Beginning-2
第2部分です。よろしければ覗いていって下さい!
「これでよし……」
ジンは修理を終えた大型ライフルの最終検品を終え、冷めたコーヒーを片手に一息ついた。
「お疲れさま~、順調みたいだね」
そう言って声を掛けて来たのは、同僚にして先輩の『シンシア』という女性だった。シンシアはカガリと同年代の、悪戯好きで快活なカガリとは真逆の理知的な人物だ。
「シンシアさん、今日は先輩はどうしたんです? このライフルの出来を見て欲しかったんですが……」
ジンが怪訝な表情で尋ねる。もうとっくに日は落ちており、時間にして午後10時を過ぎようとしていた。
「ガンツさんなら親方の家に行ってるわ。そろそろ帰って来ると思うんだけど……」
シンシアがそう言った矢先、聞き慣れた野太い声と共に1人の大男が工場に入って来た。
「――おう、2人共まだ居たのか。お疲れさん」
部屋に入って来た大男の名は『ガンツ』。シンシアの夫であり、若者ながらこの小さな武器工場の顔とも言える、筋骨隆々の一流技師だ。ジンにとっては仕事のイロハを教わった師であり、先輩と呼び慕っている。
「ガンツさん、遅かったですね。親方の具合はどうでした……?」
シンシアがガンツにコーヒーを手渡しながら尋ねた。
「やっぱりもう歳だな……腰にガタが来ちまってる。しばらく復帰は出来んだろうさ。ったくあの頑固オヤジ、大人しく仕事は俺達に任せて横になってりゃいいものを……」
コーヒーを啜りながら、ガンツが溜息交じりに呟く。
この工房は対喰らう者用の武器の改造、修理を専門とする小さな工房。従業員は技師のガンツと見習いのジン、経理などの様々な事務処理を担当するシンシア。
そして設立者であり、ガンツの師匠でもある親方を含めた4人のみで、規模も当然ながらささやかなものであった。
もっとも親方は実に80歳を超える高齢者、かなりの頻度でぎっくり腰になる為、ほとんどご隠居状態であった。
故にこの小さな工場、実質はガンツとシンシアの若年夫婦で経営している。表の看板も『ガンツ工房』と書かれているので、その街の誰もがそう思っているだろう。
「先輩、さっきライフルの修理終わったんで、見て頂いても良いですか?」
そう言ってジンがガンツの前にライフルを立てる。ガンツはその剛腕で軽々とライフルを持ち上げ、入念に点検していく。
「ふむ……破損個所の部品交換は勿論だが、内部清掃も怠っていないな。細かい調整もほとんど済んでいる……十分合格点だ。これほどやれるようになっていたとは、俺も鼻が高いぞジン」
ガンツは後輩の仕事に満足し、笑顔でジンの頭を力強くワシャワシャと撫でる。
「いてて……ありがとうございます、先輩」
ジンは痛がりながらガンツの腕が届かない範囲に後ずさる。無表情ながら、その声にはどこか嬉しそうな感情を含んでいた。
「んもう、この子ったら相変わらず無表情ねえ。せめて目元が見えるくらいは前髪は切りなさいよ。そんなもさもさ頭の仏頂面じゃ、女の子にモテないわよ~」
シンシアが穏やかな笑顔を浮かべつつ、冗談交じりにそんなことを言う。
「……努力します。というか髪型は関係無いでしょう」
ジンはあくまで無表情に返す。声のトーンも平常運転に戻っていた。続けてジンがガンツに尋ねる。
「そういえば先輩。このライフル、『バーミリオン社』の製品ではありませんね。随分古い方式の、しかも『緋色合金』が一切使われていない……おまけに50口径なんて、珍しい代物では?」
修理中、ジンは疑問に思っていた。対喰らう者用の武器であれば、『緋色合金』と言う特殊な素材を用いた武器でないと効果は薄いとされているからだ。
その緋色合金の製法は人類最大の重工業メーカー、『バーミリオン社』が独占している。故に銃器類はもちろんの事、近接戦闘用のブレード、ナイフ類も全てバーミリオン社製である事がほとんどだ。
今回ジンが修理したライフルはかなりのサイズ、重量があり、50口径ともなると所謂対物ライフルに分類される大砲だ。
