方に顔を向けながら、穏やかな息遣いで……眠っていた。




