Beginning
遥か昔。
突如現れた災厄によって人類は壊滅状態に陥った。
人口密集地を中心に、神出鬼没に姿を現しては破壊を撒き散らし、焔で街を、国を、大陸を包んでいった。
その災厄の正体は不明。
判明しているのは、果てに当時の人口は7割以上が息絶え国家と言う概念が消滅、当時の人類が築き上げた文明は終わりを告げたこと。
その災厄は人類の叡智と罪の象徴とも言える強大なとある兵器によって、滅ぼされたとされていること。
結果地球の環境は一変、気候や生態系は大きく形を変えていったこと。
そしてその災厄の討滅以降、好んで人を喰らい繁殖を続ける『喰らう者』と呼ばれる未確認生物が各地に現れたこと。
この災厄は単純に『大災厄』と呼称され、生き残った人類と喰らう者との闘争時代の始まりの日でもあった。
「今日もお疲れ様さん!」
なんとも男らしい野太く大きな声が、1人の青年にかけられる。
青年は会釈をし、作業場の後片付けをする先輩を残し、職場を後にして帰路に着く。
青年の名は『ジン』。
エリア3の兵器修理工房に勤める17~18歳頃の労働者だ。
愛用のバイクに跨り、エンジンを始動させる。
とっくに日は落ちており、目に映るものは鉄とコンクリートで雑に建築された、スラムならではの建物。
仕事を終え、焚火の前で安酒を片手に仲間と互いに労い合う労働者のみ。
殺風景だけれど、気温の高さとは別にどこか暖かさを感じるスラム街を駆け抜けていく。
『エリア3』――かつてあった大災厄を機に再出発を余儀無くされた人類が、世界を6つのエリアに区分した。
その内の3番目、広大な山岳地帯とそれに伴う豊富な鉱物資源。それらを活かした重工業に特化する事で発展して来たのがエリア3……通称・叡智の城とも。
しかし叡智の名とは裏腹に、実際のところは貧民や孤児、行き場の無い人間を格安の給料で働かせるブラック企業の集合体で、ここで働く者たちは通称・労働者と蔑称される。
もっともこの世界には国家の概念は存在しない。当然ながら生活保障の制度等は無いが故に、労働をして金銭を稼がなければ野垂れ死ぬのは容易い。
加えて人類は喰らう者による脅威に晒されている以上、基本的には『エリア1』に本拠地を置く対喰らう者の専門組織であり、世界唯一の軍隊『バーテクス正規軍』に参加しなければならない。
何らかの理由で兵役に就けない者、或いは戦意の無い者は生きる為、ここエリア3で労働者になり、貧困に喘ぎながら生きて行く……それは必然であった。
ジンはそんなエリア3の街並みとそこに住まう人々を横目にバイクを走らせる。
(腹が減ったな……姉さん、なにか作ってくれてるかな……)
そんな事を考えながら、少しだけアクセルグリップを深く握った。
「えへへ……お帰り!」
帰宅したジンを満面の笑みで迎え入れてくれたのは、姉代わりの『カガリ』。
血こそ繋がっていないが、ジンにとっては唯一の拠り所であり、本当の家族にも等しい存在だ。
ジンは赤子の頃から既に天涯孤独、出自も不明……。
スラムの路地裏に捨てられていたジンを、まだ5歳だった彼女が拾い、本当の姉弟同様共に育ってきた。このスラムで盗みを働きながら幼少期を生き抜き、今では2人揃って立派な労働者だ。
余程空腹だったのか、ジンは作業着を着たままで姉の用意した料理を次々に平らげていく。
「お疲れさま。相変わらず兵器工場はブラックだね」
カガリが弟に声をかけつつ、向かい側の椅子に座る。
「まあね……でも喰らう者を殺すための武器なんだ。手は抜けないし、俺がやりたくてやってる事でもあるから、辛くはないよ」
ジンは料理を頬張りながら言い、皿を空けると姉におかわりを要求するのであった。
「それに姉さんがバイクを貰って来てくれたおかげで、通勤は楽だし」
カガリの職場は、この近辺では最も大きなとある大手企業の自動車関連部門。毎日帰りの遅い弟の為に、不要になった試作品のバイクを貰って来てくれたのであった。
普通に考えれば不要な試作品とはいえタダで貰えるような代物ではないが、カガリは23歳と若く、悪知恵が働く上に美人であった。
大方工場長あたりのお偉いさんから気に入られているのだろう。とジンが考えていると、おかわりを運んで来たカガリが嬉しそうに、どこか悪戯な笑みを浮かべて言った。
「にしし……それなら工場長をおだてて貰って来た甲斐があったなー」
……やはり想像通りである。
食事を済ませ、姉弟は眠りにつく。壁の割れ目から夜風が吹き込む。
エリア3に住む労働者は例外無く貧困層に位置する人種だ。
故に2人は狭い部屋に川の字で寝ており、住んでいる家も『大災厄』で焼け残った廃墟を改装して勝手に住んでいるに過ぎない。
居間と寝室、そしてお湯が出ないシャワー、と小さなものだった。
(大災厄……喰らう者……か……)
ジンは考え込んでいた。
自分の日々製造している武器は敵を討てているだろうか。
いつかここにも喰らう者が襲い来る事はないだろうか。
自分はまだ若く、健康だ。姉を置いてでも『バーテクス正規軍』に志願すべきだろうか。
そうすれば結果的に姉や、ここの人々を守ることに繋がるのだから。
でも……自分に戦うだけの勇気があるだろうか。
喰らう者を1度だって見たことが無いのに。
そんな思考がジンの頭の中をを駆け回る。
本当の誕生日は分からないけれど、拾われた日から数えると一応来年18歳になり成人扱いになる。
ここエリア3ではあまり意味の無いことではあるが、自分の人生を選択するにはいい区切りだと考えていた。
18歳になったら軍に志願し、人類の繁栄を取り戻す為の礎になりたい。
そんな誇り高い人間になりたいとずっと考えていた。
自分を拾ってくれた姉のように。
誰かを死地から救える、そんな存在に。
(軍に志願したいと言ったら、姉さんは怒るだろうか……)
戦う意思はあったが勇気が足りず、結局今日も話を切り出せなかったのであった。