「……それは『エリア5』の最前線から送られて来た代物でな、それだけの大砲になるとバーミリオン製でなくとも奴らに対してそこそこ有効な攻撃手段になる。加えて緋色合金を使ってねぇから安価、現場レベルの整備性の観点から、少数ではあるが未だに現役なんだ」
ガンツの技術者としての腕前は相当なものだ。最新のバーミリオン社製の装備はもちろんのこと、このライフルのような旧式武装に関しても精通している。
緋色合金が開発・発展して来たのは、ここら5年の出来事だ。10年以上前から親方に技術を叩き込まれたガンツとしては、旧式武装に精通しているのも当然の事であった。
そしてそれはジンにも言える事であり、ガンツ程でないにしろ、一通りの修理・整備はお手の物だ。
――しかし、それ故ジンは恐怖していた。たった今修理したライフルの威力は知っている。人に着弾しようものなら簡単に人体を両断、即死させるような大砲であることを。
それが喰らう者に対してはそこそこ有効程度でしかないとガンツは言う。
そんな奴らを相手に戦う人類の戦士達、それがバーテクス正規軍だ。
それに……自分は志願しようとしている。
そんな迷いと恐怖心を見透かしたかのように、何時になく真剣な表情でガンツは言う。
「……お前が将来どんな道を選ぶのは俺には分からねぇ。だが、何も前線に出て直接殺し合うだけが戦争じゃない。俺はシンシアと共に生きて行く為に、職人の道を選んだ。その分いくら仕事が出来ても所詮は労働者……窮屈な暮らしをさせちまう事にはなるが、それでも良いとコイツは言ってくれた。お前は技術者として既に1人前だ。独立し、生きて行く事も出来るだろうさ」
シンシアが後ろで真っ赤になっているが、ジンはそれに気付かない。食い入るようにガンツの話を聞く。
「だから悩めよ、若造。こんな世界でも、お前の可能性は無限大なんだからよ」
そう言ってガンツは立ち上がり、ジンの頭を再びワシャワシャと撫で、工場を後にするのであった。
シンシアも「戸締りはよろしくね」と残してガンツに続いた。
すると不意にガンツが振り返り、
「あぁそれと今お前が作ってるブレードも完成したら見せろよ。採点してやる」
そう言い残して歩いて行った。
「――何でも見透かされているな、先輩には」
工場にポツンと1人残されたジンは呟いた。自分が軍に志願しようとしていること、その為に旧型のバーミリオン社製・中古品の汎用ブレードをジャンク屋で買い取り、密かに改造・改良し続けていること。
いつか喰らう者と戦う、その力を得るために。
(それでも……俺は……)
選択肢の一つ、それは技術者として生きて行く。
今のジンの技術力ならば十分に可能であろう。独立しなくとも、親方とガンツ、シンシアと工場を続けて行くことも。
――しかしここエリア3がいつまで平和である保証がある?
ジンは焦燥に駆られていた。
明確な根拠は無く、喰らう者を目にしたことすら無いのに。
あるのは僅かな記憶。
カガリに拾われる前の、本当の記憶かどうかも判らない、曖昧な夢のような。
目の前にいるのは赤と黒の色彩入り交じった焔を纏う、紅蓮の死神。
血の海を跨ぎながら、その跨いだ血を蒸発させながら、赤子を抱く女性の下にゆっくりと近づいて来る。
赤子は泣き叫び、女性もまた涙を流している。
しかし毅然とした瞳で、女性は足を震わせながらも生き抜く道を模索していた。
だがそんな足掻きは無意味だと言わんばかりに――死神が持つ大鎌が、無慈悲に振り下ろされる。
……この記憶か夢か分からない映像は、ジンの脳裏に焼き付き剥がれない。
成長し、色々な事を知る度に焦燥と恐怖は大きくなっていく。
(この記憶は本当かどうかは曖昧だ……。けど、今もこうした悲劇が起きていると思ったら、焦らずにはいられない。あの死地で赤子の俺を抱いてくれていた女性……。俺を拾ってくれた姉さん。先輩にシンシアさん、親方も……)
ジンは決意した。
ガンツはきっと軍に志願するだけが正解では無い、自由な道を選んでも良いんだと言ってくれたのだろう。
しかしその言葉は、ジンに更なる勇気を与えたのだった。
大切な人々を守り戦う。
そんな鋼のように硬い意思を。