表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Beyond 【紅焔の反逆者】  作者: おとうふ
ACT-1 Beginning
6/135

Beginning-5

第5部分です!よければ覗いていってください!




「ハァ……ハァ……あいつは……追って来ていない?」


 ジンは足を止め、後方を確認する。

 あの焔を纏う喰らう者(イーター)は目視できない。息を整えながら、改めてカガリに声をかける。


 「姉さん、無事で本当に良かった……。大きな怪我はしてない?」


 ジンが安堵の表情を浮かべながら、カガリを気遣う。

 パッと見ただけでも、その体には無数の擦り傷や火傷が目立つ。大怪我こそ無いものの、よくぞここまで走ってくれたとジンは内心思った。


 「はぁ……はぁ……大丈夫」


 息を切らしながらもカガリはなんとか応える。


 「よし……距離はあるけど、港湾区画に向かおう。あそこには何人か生存者がいたし、船もある。きっと脱出できるはずだよ」


 ジンがそう言って再びカガリの手を引き走り出すと、カガリがそれを拒否するように、強く立ち止まる。


 「姉さん……?」


 「ジン……どうしても今言わなきゃいけないことがあるの……」


 いつもの姉と違う雰囲気にジンは足を止め、思わずその声に聞き入った。まるで昨日の……バーテクス正規軍に志願することを話した時のような。



 「私……本当は……ジンに会う前の私は――――」



 カガリが話しているその刹那――あの怪物が現れた。


 デタラメにもその怪物は、2人がいる場所の真横の建物を突き破って、大量の飛散する瓦礫と共に姿を見せたのだ。


 その大量の瓦礫は、容赦なく2人を襲う。

  

 ジンは飛んで来たコンクリート片で頭を強打し、吹き飛ばされ地面を転がった。温かいものが頭から流れる。朦朧とする意識、大きく歪む視界。今自分が立っているのか、地面に伏しているのかさえ判らない。


 それでもジンはカガリの姿を探す。


 「……ねえ……さん……」


 カガリも血塗れだが、こちらを見ていない。その場に座り込み、覚悟したような強い視線で何かを見上げている。


 そんなカガリの視線の先には――


 (喰らう者(イーター)……あいつ、ねえさんを狙ってるのか……。だったら……だったら守らなきゃ……)


 吹き飛ばされ、傷だらけになった体を。


 (おれが……ねえさんを守る……)


 今も遠のき、朦朧とする意識を。


 (おれが……姉さんを……俺が、)


 あの怪物の放つ強大な殺気。

 纏っているあの焔に恐れ、折れた心を。


 (今ここで守る。――姉さんだけは、守って見せる!)


 その全てを奮い立たせ、ジンは勢いよく立ち上がる。


 ――乾坤一擲。ジンの体は悲鳴をあげ、血を流し過ぎたせいか焦点が合わない。

 ならば取れる選択肢はただ1つ。

  

 焔を纏うその大きな背中を、ジンは渾身の力で斬りつけた。


 「グアアアアアアアアアアア!!!」


 大量の血が噴き出し、喰らう者(イーター)は絶叫する。


 ――が、怪物はカガリへの歩みを止めない。

 大きな傷を与えたものの致命傷にはならず、それどころか注意を引き付ける事すら出来ていない。


 (明らかにおかしい……。まさか……姉さん個人を……狙っているのか……)


 ジンは追撃を試みたが、大きくよろけ立ち止まる。

 足が言うことを聞かない。


 遂に喰らう者(イーター)は、カガリの眼前に辿り着く。

 腕を大きく振りかぶりながら、再び声を発する。


 「アァ……オマエダ……ワタシハヨウヤク……」


 ジンは怪物の声を聞き取れない。

 意識は既に限界。体の感覚は鈍くなっており、頭から流れる生温い血の温度しか感じられない。


 焦点の合わない視界に映る、その光景。


 赤黒い焔を纏う怪物が、大きく腕を上げ、今にも振り下ろさんとしている。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 このフラッシュバックは、ジンを再び立ち上がり、走らせる。


 















 ――――心臓を目がけて一直線。

 怪物の剛腕はジンの胸部を貫き、纏う焔はその身を焦がす。


 「――――がはっ」


 大量の血を吐き出す。

 胸を貫く痛みと衝撃が、ジンの意識を鮮明にさせた。


 「ジャマヲスルナヨ……コゾウ……」


 今度はハッキリと聞き取れた。――しかし。


 確実な致命傷。

 胸部の大部分は貫かれており、きっとどんな治療でも救うことは出来ないだろう。


 それは医療に心得の無いジンにも明白だった。

 しかしジンは微笑み、吐血しながら言い放つ。

 

