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No name-2

更新しました!よろしければ覗いていって下さい!



 エリア1都市区画・第4層。

 正規軍の利用する軍港を含めあらゆる港に直結する最下層は、エリア1においての物流の生命線とも言える重要な階層だ。また陸路も当然ながら第4層に通じており、街の南側には大きな門を構えている。武器や食料、その他にも物資が各地から集まっており、それらの売買を生業とする商人たちで溢れ返った活気ある街並みが広がっている。

 騒がしいのも無理はない。エリア1の店という店は、全てがこの層に集中しているのだ。


 そんな第4層をジンは銀髪の女性と共に並んで歩いていた。


 「人が多いな……こんなに一度にたくさんの人を見たのは初めてだ」


 ジンは周りをキョロキョロと見渡しながら呟いた。

 人々の中には屈強な兵士、子供の手を引く母親、スーツに身を包んだビジネスマン、その他にも本当に多種多様な人物が混在している。この様を見ていると人類最大の街だというのも納得だ。

 しかし往来の人々を眺めるだけでなく、ジンは飲食店にも注視していた。


 「飲食店もとても多いな……えーと、何か食べたいものとか、苦手なものとかってあります?」


 1人ではないので、自分の一存では決めることは出来ない。並んで歩く女性にそれとなく食の嗜好を尋ねてみた。


 「……私に好き嫌いは無い。あなたと一緒に過ごすことだけが目的」


 「……な、なるほど……」


 ジンはますます彼女が分からない。この誘いの動機や名前を知っていたのもそうだが、よくこの広いエリア1の中で自分を見つけたものだ、と感心していた。当然ながら彼女とは初対面、何故こちらの事を知っているのかは全くを以って謎だが……。


 (まぁ立ったまま色々聞くのも良くないし、とりあえず敵意みたいなものは感じない。食事をしながら話してみよう。名前も知らないんじゃ色々困るし、聞きたいことが多すぎて頭が痛くなりそうだ)


 ジンは再び立ち並ぶ店を眺める。買い物の予定がある以上、可能な限り食費は抑えたい所。

 そんな中1つの店が目に留まった。


 「随分派手な外観だけど……『キングス・バーガー』か。見た感じサンドウィッチのようなものを売っているみたいだ。値段も手頃だし、ここにしようかな。えーと……すいません、あなたの名前を聞いてもいいですか?」


 「私は……その……ね、『ネームレス』。あと、丁寧な言葉遣いはいらない」


 (名無し(ネームレス)……どう考えても偽名なんだけど……まあ後でいいか)


 まるで今咄嗟に考えたような明らかな偽名に、ジンは底無しの怪しさを感じつつもその場では追及しなかった。実のところジンの空腹は限界に近く、早く何かを口にしたかったのだ。


 「――じゃあネームレス。大したものじゃなくて悪いけど、ここでいいかな?」


 「分かった。何の異論も無い」


 「……よし、それじゃ入ろう」


 年頃の女性とは思えない、機械的な応答だと思った。とりあえず異論は無いらしいので、2人並んで店に入る。


 (機械的な言葉……『名無し』……好き嫌いは無い、か。なんだかあの人にそっくりだな……)


 ジンはネームレスの言動や表情に、ランク3のアームズを想起していた。応答の言葉選び、アームズという本名ではない名前、そして別れ際に答えてくれた質問の答え。共通項が余りに多い。

 しかしジンの中でアームズの人物像は、屈強な男性だった。銃器類を正確に操る実力、自らの身を省みない強引な戦い方、あのアームドアーマーを纏うのだって、かなりの筋力を要求されるだろう。

 それらを考えるとやはりアームズとネームレスを同一人物と見ることは出来なかった。

 

 (ネームレス……細くて綺麗で、顔立ちには幼さが残ってる。同い年か少し年下だろうし、流石にあのランク3が女性ってことはないだろう)


 「……?」


 ネームレスはジンの顔を不思議そうな表情で見ている。

 ジンはネームレスを凝視しながら考えてしまったので、視線を不審に思われたのだろう。


 「っと、ごめんごめん。何でもないよ」


 何はともあれまずは食事だ。

 ジンが最後に食べたのはエリア5の現地で食べた軍用の携帯食料で、まともな食事はサラの手料理以来だったジンは、内心では心を躍らせてメニューを眺めていた。









 「な、なんだこれは……美味過ぎる……!!」


 空腹も度合もあってか初めて口にしたハンバーガーという食べ物は、ジンにとって衝撃的な味わいだった。微塵も栄養価を考えられていない、挽肉を固めたものをパンで挟んだだけのシンプルなサンドウィッチ。見たことも無い独特の真っ赤なソースと、滴るほどの肉汁。付け合わせにはジャガイモを油で揚げたものが添えられており、食べやすいように細長くカットされている。

