Deadly rose-5
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ロゼは無数の分身体で刀也と拳二を囲み、絶え間無く攻撃を仕掛け続けていた。
攻撃の要であるジンを失った状態、あとは分身体による数的有利を保ちつつ、時間をかけて嬲り殺すのみ。そう考えていたが……。
(徐々に押し返されてきている……分身体の構築よりも倒されるペースの方が早い。このままではいずれ押し切られてしまうわね)
この戦況に作り出していたのは、ロゼにとっての幾つかの誤算。
まず1つは天敵と言えるジンの存在。
ジンへの対処自体はこの上無く上手くいった。
渾身の一撃を叩き込む瞬間彼の得物が自壊したのは良い意味での誤算であったし、ノーガードで受けた以上無事では済んでいないだろう。
得物の自壊……恐らくは自らの焔に武器が耐えられなかったのだろう。あの武器には今交戦中の2人の得物と違って見覚えがあった。
推測するにあれは大量生産の汎用武器。今までの戦闘で何度か目にしたことがある。
確かに喰らう者の体に対して有効な刃を持っているようだが、それだけではあの特異な焔に耐え切れなかったのだろう。
しかしその嬉しい誤算を以ってしても、ロゼにとってジンとの交戦は、現状を作り出したマイナスポイントになっていた。
本体から直接生えている巨大なツタ……それを使い捨てるように連続で繰り出した結果、何本も破壊されてしまった。
本体のツタへの損害は即ち本体の損傷。
ロゼにとってこれは重傷にも等しく、再生成によって多大な体力を消耗してしまったのだ。
故に分身体の構築にはいつも以上に時間がかかり、なおかつ体力にも限界が迫っていた。
そしてもう1つの誤算……それは現在交戦中の刀也と拳二、彼らの揺るぎない実力であった。
(徐々に私の分身の動きにも慣れてきている……しかし今の状態で私自身が正面から当たっても、この2人相手では厳しいでしょうね……)
分身体がまだ壁になっている今だからこそ、ロゼは冷静な現状把握をすることが出来た。
――その結果、見えてきたのは『敗北』の2文字だけだった。
しかしロゼは微塵も闘気を損なうことは無かった。
結果が見えたからこその開き直りなのかもしれない。
(もしかしたら……って思ったんだけど、やはり厳しいみたいね。だったら、後は出し尽すだけよ。
レイザー、アリゲイター。どうかあなた達は――)
抱いていたのは、まるで母親のような清廉なる祈り。
可能性に溢れる彼らの盾として立ち塞がったこと、微塵たりとも悔いは無い。
今尻尾を巻いて情けなく逃げ出せば、命は助かるかもしれない。
彼らの目的は基地の奪還と生存者の確保……僅かな余力が残っている今ならば、まだ。
しかしロゼは、ここで力尽きるまで戦う事を決めていた。
どれだけ戦い続け喰らい続けても、変わることの出来ない自分自身に。
ロゼはもう疲れ果てていたのだ。
「――原因は、これだ……!!」
電波塔に辿り着いたミシェルは、すぐに通信不能の原因を見つけた。
それは至極単純な理由……塔の足元に設置されている電波制御のユニットに送電線が接続されていなかったのだ。
接続部分を下敷きにして兵士の上半身のみの死体が転がっている。
恐らく何かの拍子に飛んで来た死体が接続を解いてしまったのだろう。
「うっ……駄目、足踏みなんかしている場合じゃ……」
捕食されたのか、単純に攻撃によって吹き飛ばされたのか……下半身を丸々欠損した死体。
時間経過によって血液は黒く固まっていたが、それ越しでも分かるほどに色鮮やかな臓器が腰のあたりから零れ落ちている。
ミシェルは兵士だったが、通信技師ということもあって直接戦場に出た経験は無く、それ故現地の死体を直接見たことなど無かった。
初めて目撃した凄惨な死体に、思わず立ち止まってしまった。
嘔吐しそうになりながらも、ミシェルは再び歩みだす。
勇気を振り絞って死体を引きずりその場からどかす。
そして重く太い送電ケーブルを持ち上げ、ユニットの接続部分に視線を向けた。
「よし、あとはこれを繋げば……」
あとはこのケーブルを接続して通信が回復するのを祈るのみ。
――しかし、歩き出す直前に後ろから足音が聞こえた。
恐る恐る振り向くと、人型を摸した茨の集合体がそこにいた。
「……そん……な」
交戦中の刀也と拳二を囲んでいた、ロゼの分身体。
たった1体だけが、ミシェルの前に姿を現したのだ。
ミシェルはすぐに背を向けて、ユニットへ駆け出した。
ケーブルさえ接続してしまえば、あとは逃げるだけでいい……!
その一心で一目散に走ったが――
ユニットまで届くことなくミシェルは転倒した。
分身体の振るったツタが左足に巻き付いたのだ。
鋭い棘が太腿に深く突き刺さり、解くことが出来ない。
「痛っ……! そんな、ここまで来て……!!」
ユニットの接続部まで距離はもう1mも無い。
痛みに耐えながらも必死に手を伸ばしたミシェルだったが……。
敵は感情や思考力を持たない分身体。
無慈悲に人間だけを殺す、自動人形そのものだった。
分身体は巻き付けたツタに更なる力をかけ、いともたやすく大腿骨を肉ごとへし折った。
「――――っ!!」
ミシェルが悲鳴を上げるまでの、ほんの僅かな一瞬。
その僅かな一瞬の間に、分身体はそのままミシェルの左足を引き千切った。
「ああああああああああああああああっっっっ!!!!!」
言葉にならない本能的な叫び。
今まで経験したことの無い出血と、痛みという単語で形容していいか分からないほどの激痛。
何も、何も何も何も考えることが出来ない。
痛みに耐えることなど出来ず、悲鳴を上げながらその場でのたうち回る。
大粒の涙を流し、自覚も無く失禁していた。
「痛い……痛い……」
絶望に染まりきったその目は、ロゼの分身体を視界に映す。
何の淀みも無い歩みでそれは近づき、ミシェルに止めを刺すその瞬間――
赤黒い焔が、それに立ち塞がった。




