My ability-2
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「……ごめんなさい……」
サラはシャワー室の手前、脱衣所の壁にもたれ、しゃがみ込んでいた。
その表情は今にも流れてしまいそうなほどに涙を溜め込み、羞恥のあまり真っ赤に染まっている。
ジンは右肩から腕の先までビニールの袋と紐を使用した簡易的な防水処理を施し、体に浴びてしまったモノを流している。
『い、いえその……全然気にしていません。えーとその、なんと言うか……あ、温かいシャワーを浴びれて良かったです!』
扉越しにシャワーの音とジンの声が聞こえる。
なんて無理のあるフォロー。本当に優しいなぁ、彼は。
「そんなに無理に気を遣わないで下さい……。本当に……本当にごめんなさい」
サラはひたすらジンに謝り続ける。
ああ、今すぐに船から海へ飛び込んで、そのまま海底の石になりたい。サラはひたすらにそう思った。
「いえ……気を遣うだなんて……その……」
何とも言えない妙な空気のまま、2人は沈黙する。
シャワーの音だけが、その空気に満ちていた。
ちなみに刀也はここにいない。何故ならサラが医務室で戻したモノの掃除をしているからだ。
『――流石にそれはいかんだろう……。あなたは今すぐジン君をシャワー室に案内しろ』
『で、ででですがその、コレの掃除をしなくては……』
『不要だ。それは俺がやっておくから、あなたはまず案内ついでにその汚れた顔を洗ってくることだ』
サラはうつむき、刀也との会話を思い返す。
(うう……さすがに怒ってたなぁ刀也さん……口調が崩れてなかったのがまた怖い……一応、私の方が年上なのに……)
そんな事を思いつつ、落ち込んでいる所に不意にジンの声がかかった。
「……サラさん、その、あの時はありがとうございました」
「……え?」
サラは唐突に感謝の言葉を述べられ、思わず顔を上げる。
「あの港で言ってくれたことです、俺が『人間』だって。あの言葉……本当に嬉しかったんです。あの街の皆を焼き払った焔が憎くて、俺はその焔の……喰らう者の力が使えて……」
ジンの声がシャワーの音と共に響く。その声は穏やかに、扉越しのサラに語りかける。
「自分を殺そうと思ったんです。でも、あなたがそれを止めてくれた。絶望していた俺に、生きていく言葉をくれたんです。それに、それだけじゃなくて……刀也さんの前にも立ち塞がって、俺を守ろうとしてくれましたよね。本当は命の恩人って、こちらの台詞です」
「そ、それは違います! あの時は無我夢中で無責任な事言っていただけで……その、ジン君の事情も知らないのに。それに刀也さんの前に立ち塞がったのだって、私がまだ殺すつもりがあるんだって勘違いしただけで……」
サラは勢いよく立ち上がり、声を荒げる。
ジンはサラを助けるために重傷を負い、『力』を使ったことで自殺を考え、ナイフを自分に突き立てるほどに精神を削ったのだ。
そんな彼には感謝してもしきれない。ましてや逆に感謝されるなど、サラにとってはありえないことだった。
「あの時の刀也さんから発せられる殺気は本物でした。手を差し伸べられるまで、俺も斬られると思っていたほどに。でも……もしサラさんの言葉が、立ち塞がったことが刀也さんの心を変えさせたのだとしたら。やっぱり、俺の命の恩人はあなたなんです」
「それは、そんなのは証拠がありません。私は何の傷も負っていませんし、あなたにそう言って貰える資格なんて……」
そう。そんな話はサラにとって都合良く解釈しただけの話に過ぎない。
本人ならともかく、他人の心変わりの原因など特定する事なんて出来る訳が無いのだから。
しかしジンは言葉を止めない。いつの間にかシャワーの音は聞こえなくなっていた。
「それでもです。確かに証拠なんてものはありませんし、きっと見つけようもありません。でも俺そう感じたんです。だから『命の恩人だから私も命を懸ける』とか、そんな事は考えなくていいんです。命の恩人なのは、お互い様なんですから」
シャワー室の扉が開く。バスタオルを腰に巻いて、ジンが出てくる。
サラは思わず目を奪われた。
その上半身には痛々しい傷痕が残っている。刀也の付けた刀傷に加えて、いくつもの火傷の痕。
そして胸の中央に残る、大きな傷痕。
今は隠れて見えないが、右肩と腕にも大きな傷痕が残ってしまうと考えると、悲しくて泣きそうになる。
しかし、ジンはサラにニッと笑って見せた。
「だから、チャラにしましょう! 俺は、サラさんと対等な関係を築けた方が嬉しいです」
その笑顔を見たサラは、驚いた。
――こんなにも、輝かしい笑顔を見せてくれるのか、と。
もう彼は、前に向かって生きるために歩みだしている。
そのきっかけが自分の言葉だと彼は言った。なら、こんなに嬉しい事は無い。
(なら、いつまでも下を向いて、悲しい顔ばかりじゃ良くないよね……私も前を向こう!)
サラは微笑み、ジンにもう1枚タオルを渡しながら言った。
「ありがとう、ジン君。なら、貸し借りはお互いナシってことで! あ、でもやっぱりチャラにはできないよ……だって、私その、汚いモノを……」
思い出したようにサラは赤面する。
うう、やっぱり大きくて、迷惑極まりない貸しがあった……
そう思っていると、ジンは髪を拭きながらサラに応えた。
「ああ……それもやっぱりチャラです。さっき温かいシャワーを、って言いましたけど、別に嘘じゃないんです。俺の家、冷水しか出ませんでしたから。それに……」
「そ、それに?」
「いえその……アレのお陰で緊張がほぐれたというか、肩の力が抜けたというか……
――とにかく、今度はしっかりお話出来そうです。『あの時』のこと」
サラの表情が一気に明るいものになる。
ジンの両手をがしっと掴み、かなりの近距離で嬉しそうに言った。
「ほ、ホントに!? ならこれはもうチャラ!! お願いだから忘れて!!」
ブンブンとつないだ両手を上下に振るう。
大したことは無いが、少しだけ負傷した右肩・腕が痛い……。
「いやー、良かった! 私のアレは役に立ったんだね! ほんとに……その……」
サラの顔がみるみる真っ赤になっていく。
それは無理もなかった。
両手を繋いだまま至近距離にいたサラは、話しているうちにふと我に返ったのだ。
眼前にあるのものは上半身を剥き出しにし、バスタオルを腰から1枚巻いただけの青年。
大きな火傷の痕こそ残るものの、ジンの顔立ちはかなり端整なものであった。
加えてその体つきは、日々過酷な労働をしてきた為鍛え上げられており、女性視点で考えれば個人の趣味はあれどかなりの『色気』に見えなくもない。
更にまだ体中の水分を拭き取っていないため、水も滴るなんとやら状態だ。
そんなものを目の前にしてしまえば、サラは当然――
「とととにかく! 着替えはそこに揃っています! 急ぐ必要は無いので、着替えたら医務室へ戻って来て、話を聞かせて下さい! では!!」
両手を放し、早口でサラはそう告げ急いで脱衣所から退室していった。
(?? どうしたんだろう突然……。でも、なんだか表情豊かで楽しい人だなぁ、サラさん)
ジンは呑気にそんなことを思いながら、サラの用意してくれた着替えに袖を通す。
幼少より歳の近い女性――カガリと2人で過ごしてきたジンは、サラがなぜ突然赤くなって脱衣所を飛び出していったのか、知る由もなかった。
(……あ、もしかして、船酔いでまた気持ち悪くなっちゃったのかな……)
この上なく的外れで、しかしこの上なく純粋な心配がそこにあった。