 一応サンドウィッチには挽肉と共に申し訳程度のレタスが挟まってはいるが、それだけではどう考えても野菜不足だ。


 ――しかしそれがたまらなく美味い。

 くどいとさえ思う炭水化物と肉の山に、ジンの手と口は止まらない。

 ネームレスとの会話も忘れて、1分もかからず一気に完食してしまった。


 「なんて恐ろしいサンドウィッチ……いや、ハンバーガーだっけ。付け合わせのフライドポテトも塩が効いていて美味しいし、このコーラというのも甘くて美味しいし、炭酸の爽快感が楽しいな……ん?」


 ふと向かいに座るネームレスの方に目をやると、彼女は一口もハンバーガーを口にしていなかった。


 「もしかして……苦手だったかな、確かにあんまり女の子は好きそうじゃないものだもんな、コレ」


 「……違う。今までは必要な栄養素だけを摂取していたから、こういう食事は初めてで……」


 必要な栄養素を摂取……ジンにはネームレスの言っている意味が良く理解できていた。

 この世界では基本的に食料は貴重品で、特に生物や新鮮な野菜といったものはより高価だ。なら貧しい人々は何を食べて生きているのか……答えは簡単。保存が効き、かつ栄養価の高い加工食品が主流なのだ。この加工食品は元々は軍用食で、言ってしまえばとても硬いパンのようなものだ。その加工食品は大量に生産されている代物で、安価で手に入る。エリア3にいた頃はジンも食事の大半がそれだった。

 彼女はきっとその食品のことを指しているのだろう。それと水さえあれば、人間は生きて行けるのだから。


 (彼女の背景は知らないけど……そうか、コレ食べたこと、無いのか)


 するとジンはネームレスに向かって笑って言った。


 「――だったら俺と同じだ」


 「……え?」


 「俺も実はコレ、食べたの初めてなんだ。すごく美味しかったから、安心して食べなよ」


 「……」


 ジンは自分で何を口走っているのだろう、と思っていた。大体安心して食べるとはなんだ? 彼女がハンバーガーに恐怖しているとでも?


 (直感的に喋り過ぎだ……! 今日初めて会った奴に安心してなんて言われたって――)


 「――なら食べる」


 「あ……」


 ネームレスはジンの考えとは裏腹に、ハンバーガーを食べ始めた。


 「……!!」


 ネームレスは一口食べた途端、無言でバクバクとペースを上げた。もはやバクバクというよりガツガツと言った方が正しいような、豪快な食べっぷりだ。


 (はは……気にいったのかな?)


 気が付けばネームレスはジンとほとんど変わらない時間でハンバーガーを完食してしまった。

 そして口の中に頬張っていた分も飲み込んだ後、彼女は唐突に立ち上がった。


 「――少し待っていて」


 「え? ああ、それは構わないけど……」


 そう言ってネームレスは早足でどこかに行ってしまった。


 ――待つこと約10分。

 ジンは席を立ちネームレスを探しに行こうと考え始めたその時に、ちょうど彼女が戻って来た。


 「ああ、戻って来た……ってそれ……!?」


 ジンが驚いたのはネームレスの持っていたもの。

 山のように積み重なったハンバーガーがトレーの上にそびえ立っている。どうやらこの山を追加で買っていたらしい。

 何も言わずにネームレスは席に着き、一心不乱に食事を再開する。


 (よほど気に入ったんだな……)


 彼女は相変わらずの無表情だったが、黙々とハイペースのまま食べていることからもそれは容易に分かった。

 しかしそんな彼女を見ていたジンの目はあるものを捉える。

 首から下がっているネックレス……にしてはチェーンが太く、見覚えがある。ネームレスはハンバーガーを次々手に取っていく中、トップの部分が服の中から外へこぼれた。


 (……あれは)


 ネームレスは食事に夢中で気付いていないようだが、ネックレストップに下がっていたものが分かり、ジンは彼女に抱いていた謎が氷解していくのを感じた。

 ネックレスのように彼女が身に付けていたもの、それはジンの持っているものと全く同じ、ハウンドの所属を示すドッグタグだったのだ。


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