Skyscrapers-2
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「刀也さん!? なんでジン君に手錠を!?」
唐突に掛けられた手錠に、ジンよりも早くサラが反応する。
刀也は半笑いの表情のままジンの肩を押し歩き始め、サラの疑問に答えた。
……もっともその疑問はそのままジンの疑問でもあったが。
「船に乗る前にエリア3で言っただろう。拘束し、本部に連れて帰ると」
それを聞いたサラは、慌てて言い返す。
「それは確かに言ってましたけど……もうジン君には危険は無いって分かってるじゃないですか!」
「無論それは分かっているが、そう報告している以上、建前としてな」
サラはどうにも手錠に納得がいかないようだ。
目に見えて不機嫌な表情で黙り込み、刀也とジンの後に続く。
報告……ハウンドの本部に既に船内で連絡していたのだろうか。
エリア3からここまで繋げるなんて、最新の通信技術は凄いものだ……などとジンは技術者ならではの感想を呑気に抱いていた。
ジンは特に抵抗することなく、促されるままに歩く。
そもそも軍港ではなく、この小さな漁港に3人で降りた時点でなんとなく刀也の狙いは読めていた。
「刀也……俺をハウンドに?」
そう尋ねると、刀也は不敵な笑みを浮かべて言った。
「流石に分かるか。その『力』はともかく、お前のような腕利きを軍にみすみす渡すわけにはいかんからな、悪いがお前には数字持ちになってもらう」
早い話がハウンドへの強引な勧誘であった。
それを聞いて反応したのはまたしてもサラだった。
「も、もう! そういうことなら先に私にも教えて下さいよ! ……まったく、私が先に誘ったのにまるで意味無かったじゃないですか……もう……ブツブツ」
昨晩の甲板での会話を気にしているようだった。
その表情は一転し、赤くなりながらも嬉しそうだ。
「なんだ、アールミラーからも誘われてたのか?」
「夜に甲板に出ていたら、たまたま会って。そこでサラさんに誘われたんだけど……考えさせてくれって言ってその場では断ってしまったんだ」
ジンと刀也はゆっくりと歩を進めながら話す。
2人はいつの間にかサラに追い抜かれ、「早く! こっちですジン君!」などと急かされてしまう。
「やれやれまるで百人相だ。ところでジン、結局アールミラーには敬語で話すのか?」
「あー……それも夜、甲板で話した時にやっぱり年功序列は大事にしたいかなって思って断ったんだ」
「なるほど……2人きりで良い話が出来たようで、何よりだ」
そう言って刀也は笑みを見せる。
しかしジンは、刀也にサラとの関係を暗に弄られていることに気付かない。
「――このエリア1の都市区画は4階層に分けられている。現在俺達のいる最下層、第4層は港に直結していることもあって店が多く立ち並ぶ所謂マーケットだな」
ジンが辺りを見渡すと、確かに店が多い……というか店しかない。
水揚げしたばかりの鮮魚を売る魚屋や、果物・野菜などを売っている八百屋。よく見ると数は少ないが精肉店なんかもあるようだ。
漁港の近くだからか、ここらには食品を扱う店が集中しているようだ。
(港によっては工業製品を扱う店もありそうだな……ナイフ以外の武器は無くなってしまったし、後で見に行きたいな)
「そしてひとつ上の第3層……そこには立ち寄らないが、主に住宅街だ。エリア1の都市部で働いてる人間やバーテクス正規軍の家族のほとんどが第3層に住んでいる」
「あ、私も第3層に部屋を借りてますよ。実家は違う場所ですけど」
いつの間にかサラが隣にいて、ヒョコっと顔を出した。
実家……そういえば同じエリア1でも、都市区画から離れた農業区画出身だとサラは言っていた。
刀也に説明を受けながら歩いている内に、巨大なエレベーターに辿り着いた。
見たことの無いスケールに圧倒されてしまい、つい分かりきったことを刀也に尋ねてしまった。
「大きい……これは上の階層に行くための?」
