Beginning-3
第3部分です!良ければ覗いていってください!
「軍に志願するって……本気で!?」
カガリは耳を疑った。弟が帰宅して早々、そんな話をし始めたのだから。
「うん。ずっと考えていたことなんだけど、俺は……軍に行くよ」
そう言ってジンが真っ直ぐこちらを見据えて、はっきりと言葉を発する。
――こんな真剣に物申す弟は初めてだ。
前髪の隙間から覗く瞳もいつになく鋭く、覚悟を決めたような……そんな感じがした。
「……ど、どうして? やっと仕事に慣れてきて、色々任されるようになってきたって喜んでたじゃない。……もしかして今の生活が嫌? 確かにここの暮らしは貧しいし、働いてばかりだよ。労働者なんて呼ばれて辛い事もたくさんある。でもわざわざ前線で命を懸けることは無いでしょう?」
カガリは矢継ぎ早に、どこか取り乱したように問いかけた。
ジンが軍に行けば、当然離れ離れになってしまう。
ならば私も軍に……と考えたが、それは出来ない事をカガリは知っていた。
バーテクス正規軍は原則として、女性は志願出来ない事になっている。女性が正規軍に参加する道は、大きく分けて2つ。
1つは、エリア1にある正規軍人育成学校を卒業し、正規の手順を踏んで入隊すること。
そしてもう1つは高い戦闘技能、或いは喰らう者に特化した生物学的知識。余程優秀な人材として直接スカウトされるかしか、選択肢は無かった。
カガリは優秀な労働者ではあったが、所詮はどこにでもいる、一介の技術者。当然ながらスカウトされるような技能を持ち合わせてなどおらず、学校に通うような金もない。
それを理解しているからこそ、必死になってジンを引き留めようとした。赤子の頃から一緒に育ってきた弟と、離れたくなかったのだ。
「私と居るのが、嫌になったの……?」
カガリの頬に、一筋の涙が伝う。
「……そんな訳無いだろ。俺は姉さんの事、家族として愛しているし、拾ってくれた恩を忘れたことは一度だって無いよ」
ジンはカガリの両手を握り締め、嘘偽りない気持ちを伝える。
「俺は……姉さんだけじゃない、ガンツさん、シンシアさん、親方……それだけじゃない。身寄りの無い俺達姉弟に良くしてくれた、たくさんの人達に恩返しが出来るように、強くなりたいんだ。いつか、喰らう者に怯えなくてもいい世界で生きる為に」
涙に潤んだカガリの瞳を真っ直ぐに見据え、確かな覚悟の言葉を伝える。
(……ああ。本当に立派になったなぁ。もう可愛らしい弟じゃなくて、キチンと男の人になったんだね)
カガリは涙目ながらも精一杯の笑顔を見せて、ジンの両手を強く握り返した。
「だったら……だったら、約束! 顔を見せにたまには帰って来て。それでジンが経験した事、色々私に教えて。それから顔を見せに来れなかったら、手紙を書いて。会社経由ならきっと届くから。それから、それから、」
カガリは声を震わせながら、最後は消え入るような声で呟いた。
「……絶対に死なないで」
ジンはカガリを優しく抱き寄せる。
「分ってるよ、姉さん。絶対に死んだりしない。もちろんたまには帰って来るさ」
姉弟はささやかな約束を交わし、互いに体を離す。
「……取り乱してごめんね。もう大丈夫。大事な弟の決めた道だもん、ちゃんと受け止めて、応援してあげなきゃね!」
カガリは再び笑顔を見せる。
涙の痕はあれど、もう泣いてはいなかった。
「ありがとう、姉さん。明日職場にも伝えてくる。すぐにでも運輸船に乗せてもらって、エリア1に向かうよ」
ジンはどこか吹っ切れたようなカガリの表情を見て、安心して今後の予定を告げる。
「ガンツさんとシンシア、きっと応援してくれるよ。……親方さんはちょっと分からないけど」
カガリは席を離れ、夕飯の準備をしながら励ましてくれる。
カガリはガンツ、シンシア両名共に面識がある。
特にシンシアとは数少ない同性・同年代の労働者として、とても仲が良い。
2人の人格を知っているからこそ、カガリは2人に心配はされても反対はされないだろうと確信していた。
そして、ジンにとってもそれは同じことであった。
「まあ、ガンツさんには薄々見透かされてるみたいだけど……正直に話して、自分の決めた道をせいぜい見守ってもらうとするよ」
……でも一発拳骨くらいは貰うかも。
「軍人になろうが俺の鉄拳より痛ぇモンは無いだろう! ガハハ!」とか言って、気合を入れてくれそうだ。
