My ability-4
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全てを2人に話した。
まだ出会ってから間もない、名前しか知らない刀也とサラ。
サラはともかくとして刀也に至っては、謝罪こそされたものの一度殺されかけている。
それなのに、ジンは語ることをやめない。
あの地獄のことだけでなく、カガリのことやガンツ達のこと。
自分の話せる事全てを吐き出すように、何時間も話し続けた。
――きっと、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
自らの想い。ジンが守りたかったものその全てが、あの日失われた。
その想いは悲しみであり、苦しみであり、怨念でもあった。
自分にはもう何も残っていない。ならば、この命の使い道はどうすればいい?
そんな疑問や思い全てを混ぜ合わせ、話し続けた。
そうしてすべてを話し終えた時、ジンの目からはたくさんの涙が零れていた。
「グスッ……すいません。でも、これが俺に話せる全ての事です」
ジンは涙を拭う。
感情が昂ぶったせいか、右の瞳が微かに赤色に染まっていた。
「ジン君……」
サラはジンを励まそうとしたが、言葉が出ない。
目の前にいるこの青年の心の傷は深すぎる。たとえ貧困に喘ぎ暮らしてきたとしても、あのスラム街は故郷。それを失い、尊敬していた人を失い、家族同然の人を目の前で失った。
喰らう者によって天涯孤独となった人間など、この世界には溢れるほどに存在する。
頭では分かっていた事なのに、こうしてその人間を目の前にするとサラには何も言えない。どんな言葉をかけるべきなのかが分からない。
(――結局私は何も分かっていなかった。これが喰らう者の脅威、人類が瀕している危機そのものなんだ)
そんな覚悟もできていなかった自分が、どうしようもなく不甲斐ない。
拳を強く握り締め、行き場の無い悔しみを感じながら唇を噛む。
その時、沈黙していた刀也が口を開いた。
「――話は分かった。それでジン君、いやジン。君はどうする?」
鋭い眼差しでジンに問いかけた。
その答え次第では、殺されてしまいそうなほどに刀也の表情は真剣だった。
これから、どうするか。
様々な疑問・知りたいことは尽きないが、何のためにそれを欲するのかと言えば、喰らう者と戦うためだ。
『道』は大切なものを失う前に決めていた。ならば、それを貫き通すのみ。
軍人になり、喰らう者と戦う。
自分にもう大切な人達はいないけれど、その道は自分ではない『誰かにとっての』カガリを、ガンツ達を救うことに繋がっていく。
元々あそこで散っていた筈の命。ならば――
「……バーテクス正規軍に志願しようと思っています。もう俺には何も無いので、ならこの力は、人類の役に」
「それは嘘だな、ジン」
言葉を遮るようにして刀也が言った。ジンの考えを即座に否定する。
「ジン……君は確かに立派な考えを持っている。まるで機械のような、模範的な答えだ。だが俺が聞きたいのはそんな偽善的な考えでは断じてない。君自身の感情だ。君がこれからどうしたい?」
(――俺の、感情……)
ジンの思考が一瞬真っ白になる。
なぜ? この答えは、この上なく正しいはずのものだ。
刀也の言いたいことがまるで分からない。
(嘘……一体なんで……嘘なんてついてない……)
ジンはうつむき、思考を巡らせる。
答えの出ない問いに頭がパンクしそうになる。
そんなジンの様子を見て、刀也は呆れたように言った。
「やれやれ、君は頭が回りすぎるんだ。思考を少しは止めてみろ」
「一体何を……軍人になり、喰らう者と戦うのは考え抜いた末の答えです! その答えに、間違いは無いはずだ! 俺には戦う為の『力』だってある。ならこの命は、人類のために使わなくちゃいけない!」
刀也の挑発ともいえる言葉に対して、ジンは顔を上げる。
声は次第に荒ぶっていき、敬語も崩れていく。
明らかにジンは苛立ち、動揺していた。
2人の会話を黙って見守っているサラにとっては、ジンの苛立ちは核心を突かれ、慌てて隠す……そんな風に見えた。
