Skyscrapers
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「――起きろ、ジン」
刀也の声に気付き、ジンはすぐにベッドから身を起こす。
「刀也、もしかしてエリア1に着いたのか?」
「なんだ起きていたのか……とにかく、身支度をして甲板に来い。まだ到着はしていないが、見せたいものがある」
そう言って早々に刀也は部屋を出て行った。
(……見せたいもの?)
まだ到着していないとの話だったが……。
ジンはその見せたいものの正体がまるで分らないまま、身支度をして刀也の後に続いた。
時刻は午前6時。
憂鬱な気分など吹き飛ばせてしまいそうな、見事な快晴だった。
「――――これは」
甲板から船の進行方向の先に目をやる。
まだ距離はあるがそこには、エリア1――人類最大の都市が目視できる。
「どうだ、見るのは初めてだろう。あれが人類最大の都市にして、通称『最後の砦』……エリア1の摩天楼だ。この距離からなら、街全体を遠目に眺めることが出来る」
ジンはすぐに感想を述べることが出来なかった。
遠目にも分かる、見事な高層建築のビル群。圧倒的な街の規模。
それはジンの育ったエリア3のスラム街など比較にならず、大災厄前の廃墟はもちろんのこと、雑に建築された建物すら見当たらない。
目に見える全ての建物が高く、鏡のように朝日を反射して輝き、不自然に思えてしまうほどの清潔さを感じさせた。
「凄い、あれがエリア1の街並みなのか……」
自分がいかに世界を知らなかったかが分かる。
あんなに綺麗で大きな街が存在しているなんて、想像も出来なかった。
夢中になってエリア1の街並みを観察しているジン。
その様子に刀也は微笑ましいものを感じ、声をかけようとしたその時。
「信じられない、本当に。綺麗な高層ビルが乱立していることにも驚いたけど、ビル同士が通路で立体的に繋がってて、まるで街が何層にも分かれてるみたいだ。あんなに人がたくさんいるし、みんなしっかりした服を着てて……はは、俺の故郷のスラムとは大違いだよ」
ジンが刀也の方に振り向き、苦笑しながら言った。
「……そうか。あと少しで到着するから、楽しみにしていることだ。上陸し、見上げるとより圧倒されるぞ」
刀也はそう言って歩き出し、船内に戻っていく。
到着直前に船内に何をしに戻るのだろう、と疑問に思い、ジンは刀也に尋ねた。
「刀也、忘れ物でもしたのか?」
ジンがそう疑問に思ったのも、刀也が荷物や武器をきちんと持っており、いつでも下船できる状態に見えたからだった。
振り返りながら刀也はどこか呆れたような表情で言った。
「……おおよその到着時間は伝えたというのに、アールミラーが一向に姿を見せない。女性だから配慮したつもりだったが、どうやら叩き起こす必要があるらしい」
……サラさん。本当にあなたは代理人なのでしょうか。
もちろん冗談ではあるが、船酔いといい寝坊といいあまりサラの良い所を見ていないような……。
(まあ……エリア3の港湾区画の戦いでは色々な意味で救われたし、きっとオンオフのメリハリがある人なんだろう)
ジンはそう(都合良く)解釈することにして、徐々に近づくエリア1の街を再び観察することにした。
「す、すすすみません!! すぐに準備をして行きますので!」
扉越しにサラの慌ただしい声が響く。
強めのノックで目を覚ましてくれたのは運が良かった。さもなければ部屋の中に踏み込まなければならなくなっていたからだ。
刀也としても、流石に女性の部屋に踏み入るのは抵抗がある。
「……やれやれ、到着までもう時間はそう無い。急ぐといい」
そう言い残して甲板へ戻る。
照明は夜から落とされたまま、窓から差し込む朝日で照らされる通路を進む。
その通路の暖かな明るさとは対照的に、刀也の表情は重かった。
先程交わしたジンとの会話に、ある違和感を感じたからであった。
(これは喰らう者の力かどうかは少々判断し難いが……あの距離で、よくビル間の通路が目視できたものだ。それに、人々の服装まで……)
刀也にはそれが、人の域を逸脱した視力に思えた。
というのも刀也自身視力には自信があり、日々の戦闘で鍛えられているのもあって相当なものだと自負していた。
その刀也でさえ、ジンの言っていた通路や人々の服装などは見えなかった。
(いずれにせよ、ジンはきっと大きな戦力になるはずだ)
刀也が甲板に戻った時には、エリア1の摩天楼はすぐ近くまで迫っていた。
「では、我々はここで。軍港に帰投させて頂きます。ご同行感謝します」
「いや、こちらこそだ。……済まなかった、ミハエル氏の調査隊を救援できず、あなた方も危険に晒した。数字持ちとして、情けない限りだ」
ジン・刀也・サラの3人は、バーテクス正規軍の軍港から少し離れた小さな漁港で下船し、その際甲板から見送ってくれた兵士の1人に刀也が謝罪した。
深々と頭を下げるその姿は、どこか尊大な部分がある刀也とは思えないものだった。
そういえば船内の医務室で謝罪された時もこうだったな、とジンは思い返す。
口調こそ偉そうな感じだが、刀也には刀也なりの礼節があるのだろう。やはり自分と同い年には思えない人格者だ、とジンは再認識したのであった。
「そんな……そもそもあなた方ハウンドが同行してくれなければ我々2人も死んでいました。どうか、自分を責めないで下さい」
兵士もその謝罪に横柄な態度はとらない。
むしろ2人だけでも生き残れたことに、感謝しているようだった。
すると、兵士が不意にジンに視線を向け、笑顔を見せながら言った。
「――特に君には感謝している、ジン君。あの『力』のこと……これから大変だろうけど、何とか頑張ってくれ。私も、操縦席にいる彼も、応援している。ハウンドでならきっと良い答えが見つかるだろう」
「あ……」
そう兵士はジンに助言を残し、船は出港していった。
突然の感謝の言葉に、情けない声しか出せなかったことを悔やむ。
「……こちらこそ、こんな俺の身を案じてくれてありがとう」
ジンは兵士の助言を有り難く感じながら、1つだけ疑問に思った。
「あれでも……ハウンドでならって……」
すると刀也の声が突然死角から聞こえた。
「こういうことだ、ジン」
不意にガシャリと響く金属音。
ジンの両手はいつの間にか後方に回されており、そしてその両手には……
手錠が、かけられていた。
「え、ええええええええ!?」
驚嘆の声が港に響く。
なおその声は、ジンではなくサラのものであった。