Quiet base
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「静かすぎるな……人影は見えるか? アールミラー」
双眼鏡で前線基地を覗いているサラに、刀也が声を掛ける。
「今のところは誰も見えません……少なくとも、基地の周辺の屋外には。人間はともかく、喰らう者も」
4人がいるのは基地から2、300mほど離れた地点。
占拠されていると聞いていたが、双眼鏡で見る限り敵の姿は見えなかった。
既に日は落ち、辺りは夜の闇に包まれている。
しかし前線基地の電気は生きているようで、人の見えない基地にしては不自然なほどに照明が点灯している。
「どうします? 基地の電気が生きているとはいえ10倍の双眼鏡程度では、これ以上の情報は……」
サラは双眼鏡から目を離し、刀也と拳二の方を見る。
「……拳二、ここは基地に踏み込んで調査すべきだ。情報が不足し過ぎている」
刀也は拳二に向き直って提案した。
ランクの序列を律儀に守っているのか、拳二の判断を仰いだ。
「俺は退却すべきだと思うぜ。あの静けさは何かの罠かもしれねぇ……何よりこれ以上嬢ちゃんを前線で連れ回すのは危険すぎる」
ここで真っ向から2人の意見が食い違った。
「アールミラーとてハウンドの一員だ。危険は承知の上の筈。ランク5ともあろうお前が、随分と腰の引けたことを言いだすものだ」
「ち……刀也てめえ、嬢ちゃんは数字持ちじゃ無ぇんだぞ」
いつもの軽口の叩き合いとは違い、空気が張り詰める。
どうやら両者共に考えを譲るつもりは無いようだ。
(確かに基地の情報を失ってしまった以上、ここでの撤退は何の情報も無いまま機を改めることになる。奪還作戦も危険が増すだろう……でも)
ジンはどちらの意見も正しいと思った。
サラを守りながらのこの状況、戦闘は極力避けるべきだ。
さっきも偶然数的有利だったから良かったものの、あと1~2人相手にいたら突破は厳しいものだったかもしれない。
あの3人を撒けたということは、このまま安全に撤退する絶好のチャンスでもあるのだ。
しかしジンは、それを理解していながら刀也の意見に賛成していた。
(でも俺は……情報収集をしに来たんじゃない、喰らう者を殺しに来たんだ。敵の罠なんてむしろ望むところの筈だ。なら、サラさんだけでも)
ジンが考えたのは二手に分かれることだった。
サラを安全圏まで離脱させ、その際に拳二か刀也を護衛に付ければ大丈夫だろう。
残った2人は先行して基地の状況を調べる。
早速拳二に提案しようとしたその時、先にサラが声を上げた。
「拳二さん、気を遣って頂けるのはありがたいんですけど……刀也さんの言う通り、基地を調査すべきです。数字持ちではありませんが、私だってハウンドの一員です。戦いの中で死ぬ覚悟も出来ているつもりです」
確かな覚悟を感じさせる言葉。
拳二の方を真っ直ぐに見据え、説き伏せるように言った。
ジンはこの時思い出したのは、以前船の上で聞いたサラの話。
彼女もきちんと戦う理由があって、代理人としてここにいる。
(覚悟の強さは俺たちと変わらない。サラさんだって、形は違えど命を賭けて戦う為にハウンドにいるんだ……)
ジンは心のどこかで数字持ちではないサラを軽視していたことを自覚した。
戦闘力をランク23という形で認められたことに、驕っていたのかもしれない。
拳二に提案しようとしていた考えを捨て、開きかけた口を閉じた。
「……嬢ちゃん、仮に調査中戦闘になれば、ハッキリ言って足手まといだ。守ってやれる保証はどこにも無いし、切羽詰まれば容赦無く見捨てるぞ。それでいいな?」
拳二はサラを試すように言った。
しかしサラは微塵も揺らがず、すぐさま答える。
「ええ、それで構いません。行きましょう」
拳二がやれやれと溜息をついた。
「ったく、新人のクセに大した度胸だ……だが覚悟は分かった。前言撤回、前線基地を調査しに行くぞ」
そう言って拳二は歩き出した。刀也も無言でそれに続く。
「ふぅ……私たちも行きましょう、ジン君」
サラは緊張を解くように深く息をつき、ジンを促しながら歩き出す。
ジンは急ぎ足で3人を追いかける。
(たとえ罠だったとしても、きっと乗り越えられる。この人たちとなら)