「正解だ。エリア1の都市区画にはその広さ故同じエレベーターがいくつも存在している。これでハウンド本部のある第2層へ向かう」
ジンは扉の閉ざされたエレベーターの横に設置された画面を見る。
エレベーターの時刻表……どうやら定期的な時間に昇降を繰り返して人や荷物を運んでいるらしい。
(次に来るのは……10分後くらいか)
その時刻表には現在時間も表示されており、あとどれくらいでエレベーターが来るか明確に分かるようになっていた。
既に何人もエレベーターの到着を待っているようだ。
「ちなみに第2層と第1層はどんな所なんだ?」
「ああ……それは」
説明しようとした刀也の声をサラが遮る。
「刀也さん、ここからは私が説明を代わります」
「それは構わないが……クク、あまりがっついて嫌われんようにな?」
「な、なななんの話をしてるんですか!! 善意で代わってあげようと思っただけです!」
刀也がニヤニヤと笑いながらサラを弄る。
その弄りを受け流せずにサラは真っ赤になって否定している。
やっぱり刀也はけっこう皮肉家というか、サラの正直すぎる反応で楽しんでいるような……。
とりあえず、自分を挟んでこれ以上は言い争わないで欲しい……そう思ったジンであった。
「こほん! とにかく、まずは第2層の説明からですね」
「ええ、よろしく頼みます」
サラはその頬に赤みを残しながら丁寧に説明を始めた。
「これから向かう第2層は、様々な重要機関が集まっている階層で、私たち『ハウンド』の本部もそこにあります。『バーミリオン社』の開発部門とか、建築関連の企業の事務所とか、後は病院とか。他にも大小様々な所が乱立していますが、ここで最も重要なのは『オールド・ライブラリ』ですね」
「オールド・ライブラリ……それは一体なんですか?」
それは全く聞き覚えの無い単語だった。
バーミリオン社の開発部門より大事な所があるとは、技術者でもあるジンにとっては驚愕すべきことだった。
「オールド・ライブラリ……『大災厄』以前の人類の記録が保管されている所です」
「――!!」
大災厄--それは遥か昔に人類の7割を滅ぼし、喰らう者が現れるきっかけとなった災害のことだとジンは把握している。
「現在の建築や兵器の製造に関する技術、医学や生物学といったあらゆる事柄は、その大災厄前の人類から受け継ぎ発展してきたものです。それらの原点……正に人類の頭脳そのものと言われています」
「それは……凄い所があるんですね! 俺でもその記録は閲覧できるのでしょうか?」
気にならないはずがない。
エリア3のスラムでは、ジンは大災厄以前に建てられた廃墟に住んでいた。それ故に当時の人々がどんな暮らしをしていたのか前々から興味があった。
「ふふ、時間があれば一緒に行きましょう。さて、続いて第1層ですが……」
しかしここで、刀也の声が話の間に入る。
「――エレベーターが来た。そろそろ行くぞ」
巨大な扉は既に開かており、いつでも乗り込める状態だった。
話に夢中でジンもサラも気付かなかった。
「ご、ごめんなさいジン君、全部説明できなくて」
「いえ、続きはまたの機会に教えて下さい」
「ええ、喜んで!」
第1層のことは分からなかったが、サラは満面の笑みで約束してくれた。
――が、その笑みを見た途端、鋭い頭痛がジンを襲う。
『えへへ……お帰り!』
ノイズがかかったような記憶が脳裏にチラつく。
あのサラの笑顔をカガリと重ねてしまったのだろうか。
痛みで一瞬歩みを止めてしまったが、何事も無かったかのように振る舞い、2人の後に続いた。
巨大なエレベーターが動き出す。その駆動音は大きく、頭痛に響く。
(分かってる……自分のやりたいこと、やらなくちゃいけないこと)
右目を押さえて、ジンは無意識にほんの小さな声で呟いていた。
「軍でもハウンドでもいい……殺せさえすれば、それで」
ジン「ところで、さっきからすれ違う人の視線が痛い……手錠外しちゃだめかなぁ……」
刀也「一応『拘束して』と報告してしまった手前な。済まんが我慢してくれ」
ジン(サラさんを弄ってる時にも思ったけど……サディスト……)