My ability-3
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「お待たせしました……あれ、サラさんは?」
ジンが医務室の扉を開くと、部屋の中には刀也の姿しかなかった。
やはり、まだ気分が優れないのだろうか……?
そんなジンの心配はよそに、刀也が淡々と問いに答えた。
「ああ、アールミラーなら食事を用意してくると言って、つい先ほど出て行ったぞ」
刀也は自らの武器――あの美しい剣を抜き、その刀身に真剣な眼差しを向けていた。
どうやら武器の状態を確かめている最中のようだ。
(凄い……あの刀身、まるで鏡みたいだ)
港で刀也と対峙した時から、ジンはあの美しい剣が気になっていた。
バーミリオン社の近接戦闘用ブレードは、旧式のものから最新型まで、ほとんどを整備した経験がある。
しかしどの型のブレードにも、その剣の特徴には当てはまらない。
緩やかに弧を描いた刀身に、片側にのみ付いた刃。
そして柄には深い藍色の糸が織り込まれるように巻かれている。それは美しく、立体的な模様を描いているようだった。
――まるで芸術品だ。
そんな武器を目の前にしては、技術者として目を奪われずにはいられない。
ジンの視線を感じたのか、刀也が微笑み、その剣を手渡すように突き出した。
「フ……そんなに気になるなら、手に持ってよく見てみるといい」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってジンは刀也から剣を受け取る。
剣を負傷していない左手で持ち、じっくりと観察した。
「どうだ? 美しく、そして変わった形状だろう」
刀也はどうやら感想を聞きたいようだ。そわそわとしているのが見て取れる。
この時だけはまるで、少年のように見えた。
「まず驚いたのは、重量です。刃渡りこそ長いですが、刀身自体はこんなにも細いのに、とても重い……。
そしてこの鏡のような刀身の美しさ。それでいてよく見ると、うっすら赤い……当然、緋色合金が?」
刀也は深く頷いて答える。
「無論だ。その武器は刀身から柄の中まで、一本の緋色合金で作られている『刀』という名の武器だ」
――緋色合金とはその名の通り、うっすらと赤い色を持つことでその名前が付けられている。
従来の金属素材とは比較にならない強度を持つ新素材で、これで作られた武器だけが喰らう者の強靭な体組織を突破できると聞く。
無論例外はあるが、これはもはやこの世界の常識と言って良い。
しかし、緋色合金の製法は基本バーミリオン社の独占技術で、一介の技術者では研磨程度がせいぜいといったところだ。
ジンは勿論の事、ガンツや親方すらその製法を知らないと言っていた。
(あれ……?)
この刀という武器には、バーミリオン社のロゴがどこにも刻印されていない。
代わりに刀身の根元には、『Naismith』の文字。
ジンは不思議に思い、刀也に尋ねる。
「そもそもバーミリオン社の最新型に限りなく近づけた俺のブレードが、あんな簡単に両断されたんだ。ただの武器じゃないはず……。刀也さん、この武器は一体……?」
刀也は不敵に笑いながら、感心したように言った。
「成程、ジン君はエリア3の労働者だったな。流石に分かるか」
ジンから刀を受け取り、『鞘』と呼ばれる入れ物に刀身を隠す。
「なに、エリア1に着けばその内分かるさ。何はともあれ、飯にしよう」
その言葉の直後、サラが2つの食器をトレイに乗せて医務室に入って来る。
「き、気付いていたんですか……。その、楽しそうに話してたのでつい……」
そう言いながら、2人に食器を手渡した。
どうやらサラは、入口の外で入るタイミングを計っていたらしい。
手渡された食器の中には、具がほとんど入っていないカレーライス。
「レトルト食品ではありますが……クラッカーや缶詰よりはいいでしょう」
例えレトルト食品であろうと、温かい食事に勝る冷たい食事など無い。
そう思い、サラはこれを選んで用意したのであった
「十分です。頂きます」
ジンはそう言ってカレーライスを口に運ぶ。刀也も食べようとしたが、その前にサラに尋ねた。
「アールミラー、あなたの分が無いようだが……」
するとサラは、目を泳がせながら答えた。
「あ、あはは……その、ダイエット? というか……なんというか……」
……それはいくら何でも苦しいです。サラさん。
ジンは真っ先にそう思ったが、食べるのを止めずに敢えて反応しなかった。
「ああ成程。確かに、また掃除は俺も御免被るからな。助かる」
刀也はサラのおろおろとした態度に、一瞬で察したのだろう。
1mmもオブラートに包むことなく言い放ち、食事を始めた。
「うう……その節はすいませんでした……」
サラはその言葉にぐうの音も出ない。
出すものを出したから多少マシになっているが、船の上にいる限りは気分全快とはいかない。
目の前で戻した上、アレの掃除までさせてしまっては、どんなに嫌味っぽく言われても言い返すことなどできない。
○○さんには頭が上がらないとは正にこのことであった。
サラはそんなやり取りをしている内に、ジンの食器がもう空になっていることに気付いた。
「あれ……ジン君、食べるのすごく早いですね」
「いえ……昨日から何も食べてなくて、つい」
サラに聞かれ、ジンは思いついたように記憶を辿る。
(……そういえば、昨日から何も食べてないどころか何も飲んでない。睡眠すらとってなかった)
あの時姉のカガリを失ってから、ジンは不眠不休で死体を丘の上に運んだ。
カガリのものだけでなく、ガンツ、シンシア、親方のものも。
4人を埋葬した後は、使えそうなものをを拾い集めて、エリア1に旅立つ準備をしていた。
途中から雨が降ってきたが、気にも留めなかった。
食べたり、眠ったり、休んだり……そんな事は考えていなかった。
「――とにかく、さっきはすいませんでした。どうか話をさせて下さい。あそこで起きたこと、俺の身に起こったことを」
ジンは覚悟を決めて2人の方に向き直る。
(――自分だけの知識じゃ、分からないことが多すぎる)
あの地獄で起きた事は、喰らう者に対して知識の無いジンにとっても、明らかに不可解な点がいくつもあった。
今のジンは、2つの感情だけで生きている。
自分に宿った喰らう者の力や、カガリを執拗に狙ったあの個体。何より、そもそも『喰らう者』とは一体何なのかという疑問。
そしてもう1つは、喰らう者への強い復讐心。
(俺はこれから、たくさんの事を知らなくちゃいけない。そのためにも、ありのままを話して2人に意見を聞いてみよう)
ジンはゆっくりと2人に語りだす。
きっと一生忘れる事の無い、忘れることの出来ないあの日の悪夢を――