確かな信頼を胸に、前線基地へ向かった。
「ふむ……簡単に入れたのは良いが、腑に落ちんな」
刀也が基地内を見渡しながら言った。
基地は大きく分けて兵舎・司令部・物資倉庫の3つの建物から構成されており、規模自体は大きいものではない。
4人はその建物らの中間……滑走路としても使用する、開けた屋外にいた。
至る所に戦闘の痕跡が残されており、兵士の死体もそこら中に転がっていた。
「原型を留めたものもあれば、捕食されたと思われる体の一部分もありますね……しかし随分と無秩序に捕食されています」
サラは転がっている死体の状況を冷静に判断する。
人間の死体を間近で凝視し、顔色を変えずに分析するサラの姿に拳二とジンは驚いていた。
「すごい……俺、そんなに冷静に観察できないよ」
「……嬢ちゃん、ホントに新人か? 経験の浅い代理人ってのは、どいつもこいつも調査中に気分悪くして吐いちまったりするもんだが」
そう言って驚く2人だったが、サラは集中しているせいか声が聞こえていないようだ。
代わりに刀也が言った。
「そうか、2人共アールミラーと仕事をするのは初めてか。正規軍学校を首席で卒業しているだけあって、調査の精度には目を見張るものがあるぞ。エリア3の初仕事の時も、生存していたジンの存在に最初に気付いたのは彼女だ」
「へえ……お前にそこまで言わせるとは、期待の新人ってか」
「ああ……ただまあ、初仕事の時には戻していたので、その意味では特別な新人って訳じゃない。なあジン」
刀也がいつもの皮肉を炸裂させる。
話を振られたジンはサラの方にチラッと視線をやったが、どうやら聞こえていなかったようで反応は無い。
「い、いやあれは……乗り物酔いだったから……というか刀也、サラさんに聞かれてたら怒ると思うよ」
(というか、サラさんあれが初仕事だったのか……)
サラを除いた3人は、そんな冗談を交えながらも周りの警戒を怠らない。
これだけの戦闘の跡がありながら、完全に静まり返った基地は違和感が強く、気を抜くことなど出来なかった。
「……とりあえず建物の内部も手分けして調べてみましょう。私は司令部を調べてみます」
「よし……通信機を持ってねぇジンは嬢ちゃんに付いてくれ。俺は兵舎、刀也は倉庫の方を調べよう。静まり返ってるとはいえ、敵が潜んでる恐れもある。警戒しろよ」
「承知した。何かあれば連絡する」
「了解です……でもこの辺りで電話って通じるんですか?」
ジンは技術者としてつい疑問に思ってしまった。
遠距離通信可能な場所というのはこの世界において限られており、中継の電波塔が付近に無ければ簡単に通信圏外になってしまう。
人類の最大拠点であるエリア1、工業技術に特化しているエリア3にはほぼ全域をカバーするほどに電波塔は建造されているが、ここエリア5では通信圏内は限られている。
現在ジンたちのいる前線基地は人類の占領圏ギリギリに位置しているため、電波塔の建造などは当然行われておらず、通信圏外なのだ。
ジンの疑問に答えたのはサラだった。
懐から小型の通信端末を取り出し、ジンに説明する。
「正規軍に正式採用されているこの端末は、端末自体の双方向通信機能があります。近距離通信に限られはしますが……」
「なるほど……なら通信は大丈夫ですね」
「ええ、私は軍学校で支給されたんですけど……これ、かなり高価で貴重なんですよね。全然出回って無いらしくて、手に入れるのにも一苦労するみたいですよ」
「ああ、俺もつい最近手に入れたばっかだ。任務2、3回分の報酬が吹き飛んだぜ……」
拳二はどこか遠い目をしながら言った。
(自腹で買うのか……でも今後、あの端末が無いと困りそうだな)
ジンはそう思いつつ、それぞれ離れていく刀也と拳二を見送った。
こうして4人はそれぞれ、異様なほどの沈黙に包まれた基地内部の調査を開始したのだった。
サラ「ところでさっき、3人で私の話してませんでした? なんの話かまでは聞き取れなかったんですが……」
ジン「い、いや……刀也がサラさんのこと褒めてたんですよ。この間のエリア3での調査は精度が高くて良かったって」
サラ「……本当ですか? あの私をすぐ弄ってくる刀也さんが……ふふふ……」
ジン(すごく嬉しそうだ……乗り物酔いで弄られてたことは内緒にしとこう……)




