No name
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「……」
ジンの服を引っ張りその歩みを止めたのは、見覚えの無い1人の女性だった。
引っ張る、というよりは軽く掴んだ程度の強さだったので、敵意は無いと分かっていた。
「君は……?」
ジンは振り向いて立ち止まり、女性に向き合う。
無言のままジンを凝視する女性……見事な銀髪が真っ先にジンの目に映った。
髪型には気を遣っていないのか、伸ばし放しで束ねたりは一切していない。腰まである後ろ髪に、顔全体が隠れてしまいそうなほどの前髪がなんとも邪魔そうだ。
服装に関しては飾り気の無い黒色に統一されたもので、やはり気を遣っているようには見えなかった。
「……」
「え、えーと……」
女性から返事が返ってこないのでジンは困惑していた。
(迷子……というには背が高いな。俺を基準として推測しても160㎝後半~170㎝はありそうだから、子供ではないだろう。もしかしたら道に迷ったとか……?)
頭の中で女性が引き留めてきた理由を色々と考えてみたものの、さっぱり分からない。待っていても仕方が無いのでこちらから聞いてみることにした。
「……俺に何か用ですか……?」
「……」
返事は無い。長い前髪に加えて女性はうつむいており、表情を窺うことも出来ない。
(参ったな……このまま立ち去るのも――)
人の良さが足を引っ張りジンはその場を動けずにいたが……そんな時、突然女性が顔を上げた。
「――あの、食事に行きませんか……ジン」
何故女性は自分の名前を知っているのか、何の意図があって食事に誘っているのか……。
分からないことだらけだったが、ジンはあるものを目にし、それらの疑問は一瞬頭の中から消え去ってしまった。
そのあるものとは、女性の顔。
顔を上げたことにより、長い前髪の隙間から覗く彼女の顔。
余りにも整った顔立ち、透き通るような白い肌、そして人間らしさを感じることの出来ない無表情。まるでこの上なく精巧に作られた人形のような、どこか無機的な美しさを感じた。
ふとジンは思い出したことがあった。
エリア3のスラムにいた頃、よくカガリが見知らぬ男に声をかけられて困っていると言っていた。
(たしかそういった行為を姉さんはナンパとか言ってたけど……
――まさかこの状況は、逆ナンパってやつなのか……!?)
時刻は昼食には少し早いが……昨日の夕飯と今日の朝食を抜いていたジンにとって、最も優先すべきことは食事であるのもまた事実であった。
――廃墟に響くは激しい剣戟の音。
エリア5の占領圏外で、神薙刀也は戦いを繰り広げていた。
「――どうした、その程度か? それじゃボクには勝てないよ!」
対峙する喰らう者は既に変異体になっており、その鋭利に硬質化した手足を使って刀也を圧倒する。ほとんど人間と変わらないサイズと縦横無尽の方向転換を伴うかなりのスピード……刀也は防戦一方の状況を強いられていた。
(ちっ、中々やる……! ジンの奴、ここまでの相手によく勝てたものだ)
敵の正体はレイザーだった。拳二と共に追跡を続けた結果、遂に追いついたのだが……敵は手負いと思いきや全快しており、想定外の反撃にあってしまったのだ。
「――おい刀也、無事か!?」
「む、拳二か」
刀也は背後からの声を聞き取り、一度大振りの斬撃をカウンターで合わせ、レイザーを後退させる。
そして同時に自らも後退し、戦いの中で離れてしまった拳二と合流することに成功した。
「――レイザー」
「ああ……アリゲイター、どうしたの」
拳二とほぼ同じタイミングでレイザーの下に現れたのは、変異体のアリゲイターだった。
しかし以前と姿が異なる。深緑色の鱗に鰐の如き大顎は健在だったが、大きさが一回り以上小さくなっていた。
(……かなり人化が進んでいる。カテゴリーAに近付いているというのか、この短期間で。もしかすると、レイザーという個体も同様かもしれんな)
アリゲイターの姿をよく見ると打撃の痕跡が少ない。以前は拳二が圧倒していたが、明らかに強くなっていることが分かる。
恐らくレイザーも同様に人化を進めているのだろう。そうでなければ自分と同じかそれ以下の力量しか持たないジンが、今のレイザーに圧勝できるとは思えなかった。
「悪いが時間切れだ。これ以上時間をかければ『組織』の会合に遅れてしまう」
「そうか……仕方ないな、ならそろそろ行こうか」
距離があるとはいえ、今は刀也と拳二が睨みを利かせている状況。そんな生死を賭けた緊張の場において、その余裕のある会話は拳二の怒りに油を注ぐ。
「時間切れだぁ……!? 舐めやがって、逃がすかよ!!」
そう言い放って拳二は猛スピードで突っ込む。
刀也もそれに続こうとしたが、視界の隅にあるものを捉えた。
「拳二、上だ!!」
「――ッ!!」
拳二を目がけて突然飛来したのは無数の黒い羽根。着弾直前に急減速した拳二は、そのまま強く踏み込み間一髪で後退する。
無数の黒い羽根はターゲットを失い、地表に深く突き立った。
「――よく躱したね、流石は猟犬のトップファイターたちだ」
黒い翼をはためかせ、レイザーらの前に舞い降りたのは、黒いハットが特徴的な長身の男。男は着地と同時に翼を戻し、完全な人間の姿に変わっていく。
身体のどこにも異形が残らず、かつ瞳の色も真紅でない、どこから見ても完全な人間の姿へ。
「新手……無事か拳二」
「ああ、正直助かったぜ。しかしこいつは……」
2人は戦力差を直感し、立ち止まってしまった。
2対3の数的不利に加えて新手のあの男……人間体の完璧さと纏っている強者の空気。
間違いなくカテゴリーAの個体だろう、と2人は即座に判断していた。
こうなってしまえば明らかにあちら側に分がある。下手に仕掛けることは出来なくなってしまった。
「僕ら3体で嬲り殺してあげてもいいんだけど……少し急いでいてね。まあ無謀にも追いかけて来るのなら、どうぞご自由に。行くよレイザー、アリゲイター」
「ああ、了解だ」
「ボクとしては追いかけてきてくれた方が楽しいけど……ま、仕方ないかな」
そう言って3体の喰らう者は行ってしまった。
静まり返った廃墟に刀也と拳二だけが取り残される。
「くそ……ここまでかよ」
「ああ……流石に俺たち2人だけでは奴らには勝てない。遺憾だが討滅は諦め、後の追跡は代理人に任せよう」
その表情には悔しさを滲ませ、2人はエリア5の要塞都市に引き返す。
ここで下手に追撃すれば、無駄死にするだけだと分かりきっていたからだ。
こういった冷静な判断を下せるのは、2人が歴戦の数字持ちである証でもある。普段は血気盛んな拳二も、その辺りはきちんと弁えている。
(しかし『会合』、か。あのレベルの個体が組織的に動くとは……一体何を企んでいる?)
刀也は敵の組織に対する警戒心を更に強めると共に、己の力不足を呪う。
これから遠くない未来、起こるであろう敵組織との戦い。不安が無いとはとても言えなかった。
自らの武器『神薙』を見つめ、思いを馳せる。
(今のままでは、きっと戦い抜くことは出来ない。もっと強くならなければ)
「……刀也、どうした難しい顔しやがって」
「……いや、何でもない。すぐに戻って情報を照らし合せるとしよう。何か新たに判明していることがあるかもしれん」




