Scramble
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……背中が痛い。
硬いソファーの上で長時間寝てしまったのだ、無理もない。
サラは寝癖の付いた髪に気付かずに起き上がる。
「ふぁ……みんな来る前に準備しないと……」
今の時刻は午前6時。
まばゆい朝日が差し込んできていることから、昨日に引き続き快晴のようだ。
着替えなどの準備は第3層の自宅から昨日取って来ているので、軽くシャワーでも浴びて身支度を整えよう。
そう思ってソファーから立ち上がったその時、メディカルルームからジンが出てきた。
「おはようございますサラさん。今日は早いですね」
「あ……ジン君、おはようございます。体の調子はどうですか?」
するとジンは肩を回しながら答えた。
「ええ、病人みたいに寝込んだお陰でほぼ全快です。これもサラさんの作ってくれた料理のおかげです」
実家が農家であるせいか、サラは料理をはじめとする家事全般に不得意が無い。
昨日の夕飯も第4層で食材を調達し、簡単な手料理を2人で一緒に食べたのだった。
「ふふ、お口に合ったようで何よりです」
「ええ、とても美味しかったです。……それでその、サラさん、下の衣服はどうしたんでしょうか……?」
「下の……? はっ!?」
ジンが少し顔を赤らめながら指摘する。
サラはここでようやく下着にシャツ1枚しか着ていないことを思い出した。
「すすすすいません! はしたない恰好を見せてしまって!」
そう言ってシャワールームへ慌てて駆け込んだ。
(うう……寝癖も酷いし、またかっこ悪いトコを……)
鏡を見て自分の姿を確認し、サラは大いに落ち込んでいた。
(メディカルルームの隣にシャワー室があったのか……向かいは広いシュミレートルームで、その隣が厨房か。なんだか意外とここでも生活できそうだな)
ハウンド本部のフロア内にある部屋はほとんど把握した。
昨日エリア1に来たばかりのジンには生活の拠点が無く、どうしようかと考えていたが、当面はここで暮らせそうだと判断した。
そう考えていた時、玄関が開いて人が入って来た。
「よう、ジン。体はどうだ」
「おはようございます拳二さん。もう体は本調子です」
意外にも朝の一番乗りは拳二のようだ。
てっきり刀也だと思っていたが……。
「む……揃っているな」
「はは、良かった良かった。おはよう」
拳二がソファーに腰をかけたその時、刀也とマクスが一緒に現れた。
「おはようございます。皆さん早いんですね」
「ああ……ちょっと問題が起きてね。サラ君は?」
「サラさんなら今シャワーを浴びて身支度を整えてますが……それより、問題っていうのは?」
ジンはマクスに聞き返す。
マクスと刀也の表情が思いの外硬く、なにやら不穏な気配がしたからだ。
そして同じように、拳二もただならぬ空気を感じていたようだ。
「フン、問題ね……大方正規軍の尻拭いだろ?」
「大体お察しの通りさ。詳しい話はサラ君が来てからにするが……ジン君、早速だが『初任務』だ」
「――!! 大丈夫です。体は全快しています」
今日はエリア1を色々と歩き回ろうと思っていたが……。
早くも実戦の機会が訪れた。逃す手は無いだろう。
「さて……サラ君が戻るまで、紅茶でも淹れようか?」
「すいません……皆さんこんなに早いとは思わなくて……」
黒いスーツに身を包んだサラが、謝罪しながら端末を立ち上げる。
(あの二つ折りの端末……確かノートパソコンっていったっけ。シンシアさんがよく使ってたな)
「いやいや、急な案件だし仕方ないさ。全員揃ったことだし、任務の概要を説明しようか」
各々が机を囲み、マクスの話を聞く。
どうやらサラがその情報を端末にまとめる形でミーティングが進められるようだ。
「あの……俺たち5人で全員なんですか?」
ジンは疑問に思い、マクスに尋ねる。
ハウンドに所属する数字持ちの数はおよそ30人。代理人の人数は聞いていないが、各地で諜報活動をしている以上、その数は数字持ちよりも多いだろう。
にも関わらず、今この場には5人しかいない。
加えてここはエリア1、人類最大の拠点であり、同時にハウンド本部であるはずだが……。
「ああ、理由は簡単。皆各地で仕事中なんだ。エリア1の都市部ってのは実質バーテクス正規軍の本拠地だからね、莫大な戦力が集中しているのさ。世界で最も安全な場所とも言っていい。
だからこそ、化け物退治にやる気のあるハウンドは本部に常駐する人間が少ないのさ、みんな戦いたくて戦っている」
「……なるほど」
要するに、軍が動かないから遊ばせておける戦力が無いってことか。
確かに初めて昨日ここへ来た時、マクスと拳二以外に人はいなかった。
(あれ、でも『軍の尻拭い』って……)
「じゃ改めて説明しよう。先日『エリア5』の占領圏内で、正規軍基地の1つが壊滅・占領されたそうだ。よってハウンドはランク5、11、23の3名を派遣し、基地の奪還と敵の調査を行う。
恐らくはカテゴリーB以上の、自我に目覚めた喰らう者の仕業と見て間違いないだろう。
サラ君に後で対象の位置情報は渡しておくので、どうかよろしく頼む」
「……なるほどな、エリア5の連中が手を焼いてんのか。それは確かにハードになりそうだ」
拳二が指をバキバキと鳴らしながら言った。
今すぐにでも戦いたいと言わんばかりの闘気が伝わってくる。
(エリア5……)
ジンはそのエリアのことを聞いたことがある。
工房でガンツと共に、無数の武器を修理・整備してきたが、そのほとんどがエリア5から運ばれて来たものであった。
――エリア5。ここエリア1から南に位置する通称・混沌の荒野と呼ばれるその場所は、どのエリアよりも多くの喰らう者が出現すると言われ、最前線とされるエリアだった。
その荒野は広大で、人類の行き届いていない占領圏外になる場所が大部分を占めている。
「……そうと決まれば出立は早い方が良いな。マクス、移動手段は確保しているのか?」
刀也が立ち上がりながら言った。
拳二ほど分かりやすくは無いが、刀也もまた既に臨戦態勢に気持ちが切り替わっているのだろう。
「ああ。正規軍の空輸艇を手配してある。すぐに出れる筈だ」
「うし……さっさと向かうとしようぜ、エリア5へ。久し振りの協働だ、足引っ張るなよ、刀也?」
「フ……それは俺の台詞だ」
拳二も続いて立ち上がる。
その際また刀也と言い合っていたが、昨日とは空気の違うやり取りに聞こえた。
「2人共、それにサラさんも。よろしくお願いします」
ジンはそんな刀也と拳二を心強く思いつつ、数字持ちとしての初仕事こなすため本部を後にするのであった。
ジン(移動手段は空輸艇……飛行機に乗るのは初めてだから、楽しみだなぁ……)
サラ(うう……飛行機かぁ……船よりは大丈夫だけど、不安だなぁ……)