(そうか……刀也さんは……)
サラは刀也の真意を理解し、敢えて何も言わずに見守ることを決めた。
その真意はジンにとって最も重要で、サラ自身もその口から聞きたいと思った。
彼は、一度も自分自身の気持ちや願いを語らなかったから。
「責任……義務……正しい『答え』……そんなものはこの世界では何の力にも成り得ない。頭の中でそんな聞こえの良い言葉を考えるから本心が隠れてしまうんだ。お前自身があの地獄で思った事をそのまま言ってみろ! 人の感情や想いに、正しいか正しくないかなど関係無い!!」
刀也の怒りにも似た強い言葉。
彼もまた苛立っているのか、声を荒げて言い返す。
(俺自身の、感情や想い……? そんなの……そんなのは……)
ジンは思い出す。
カガリの死体を抱き、地獄で泣き叫んだ時の思いを。
「……そんなの、決まっている。喰らう者を殺したい。この世界から、1匹も残さずに。殺して殺して殺し尽して……復讐してやりたいよ。たとえ心が晴れなかったとしても、どうせこの心は二度と晴れることは無いのだから」
弱々しく吐き出された、ジンの本心。
自暴自棄に近い復讐の願望。しかしその声は人間らしく、今までのどんな言葉よりも血が通っているように思えた。
刀也は笑みを浮かべ、ジンに言った。
さっきとは比べるまでも無い穏やかな声。
「――それでいい。感情を忘れるな。その気持ちこそが『人間』だ」
「刀也……さん……」
ジンの右の瞳が元の色へ戻っていく。
刀也は笑顔を保ったまま、励ますようにジンの肩を叩く。
「刀也でいい。見た所、年齢もそう変わるまい」
「……え?」
ジンは思わず刀也の顔を凝視する。
確かに大人らしい顔立ちはしているが、特別老けている訳ではなく、身長も体格もジンとそこまで変わらない。
が、その堂々とした立ち振る舞いは、どうしても年上だと思わずにはいられない。
……あと言葉遣いがどことなく老人っぽい。
「分るよジン君……私も何度年上と思ったことか……」
「!?」
ジンは更に驚く。
「……失礼ですが、2人の年齢は?」
不思議そうな様子でサラが答える。
自分が年上と思われてなかったことには気付いていないらしい。
「刀也さんは18歳で、私は20歳。刀也さんが10代なんて、最初は判らないですよね~」
「むう……別に特別老けてる訳ではないと思うのだが……」
そんな2人のやり取りを見ながら、ジンは思った。
年齢聞いてみないと分からないものだなあ、と。
「じゃあ……改めて、ありがとう刀也。お陰で大事なことを思い出したみたいだ」
ジンは深々と頭を下げる。
斬ってしまった事を謝罪した刀也の見様見真似だが、最大限の誠意は伝わるだろう。
「なに。お前を復讐者にさせたい訳じゃないが、その感情は大事なものだ。呑まれずに向き合って、答えを出すのはそれからでいいと思っただけだ」
刀也が後頭部を掻きながら、どこか照れくさそうに言った。
サラはそんな刀也の様子を見て、笑いながらジンに声をかけた。
「ふふ……そうだジン君。私の事も良かったらサラと呼び捨てにして下さい。その方が私も嬉しいです」
「流石に年上の方に敬語を使わない訳には……」
それを聞いた刀也がサラに悪戯な笑みを向けて挑発する。
「クク……流石にアレをぶちまけられては他人行儀にしたくもなろう……なあジン?」
「ちょっ……刀也!?」
中々エッジの立ったブラックジョーク。
ジンは船酔いなんだから仕方無いだろうと思いつつ、刀也は意外にも茶目っ気があるんだなと思った。
「うう……そうですよね……その節は本当にすみません……」
一方でサラはそのジョークを真に受け、結構真剣に落ち込んでいた。
「いやその……分かったよ、サラ。年上の人に生意気だけど、どうかよろしくな」
そう言うとサラは満面の笑みを見せてくれた。
落ち込んだり、笑ったり、時には真剣な表情で励ましてくれたり……。
やっぱり表情豊かで、とても良い人だとジンは思った。
神薙刀也とサラ・アールミラー。
この時2人はジンにとって、生まれて初めての『友人』と呼べる存在になったのだった。
刀也(いや……俺はそこまで老け顔ではないはず……はず……)