夜中、いつも通り川の字で眠りに就こうとしている時、不意にカガリが背中から抱き付いてきた。
「……姉さん?」
「いいから……たまには昔みたいにお姉ちゃんに添い寝させてよ」
ジンは微睡みながら、ふと昔を思い出していた。
(幼い頃、いつもあの紅い死神の夢を見てはうなされてたから、寝る時は姉さんに抱きしめて貰ってたっけ……)
もっとも成長するにつれ、ジンはあの悪夢を見なくなっていた。
だから今、この背中にある暖かさはひどく懐かしいものであり、小さな頃の……うなされては泣いてばかりだったあの頃を鮮明に思い出す。
(本当に小さな頃から……ずっと守ってきて貰ったんだな……)
姉への感謝の思いをより一層強く抱き、ジンは眠りに落ちていく。
「あっはっはっは! カガリも本当に相変わらずブラコンなんだから~」
シンシアがその理知的な表情を大いに崩し、笑っていた。
ジンは翌朝、出社早々軍に志願することををガンツ、シンシアに話した。
しかしどういう訳かシンシアの巧みな話術に乗せられ姉・カガリの話題に。
あろうことか昨日の夜に添い寝したことまで話してしまった。
「シ、シンシアさん、先輩も。そんなに笑わないで下さい。僕が心配させてしまったから故の事なんですから」
ジンは姉をかばう様に弁解をする。
いつもの無表情も流石に崩れ、照れくささからかその頬は僅かに赤くなっていた。
「はっはっは! いいじゃねえか。姉弟仲良しが一番だぜ。」
ガンツもどこかジンをからかう様に笑っていた。
しかし笑顔ながらもあくまで真剣に問いかけた。
「でもその道でいいんだな? お前の大好きな姉と離れて死地へ飛び込むんだ。このままここで働いててもいいんだぞ。後悔はしないか?」
その問いかけに、いつもの無表情に戻ったジンは堂々と答える。
「――はい。後悔はしません。大切な人を守る為、俺は軍人に、戦士になります。それに……」
言葉を切り、また少し照れくさそうな表情になりながら続けた。
「俺が守りたい大切な人の中には、先輩とシンシアさんも入っていますから」
ガンツとシンシアは不意打ちを食らったように目を丸くし驚いた後、再び笑った。
「ふふ……カガリがブラコンな理由が少し分かった気がするわ」
「はっはっは! なるほどなあ。ったく今日にでも出発とは急な話だが……なら精一杯やってこい。俺たちの分までな」
不意にガンツが立ち上がり、武器を取り出した。
「あ、先輩それは……」
ジンはその武器に見覚えがあった。
毎日仕事の合間を縫っては改良を続けてきた、バーミリオン社製の汎用ブレード。どうやらガンツが見てくれたらしい。
「……このブレード。正直俺は驚いてる。刃に使用されている純度の高い緋色合金。ブレードの刃渡りや形状、全体の重量バランスも申し分無しだ。バーミリオンの最新型にも負けちゃいねえ完成度だ。本当に成長したな」
ガンツがブレードを、ジンに力強く差し出して言った。
「俺もシンシアもお前を弟同然だと思っている。だから解雇にはしない。いつでも戻って来い。」
そう言ってブレードを渡すと、ジンはワシャワシャと頭を強く撫でられた。
「……ありがとう……ございました」
ジンはうつむいて、感謝の言葉を述べる。その声は微かに震えていた。
「……エリア1への輸送船は正午に港を出るわ。乗れるように連絡しておいてあげる。」
シンシアがそう言って事務所に戻っていった。
きっとすぐに港湾区画の知り合いにでも電話を掛けてくれるのだろう。本当にこの夫婦にはお世話になりっぱなしだ。
この人達と知り合えて良かった。心よりジンはそう思った。
「本当にお世話になりました!」
バイクに跨りながら声を張り上げて、最後の挨拶とする。
2人は笑顔で見送ってくれた。
エンジンを始動し、港湾区画まで疾走する
。正午まであと30分ほど。迷いと未練を振り払うように加速していく。
(親方に挨拶は出来なかったけど、今生の別れって訳じゃないしいいか。まあそうなる恐れはあるけど、俺も別に死にに行く訳じゃない。にしてもエリア1……一体どんな所だろうか……)
そんな事を考えながら走り、港湾区画に到着する。
シンシアの口添えのおかげで乗船手続きはスムーズに進み、あとは発船を待つだけになった。
――その時だった。
ジンが先刻まで居たばかりの工業区画に、巨大な爆炎が上がったのは。