 「……邪魔は……させてもらう……。姉さんは殺させない……。それに……」


 もう呼吸などしていない。ただ魂を込める。

 ガンツとシンシアの顔を思い出していた。


 「――仇討ちだ! 絶対にお前は俺が殺す!」


 文字通り最期の力すべてを込め、右腕に持っていたブレードを怪物の胸部に突き立てる。


 「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 怪物は赤黒い焔を煌めかせ、必死にジンから腕を引き抜こうとする……が、ジンのブレードはそれよりも早く、強く怪物を貫いていく。


 「おおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ジンは叫ぶ。

 自らの死すら超える、大切な人々への想い。

 その想いは、あの悪夢を乗り越えた。



 「――オモシロイ。ナラバワタシハ、オマエヲ――」



 不意にジンの頭に声が響く。怪物の口元に目をやるが、動いていない。

 こいつが発した声ではないようだ。

 

 ――ただ、その口元は歪んでいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ブレードが怪物の体を完全に貫いたその瞬間、怪物は無数の美しい火花となって霧散した。

 ジンはその場で膝をつき、ブレードから手を放した。


 「ぐっ……うっ……アァァ……」


 唐突にジンは、あまりの違和感に堪えられず苦悶する。怪物の体は美しい色の火花となって消えた。


 しかしあの醜悪な赤黒い焔――奴の力そのものが、自分に空いた胸の穴から流れ込んできたような……そんな違和感を感じた。


 その違和感がある程度治まると、ジンは自分の胸に触れる。

 大きな傷跡はあり抉れているものの、穴自体は()()()()()()


 ――ありえない。

 この急激な治癒を疑問に思ったが、ジンにとって自分の体のことなど後回しだった。

 周囲を見渡し、カガリの姿を探す。



 カガリは座り込んだまま、穏やかな表情でこちらを見ていた。

 ジンは痛む体を引きずりながら、フラフラと歩み寄る。


 「姉さん……何とかやったみたいだ。怪物はなんか消えちゃったし、よく分からないけど俺も生きてる」


 焼けるように痛い喉を震わせ、カガリに語りかける。

 しかしカガリは応えない。


 「姉さん……?」


 ジンはカガリの方へ視点を移す。しかし焦点が未だにうまく合わない。

 カガリは出血が多く、特に首元の血痕が目立つ。


 「……?」


 ジンは目元を擦り、カガリを凝視する。ようやく焦点が合ってきた。




 ――目立っていた首元の血痕は、喉元を斬り裂かれた、無残な傷によるものだった。


 「う、嘘……だよな……? 姉さん……姉さん……?」


 返事は無い。正確には返事がジンの耳まで届かない。

 カガリの声は既に失われており、声を出そうとしてもヒュウヒュウと虚しい音を立てるばかり。

 血痕に目を取られ気付かなかったが、顔色も蒼白としていた。


 「嘘だ、嘘だ! 返事をしてくれよ姉さん! 姉さん姉さん姉さん!!」


 大粒の涙を流しながら、ジンは必死に呼びかける。

 抱き寄せた体は冷たい。まるで昨日の背中の温もりが嘘だったかのように冷たい。


 ――喰らう者(イーター)が建物を破壊して2人に追いついた時、飛散した大量の瓦礫。

 その時既にカガリは飛来したガラス片により、この致命傷を負ってしまっていたのだ。


 カガリは腕をゆっくりと伸ばし、弱々しくジンの頬を撫でる。その頬は火傷で真っ赤になっていて、鋭い痛みが走った。

 何かを語るようにカガリの唇が動く。が、虚しく風の音を立てるばかり。


 「姉さん! 何言ってるか全っ然わかんねぇよ! 頼むから……頼むから死なないでくれよ!」


 カガリは腕を力なく投げ出し、その目には涙を浮かべていた。


 「や、約束したろ!『絶対死なない』って! 俺は守ったぞ! 胸に穴開けられてもちゃんと約束は守ったぞ!」


 カガリはその目に浮かべた涙をぽろぽろと流し、少し微笑んだ。


 「だから……だから姉さんも、約束を返してくれよ……頼むよ……」


 口元を再び動かした。

 もう風の音すら聞こえない。


 ただジンはその言葉が分かった。分かってしまった。


 ――ただ一言。ごめんね、と。


 「姉さん……姉さん……」


 ――カガリはそれを最後に、二度と動くことは無かった。
















 エリア3には無数にある、貧しくも必死に生きる労働者(ワーカー)達の街。その内の1つが、地獄と化した。

 街は焔に包まれ、生存者も片手で数えられる程しかいないという。



 その地獄の中心。

 焔の海の中、もう誰もいなくなった街の中。


 1人の青年の慟哭だけが、虚しく響く。


感想・評価などお気軽に寄せて頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